「新橋SLブレンド」のコーヒー豆(右)とコーヒー(筆者撮影)

3月24日、東京・JR新橋駅構内に「エキュートエディション新橋」という商業空間がオープンした。JR東日本の「駅ナカ」新戦略として、地上波テレビでも報道されている。

SL広場に出る改札前には「サザコーヒー」(本店:茨城県ひたちなか市)がある。同社にとって、品川駅構内、東京駅前の商業施設KITTE(キッテ)、二子玉川駅前の商業施設rise(ライズ)に続き、都内4店目の出店だ。昨年秋にはひたちなか市に新工場が稼働した。


新橋駅構内にある「サザコーヒー エキュート新橋SL店」(写真:サザコーヒー)

サザコーヒーは1969年に個人経営の喫茶店として創業され、現在店舗数は「16店」。カフェチェーンの最大手・スターバックスの店舗数「1704店」(2022年3月末現在)の1%にも満たないが、小回りのきく機動力を生かして、次々にユニークな施策を仕掛ける。

一方で「将軍珈琲」などコーヒー文化と歴史を深掘りした商品も開発してきた。コロナ禍でも2020年度の店舗事業の業績は黒字を確保。2021年度も“実質黒字”となった。

なぜ、外食店を取り巻く環境が厳しくても攻め続けられるのか。地方の中小企業の生き残り策として考えてみたい。

新橋=SLにちなんだ商品も開発した

オープンした「サザコーヒー エキュート新橋SL店」は、ユニークな商品でも訴求する。

「新橋駅は日本鉄道発祥の地で、鉄道好きには店からSLが見える好立地。そこで『新橋SLブレンド』(コーヒー豆は200g・1800円)を開発しました。サザコーヒーはコロナ禍でも、独自価値に基づいた産地買い付けを得意としています。この商品はモカ・ケニアが濃い味のブレンドです」

サザコーヒーの鈴木太郎社長はこう話す。合わせて「新橋SLクレープ」(380円)という商品も開発した。


SL広場に置かれたSL、右奥が新橋駅(写真:サザコーヒー)

「色味もSLっぽく黒色に仕上げました。北海道・十勝産の小麦生地をクレープロボットで焼き、香りの強いカカオマスで味を仕上げています。コーヒーとの相性も抜群です」(同氏)

クレープを焼く小型ロボットを開発したのは、モリロボ(本社:静岡県浜松市)という会社だ。同社の森啓史社長は、自動車メーカーのスズキを退社して起業。昨年、虹色の「レインボーミルクレープ」を焼くロボットをサザコーヒーに納品。今回の納品にもつながった。


全自動ロボットで焼き上げた「新橋SLクレープ」(写真:サザコーヒー)

このように商品の裏にストーリー性を盛り込むのも、サザコーヒーの持ち味だ。新橋店は都心の駅ナカゆえ手狭だが、自動コーヒーマシン以外にサイフォンでの抽出もある。本日のコーヒー=500円からと安くはないが、味に対するコーヒー通の評価は総じて高い。

逆風下の社長就任で決めた「コーヒーの価値」訴求

「2020年6月19日に社長となり、『コーヒーを通し、高い価値を提供する』ことを決めました」

鈴木太郎氏は振り返る。太郎氏は1990年代後半、父の誉志男会長(創業者)が購入した南米コロンビアのサザコーヒー農園に派遣されて、試行錯誤の末、現地の運営を軌道に乗せる。2005年には、JR品川駅内の商業施設・エキュート品川に出店、来店客を増やした。さらにJR大宮駅(埼玉県)構内にも出店する。こうした実績が施設運営側に評価されて今回の新橋出店につながったが、社長就任は大きな逆風の中だった。

繁盛店だった同社も、2020年4月、コロナ禍の最初の緊急事態宣言により商業施設内の店舗が営業休止。さらに外出自粛で大打撃を受け、大幅な赤字状況に陥った。

「生き残るために『本業の価値』や『地域特産の価値』『飲食業界の価値』など、それぞれの価値創造を考えていました。サザコーヒーは茨城県に育てられた店で、茨城を大切にしつつ、メインの商品、特にコーヒーの本質的な価値が重要だと考えました」(太郎氏)

感覚的に行動するイメージが強い太郎氏だが、コーヒーへの情熱は熱い。商品の価値訴求を決断すると、次の信条を掲げた。

(下図参照、外部配信先では図表などの画像を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)


2833万円で購入した高額豆を、1杯500円で提供

図表の事例を補足説明しよう。

現在、「パナマゲイシャ」(中米パナマ産のゲイシャ品種)という最も評価が高いコーヒー豆がある。その価値を積極的に日本に広めているのも太郎氏だ。一般社団法人日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)理事兼コーヒーブリュワーズ(競技会担当)委員長も務める。

2021年9月に行われたパナマ産ゲイシャのオークションでは、100ポンド(約46キログラム)の豆を約2833万円(当時のレート換算)という史上最高値で落札した。

輸送費、検疫費、焙煎費や利益を勘案すると、コーヒー1杯3万6000円で出さないと採算が合わない。これほど高額なコーヒー豆を、時に「しあわせの共有」(同氏)という商品価値の1つとして提供する。

同年11月12日と13日に各店舗で開催された「第3回パナマゲイシャ まつり」では、焙煎した同じ豆を1/4分量のミニカップ(9000円相当)にし、1杯「500円」で提供。SNSでも告知した。都内の店では行列ができ、テレビの取材も入るほど人気を呼んだ。

「社長は、『このコーヒー豆は、コーヒー好きのみなさんに価値を楽しんでいただくものだから、採算を考えずに提供しよう』と話していました」(同社の従業員)


サザコーヒーKITTE店の「パナマゲイシャ まつり」では行列ができた(2021年11月12日、筆者撮影)

厳しいご時世に大判振る舞いだが、別のイベントでは高級コーヒーを来場客に振る舞うことも多い。名物の“タダコーヒー”で、これも同社のファンを増やしてきた。

本拠地・ひたちなか市に新工場も稼働

2021年秋には地元ひたちなか市に新工場も竣工し、稼働している。

「この工場には最新鋭のコーヒー焙煎機を導入しました。2台のドイツ・プロバット(PROBAT)社の半熱風式焙煎機(60キロ)で減圧しながら加熱し、香りを閉じ込めます。直接産地で選び、仕入れたコーヒー豆の持ち味を生かしながら焙煎できます」(同氏)

もうひとつの特徴は、1杯取りドリップパックのコーヒー豆の賞味期限を1年から3年に延長させたこと。「袋から酸素を抜いて光を遮断する技術によって、酸化と風味劣化を遅らせることができた」という。太郎氏は現在、筑波大学大学院の博士課程で、「焙煎後のコーヒー豆の保存方法と品質劣化」を研究中。その成果を新工場にも取り入れた。

相次ぐ投資で採算面はどうなのか。実は2020年度の同社決算は黒字を確保した。あのスターバックスですら同年は赤字決算となったが、「サザコーヒー強し」を印象づけた。

「旗艦店の本店までも影響を受けましたが、従業員が奮闘し、イベントやネットで家庭用コーヒー豆の販売に一段と注力したのです。オンライン販売は前年比4倍増でした」(同氏)


ひたちなか市高場に竣工した新工場(筆者撮影)


新工場の披露式で挨拶する鈴木太郎社長(筆者撮影)

冒頭で2021年度も実質黒字と記したが、新工場の土地取得・竣工などの投資により、コーヒー生産部門は赤字となった。これは「政府の『中小企業経営強化税制』(中小企業者等が特定経営力向上設備等を取得した場合の特別償却又は税額控除)の適用を受けるために積極投資した」と話す。

日本を代表するバリスタも多く在籍

ところで同社には、日本を代表するバリスタ(コーヒーを淹れる技術者)も多く在籍する。

JBC(ジャパンバリスタチャンピオンシップ)という国内選手権がある。同大会は国内各地のバリスタが技を競う大会で、優勝者は日本代表としてWBC(ワールドバリスタチャンピオンシップ)に出場する、業界では人気の大会だ。

コロナ禍で2020年、2021年は中止となったが、2017年から2019年まで、本間啓介氏(2位、3位、3位)、飯高亘氏(5位、5位、6位)、安優希氏(6位、4位、4位)がファイナリストになった。同じ会社から3年続けて決勝進出者3人が出たのは、大会史上初だった。

この2年は大会出場機会が失われたが、現在どうしているのか。

「3人とも第一線で頑張っています。この春の人事で、本間は営業担当から本店店長となり、飯高は東京地区のエリア担当(マネージャー)から東京・つくばの店舗統括に昇格。安は水戸京成百貨店店長から、本社に近い勝田駅前店店長になりました」(取締役の砂押律生氏)

コーヒーの競技会は再開され、他のバリスタを含め、通常業務に加えて競技会に向けた新たなトレーニングが始まっている。

また、サザコーヒーは史実を踏まえた商品開発も得意だ。そのきっかけが、2003年に発売した「将軍珈琲」(当時は徳川将軍珈琲)。江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜(水戸徳川家の第9代藩主・徳川斉昭の7男)の逸話にちなんで開発した。太郎氏の発案で、慶喜の直系のひ孫・徳川慶朝(よしとも)氏が焙煎を担当した話題性も手伝い、大ヒット商品となった。

最近では、2021年1月に発売した「渋沢栄一仏蘭西珈琲物語」(1杯取り×5袋で税込み1000円)がNHK大河ドラマ効果もあり、大いに売れた。この商品の開発は誉志男会長だ。

父子の取り組む方向性は違い、父は主に「地方性と伝統」、息子は「本物の価値の共有」で訴求する。共通するのは「他店との文化的差別化」「地方のコーヒー屋の生き残り策」だ。

攻め続けたからこそ、生き残れた

外食産業の一角を占める喫茶業界は、個人経営の店(個人店)も多く、コロナのずっと前から店舗数を減らしてきた。国内の喫茶店数のピークは40年以上前、1981年の15万4630店だった。それが最新の2016年調査では6万7198店(※)と半分以下になった。

(※)総務省統計局「事業所統計調査報告書」「経済センサス」を基にした全日本コーヒー協会の資料による

コロナ禍の外出自粛による外食不振もご存じのとおりだ。ただし見方を変えればチャンスで、うまくいけば先手必勝にも通じる。サザコーヒーも次の一手を考えている。創業50年超の同社にも課題は残るが、攻め続けたからこそ生き残り、業界で注目される存在になったのだろう。


本店カウンターのコーヒー豆、右上が「渋沢栄一仏蘭西珈琲物語」(2021年、筆者撮影)

(高井 尚之 : 経済ジャーナリスト、経営コンサルタント)