結婚3年目の夫婦に、待望の第一子が誕生。

これから始まる幸せな生活に心を躍らせたのも束の間―。

ささいなことから2人の愛情にひびが入り始める。

すれ違いが続き、急速に冷え込んでいく夫婦仲。

結婚生活最大の危機を、2人は乗り越えられるのか?

◆これまでのあらすじ

夫・昌也とギクシャクした関係が続く彩佳。そんなある日、子どもの健診で出かけた際、偶然、元彼・義人の姿を見かける。育児に協力的な元彼に、つい…。

▶前回:「振ったのは私だけど…」頼れる夫に変身した元彼の姿を見て、女が思わず漏らした本音




「メインは、鯛のムニエル…。すごっ」

元彼の義人と遭遇してから、彩佳は毎日のように彼のInstagramをチェックするようになっていた。

先ほどアップされた昨晩の夕食の投稿を、食い入るように見つめる。

献立は、鯛のムニエルにシーザーサラダ、野菜スープとピラフ。彩りも鮮やかで、栄養バランスも抜群だ。

付き合っていた当時は、味噌汁すらまともに作れなかった義人の変貌ぶりに、ただただ驚く。

― 奥さんが忙しいからって、あの義人が家事全般を甲斐甲斐しくやってるなんて。信じられないんだけど…。

義人は、彩佳の前では、俺が彩佳を守る、俺について来いというタイプだった。

彩佳が疲れたと言えば、アメフト部出身の大きな体を生かしてお姫様抱っこしてくれたし、話もよく聞いてくれた。

たしかに優しい男だったけれど、彩佳はそれだけでは満足できなかった。

あれは、たしかクリスマス。義人から何が欲しいか尋ねられたので、ロエベのアマソナをリクエストした。

「え、俺の給料吹っ飛ぶじゃん。無理」

― 無理って、こっちのセリフ。

この時彩佳は、義人とは結婚できないと判断した。彼の経済力では、優雅な生活はとてもできないと思ったのだ。

「もっと経済力のある男性と結婚する!」

そう思って別れたけれど…。

― 私、もしかして間違えた?

彼のInstagramを見る度に、心のどこかで羨ましく思ってしまう自分がいるのだ。


彩佳のもとに届いた1通のメッセージ。送り主は…?


幸せそうな元彼


「よし、ちょっと休憩」

結衣を寝かしつけた彩佳は、リビングのソファにゴロンと横になった。

何気なくスマホを手にしてInstagramを開くと、通知がきている。

“Yoshito.Kさんが、あなたをフォローしました”

さらに、新着メッセージが届いているようだ。

彩佳の心臓が、ドクンと音を立てる。恐る恐るメッセージを開いた。

メッセージの送り主は…。

『久しぶり!インスタに出てきてびっくりしたよ。元気?フォローしたので、今後よろしく!

彩佳、子ども生まれたんだなあ。おめでとう!』

案の定、義人からだった。彼のアカウントはフォローせずにこっそり閲覧していたのに、彼に気づかれてしまったらしい。

彩佳は、さも初めて義人の投稿を見たかのように返信した。

『久しぶりだね、元気だよ。1ヶ月前に出産して、ヘトヘト。

義人も子どもいるんだね、知らなかったよ!インスタ見たけど、育児も家事もやっててすごいね』

するとすぐに返信が届いた。

『俺が家事できるようになっててびっくりした?笑 奥さんにビシバシ鍛えられてる』

『奥さん、ありがたいと思うよ。うちは、夫が忙しいからほぼワンオペだもん』

もしかすると、義人も奥さんへの愚痴が溜まっているかもしれない。彩佳は、それとなく水を向ける。

だが、義人は予想外の爆弾を投下した。

『育児ってさ、夫婦ふたりで頑張らないとじゃない?』

耳が痛い話だった。不意に自分たち夫婦の弱点を突かれ、彩佳はギクッとする。

返す言葉が見つからず、画面をぼんやり見つめていると、義人から続けてメッセージが届いた。

『俺は、共働きとか専業主婦とか関係なく、育児は2人でするものだと思うけどね。

彩佳は昔から、察してちゃんのところあるからな。ちゃんと旦那に言ったほうがいいぞ。笑』

心の内を見透かされたような発言に、彩佳のコメカミがピクっと動く。

― 余計なお世話よ。なんで義人になんか、上から目線で言われなくちゃいけないわけ!?

ムッとした彩佳は、そのままスマホの画面をくるりとひっくり返し、テーブルに置いた。




「なんか、イライラすることばかり」

彩佳は、大好きなショコラティエのチョコレートを口に放り込んだ。一粒400円のこのチョコレートは、自分用のご褒美にいつも買ってあるもの。

こういう時は、甘いものに限る。それも、口がまがるほど甘いチョコレートに。

その甘さでイライラが少し収まった。チョコレートは媚薬とか脳内麻薬といわれるが、本当にその通りだ。

「ああ、美味しい!」

イライラに任せて、つい手が伸びてしまう。その結果、8個も食べてしまっていた。

― そういえば、最近こういうこと増えたな。

ふと、お菓子をエンドレスに食べていることに気づく。昨日も、ロールケーキと大福を食べてしまった。

育児に追われて、まともに食事も取れないし間食は仕方ないと割り切ってきたが、ニキビは明らかに増えたし、身体もだるい。

産後に増えた体重だって、目標まであと3キロまで落とし、残りもすぐに戻ると思っていたのに、減るどころか増えている。

「ダメだって分かってる。でも止まらない…」

彩佳は、残りのチョコレートを次々と口に放りこんだ。


一方、家に帰るのが気まずくオフィスに残って仕事をしている昌也は…


助言


「最近、朝早くから夜遅くまで事務所にいるようだけど、大丈夫なのか?」

19時。

昌也が書類に目を通していると、父親が外出先から戻ってきた。

「あ、ああ。ちょっと急ぎの仕事があるから」

「何の仕事だ?」

父親が眉根を寄せながら問い詰める。

事務所のことをすべて把握している父への言い訳としては、どう考えても無理がある。

「まあ、色々と」

昌也はバツが悪いので、書類をパラパラめくって、「うーん」などとため息をつき、わざと忙しい風を装う。

「彩佳さんが大変な時にまったく…。お前はそれで良いのか?早く帰りなさい」

― いや、俺が帰らないほうが良いんだって。

父に書類を奪い取られた昌也は、渋々帰り支度を始める。だが頭の中では、どこで時間を潰そうか、そんなことを考えていた。

「なんだ、帰れない理由でもあるのか?これ、急ぎでも何でもないだろう」

書類を指差しながら、父が尋ねる。その目はギロリと厳しく、昌也は蛇に睨まれたカエルのようだ。

「いや、まあ、その…」

「まったく。何があったのか、正直に話したらどうだ?」

どぎまぎした様子を見かねたのだろう。父が、来客用ソファに座るよう、促した。

昌也は観念して、最近の彩佳とのギクシャクした関係を話し始めた。




「彩佳さんの体調はどうなんだ?」

話を聞き終えた父の目つきが、キッと厳しくなった。すかさず、昌也に問う。

「疲れてるのか、イライラしてることが多いかな。怒りっぽくなったけど、食事もとれてるみたいだから大丈夫じゃない?」

昌也が答えると、父は「おい」と、ドスの効いた声で一喝し、続けた。

「仕事でもそうだけどな、そういう思い込みが一番怖いんだよ。

お前は、お気楽なところがあるからな。ネガティブなことから目を逸らす癖があるだろ」

どストレートに欠点を指摘された昌也は、ぶすくれた表情で、プイとそっぽを向く。

「俺は俺なりに、気遣ってるけどな」

プッシュギフトに、スイーツやお揃いのTシャツもプレゼントした。彩佳にリフレッシュしてもらいたくて、結衣の世話も買って出た。

それなのに、彩佳はずっと不機嫌のまま。スキンシップもキスも拒絶される。

世の中の無理解な夫たちとは違う。自分は、歩み寄っているのだ。昌也は、そのことを主張したくて、父親に反論した。

だがそれは、逆効果だったようだ。

「それは、彩佳さんが求めてることなのか?独りよがりなんじゃないか?

子どもが生まれるっていうのは、幸せなことばかりじゃない。大変なことも増えるんだよ。

きちんと話し合って決めていかないといけないんだ。彩佳さんと向き合いなさい」



帰り道。

“妻 産後 イライラ”

“産後 ストレス”

昌也は、スマホであれこれ検索していた。

「ガルガル期、ホルモンバランス、産後うつ…」

出てきた結果は、どれも彩佳に当てはまりそうだった。

これなら、最近の彩佳の様子や行動に説明がつく。

常にイライラしていることも、やたら攻撃的なことも、何もかも。

「大変だっ!」

帰宅した昌也は、ただいまも言わずにリビングに走りこむ。

そして息を切らしながら、ソファで横になっている彩佳を抱きしめた。

「彩佳、すぐ病院に行こう」

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彩佳のことを本気で心配する昌也。だが、再び2人はすれ違ってしまう。そして彩佳はついに…。