シュツットガルト主将MF遠藤航【写真:ロイター】

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【ドイツ発コラム】シュツットガルトMF遠藤航は今季のキャプテンに任命された

 取材対応のために記者席からピッチへ降りた。

 頭上の大型ビジョンを見たら、試合時間は後半41分を示していた。スコアは1-1のイーブン。このままではブンデスリーガ2部3位との入れ替え戦に回る16位が決まってしまう。その直後、場内にボルシア・ドルトムント対ヘルタ・ベルリンの試合経過が伝えられた。2-1でドルトムントが逆転。これで15位ヘルタと勝ち点3差のシュツットガルトが1点を奪取すれば得失点差で残留圏の15位に入れる。スタンドを埋め尽くした大サポーターたちの熱い期待が空から降り注いでくるように感じた。

 5月14日、ブンデスリーガ最終節のケルン戦。後半アディショナルタイム2分、左コーナーキック(CK)から放たれたボールをニアへ飛び込んだDF伊藤洋輝がヘディングでそらしたのが見えた。ファーへ流れたボールに誰かがコンタクトし、ゴールネット上方に突き刺したことだけが確認できた。轟音のような大歓声が鳴り響く中、ビジョンの映像が得点者の紹介に切り替わった。そこには背番号3、「Wataru Endo」と記されていた。

 シュツットガルトのペジェグリーニ・マテラッツォ監督は今季2021-22シーズンのチームキャプテンに日本代表MF遠藤航を指名した。オーバーエイジ枠で東京五輪に出場することでプレシーズンのキャンプに参加できていないなかでも、指揮官の決断は揺るがなかった。ちなみに遠藤自身はキャプテン就任について、こう言っていた。

「小学生の頃から自然にキャプテンを任されてきた。なぜ自分なのか、それは分からないですね。謎の貫禄があるんでしょうか(笑)」

 ピッチ上の遠藤はことさらに感情を露わにしない。平静さを保つことがプレーの安定に繋がると信じている彼は、それぞれの状況に同じ熱量で対処しようとしている。例えばドイツ1部フランクフルトに所属する元日本代表MF長谷部誠は、溢れ出る感情を自らの身体を突き動かす原動力にしていて、38歳になった今も、「感情的であることが自分らしさでもある」と語っている。その意味で言えば、遠藤と長谷部はキャプテンの“毛色”がだいぶ異なる。

 ただし、遠藤の仕草をよく観察していると、彼特有のキャプテンシーを垣間見ることができる。今回のケルン戦では前半途中にPKを得るもFWサーシャ・カライジッチがそれを失敗した。そんなとき、うな垂れる味方エースに誰よりも早く近づいたのは遠藤で、軽くパチンと手を合わせて「大丈夫だ」という合図を送った。直後のCKでカライジッチが豪快なヘディングシュートを決め切れたのは、チームキャプテンの励ましが起因になったかもしれない。

 2年連続のブンデスリーガ・デュエル王に輝いた遠藤の“狩る”能力も、チームのベクトルを前へ向かわせる。強靭なボディコンタクトと卓越した足捌きで相手へアプローチした瞬間に味方選手が相手ゴールへ突進していく。半ばフライング気味な仲間の挙動はしかし、「遠藤ならば、必ずボールを奪ってくれる」という確信が基になっている。

主将の威厳と全体を俯瞰する力 「危機感は大事」

 惜しみない献身も平然とこなす。スピーディーなカウンターが発動してFWチアゴ・トーマスがひとりで持ち込もうとしたとき、ほぼ最後尾に居た遠藤が全力疾走でフォローした。結局チアゴは遠藤を視認しつつも自らシュートを放ってGKの手にボールを当てた。それでも遠藤は特に反応を示さず、淡々と自陣方向へジョギングしていった。

「それも1つの判断だよね」

 普段の言動から推察するに、おそらくこのときの彼はそう諦念して再び自らの職務へと戻っていったと思う。

 ピッチ外の遠藤は良い意味で忌憚のない意見を発する。ときには言い難い苦言を呈すこともあり、それがキャプテンの威厳として表れてもいる。遠藤と並んで絶対的な主軸と目されたMFオレル・マンガラが一時レギュラーを外された後に発奮してゲームで活躍したとき、遠藤はチーム全体を俯瞰してこんな意見を述べていた。

「絶対にレギュラーから外されないという環境ではチーム全体がレベルアップしないと思う。それは自分も含めてですけどね。チーム内でも危機感を持って、そのうえで良いプレーを発揮できたら言うことはないじゃないですか。今のシュツットガルトは若い選手が多いから、なおさらチーム単位、そして個人単位の危機感は大事だと思っている」

 今季の遠藤は東京五輪、そしてカタール・ワールドカップ(W杯)アジア最終予選と、代表での活動も多岐に渡り、コロナ禍の中で多大な長距離移動を強いられた。フィジカルに絶大な自信を持つ彼であっても当然コンディション調整には苦しみ、ブンデスリーガのゲームでは低調なプレーが散見されることもあった。しかし、それでもマテラッツォ監督は彼をチームの中心に据え続け、チームリーダーとして全幅の信頼を寄せた。しかし遠藤は、その境遇に甘えない。少しでも気を抜けば今の座を剥奪される。身をもってそれを示しているからこそ、仲間も疑う余地なく彼に追随する。

 それでも傍目から見た遠藤はやはり冷静沈着さが目立ち、チーム成績が低迷したことも相まってサポーターの中には彼のキャプテンシーを懐疑的に見る向きもあった。

 理想のキャプテン像とは? 結果を果たすためにすべきことは? 自問自答する中で導き出した答えは明快だった。それは「自分らしくあること」。前節のバイエルン・ミュンヘン戦で2-2のドローに持ち込んで瀬戸際で残留の可能性を残したとき、遠藤はこんなメッセージを送ってきた。

「まだまだ他力ですけど、最後しっかり勝ちます!!」

遠藤の背中が与える安心感 「遠藤良ければ、すべて良し」

 冒頭のシュツットガルト対ケルン、後半アディショナルタイム。ダイビングヘッドでボールを突き刺した遠藤が熱く咆哮している。仲間との歓喜の輪が解かれると、彼はおもむろに左手に付けていた腕章を外し、それを天に掲げた。その勇姿に見惚れた観衆から大歓声が上がる。ここからが彼の真骨頂だ。再びキャプテンマークを付け直し、厳しい表情で味方に声を掛ける。

「まだ終わっていないぞ」「もう一度集中しよう」

 その風情が、チームに絶大なる安心感をもたらす。これこそが彼の織り成すキャプテンの矜持だ。

 思えば今季のシュツットガルトは彼のゴールで幕開けを飾り、彼のゴールでシーズンを締めた。ドイツには日本と同じく「終わり良ければ、すべて良し」という言葉がある。ドイツ語で記すと「Ende gut, alles gut」。試合終了直後、クラブの公式ツイッターはこう綴った。

「Endo gut, alles gut」(遠藤良ければ、すべて良し)

 激動の、そして意義深い、シュツットガルトと遠藤の2021-2022シーズンが幕を閉じた。(島崎英純/Hidezumi Shimazaki)