大の柴犬好きというトニーと、9カ月のメス、サナコ(写真:筆者撮影)

ご存じかもしれませんが、フランス人は犬が大好きです。

実際、パリという町は、犬とその飼い主を連想させます。セーヌ川沿いを散歩しカフェで座る犬や、店の前で飼い主を待つ犬。ジョギングする飼い主のそばについて走る犬や、タクシーの前の座席に座るシェパード。

2020年のロックダウン中は、犬の散歩のための外出は、フランス政府が定める、外出が許可される数少ない「公認の理由」のうちの1つでした。家族全員が1日に何回も散歩に連れていくので、犬たちはへとへとになっていたほどです。パリ市には約10万匹の犬がいます。

パリで大型犬を飼うのは大変

私自身はずっと前に犬を飼っていました。コリーとベルジアン・シェパードのミックスのオスでした。セーヌ川沿いをよく散歩させたものです。とても美しい犬で、通りではいつもほめられていました。


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でも、パリでこのような大きな犬を飼うのは簡単ではありませんでした。定期的な散歩と運動が必要だったからです。犬を走らせることは大事ですが、同時につねに見張っていないといけません。ある時などは大変なことになりました。

考え事をしながらセーヌ川沿いを散歩させていたのですが、サン=ルイ島に来たところでふいに犬がいないことに気づいたのです。つい先ほど黒いメス犬を追いかけて階段を上って姿を消したのを見ていました。私も階段を上がりましたが、そこからどちらの方向に行ったのかは全然わかりません。

それから6カ月間迷子のままでした。ある日、電話がかかってきました。犬は13歳の少年のところにいたのです。その家族は数カ月経って飼い続けるのが難しいと思い始めたということでした。私の犬は大喜びで私の元へ帰ってきました。

この話からは、パリのアパートで大型犬を飼うのは簡単ではないこともわかります。実際、ここ何年かで変化がありました。大型犬が以前より少なくなっているのです。最近のトレンドはあらゆる種類の小型犬です。犬が疲れている時はバッグに入れて連れて行くことができますし、公共交通機関に連れて乗ることさえできるのです。

バッグやバスケットに入れた小型犬や、盲導犬・介助犬は、運賃無料で公共交通機関を利用できます。2016年6月から、乗る時に「割引運賃」チケットを買って、ひもにつないで口輪をすれば、大型犬も地下鉄に乗れるようになりました。

いたるところで見かける柴犬

パリにいる時はよく歩きます。パリの人々は歩くのが大好きですし、パリは歩くための街です。そして、最近あることに気づいたのです。いたるところにいると……誰がって?「柴犬」というかわいい日本の犬です。実際、とても流行っているようです。

柴犬こそは究極のペットです。この「柴犬」を選んだ理由を、パリの人何人かに聞いてみましょう。

柴犬は独立心が強いと考えられていますが、同時にアパートでとても静かにしてくれます。ですから、パリで飼うのに完璧なのです。フランスでは柴犬の80%がパリに住んでいます。

柴犬ブリーダーのオードリーは、「サクラ・ケンシャ(犬舎)」を作りました(日本語で「桜の花」を意味する「サクラ」は、はかない美の象徴)。1936年に日本の天然記念物に指定されたこの犬種を言い表すのにぴったりの名前です。

性格の面では、柴犬はとても元気で活動的な犬です。オコというオスの柴犬を飼っているパリの人によると、「柴犬は賢くて、興味のあるものをご褒美に与えればたくさんのことを学びます。オコは家ではとても静かで、1日中寝ていることもありますが、外に出て動き回るのをいつも待っています」。

「HACHI」を見て日本犬に興味を持った

パリのセーヌ川沿いでサナコという柴犬を散歩させていた飼い主のトニーに会うことができました。飼っている犬の話をしてくれるように頼むと、彼は柴犬を1匹だけではなく3匹も飼っていると教えてくれました。完璧です。

トニーは32歳で、コンピューターエンジニアとして銀行業界で働いていますが、日本犬との出会いは映画『HACHI 約束の犬』(リチャード・ギア主演)でした。この映画は、渋谷の銅像で有名な、主人が亡くなった後も毎日駅で主人を待ち続けたハチ公の物語です。

トニーとガールフレンドのキャシーはこの映画に感動し、秋田犬について調べ始めました。しかし、2人は当時小さなアパートに住んでいたので、秋田犬は飼うのが難しいという話を聞いたのです。

インターネットで調べるうちに柴犬のことを知りました。2012年当時はフランスではまだほとんど知られていませんでした。子犬は2500ユーロで、当時学生だったこのカップルには高すぎました。

飼い主に会ってから、インターネットで、900ユーロで買うことができました。そしてアキミが2人のところにやってきました。その後、2人はアキミをキャシーの家族に預けて1年間外国に行きます。

フランスに戻り、2人は2匹目を飼うことを真剣に考えるようになりました。今回は日本に行き、国際的によく知られている北海道の有名なブリーダーの札幌加我荘を訪ねました。

アキミよりずっと優しく愛情深いオスのリュウは、2017年10月に成田空港からシャルル・ド・ゴール空港に到着し、生後4カ月で家族の一員になりました(値段は2200ユーロ)。トニーによるとリュウはキャシーにひっついていたそうです。リュウは2人のベッドで寝るようになりました。アキミとリュウはとても仲良しだそうです。

柴犬の魅力は「表情が豊かなところ」

ほかの犬と比べた時の柴犬の魅力について聞いたところ、こう答えてくれました。「柴犬はとても表情豊かです。ある面ではとても独立心が強いのですが、猫みたいに家で寝るのも大好きです」。

トニーとキャシーは、子どもを持つことは人生の優先事項ではないと考えています。でも、幸せと愛は間違いなく優先事項だと言います。2人にとっては柴犬たちとの生活がそれです。

キャシーはブリーダーになりたいと思うようになりました。2人は、フランスでのパイオニアの1人であるサクラ・ケンシャのオードリーに会いました。2人が欲しかったのは、足が短く、目がアーモンド型で、毛が硬いタイプの柴犬。2018年から検討を始め、2021年夏に生後4カ月のメスのサナコを2500ユーロで購入し、迎えました。

キャシーがほかの2匹と1年間過ごしている間、トニーはサナコを連れて両親の元に帰りますが、このことが2人にある影響をもたらしました。14年の交際を終わらせて、別れることになったのです。

現在9カ月になった赤毛のサナコは遊ぶのが大好きです。インタビューの翌日、サナコは柴犬コンテストに参加することになっていました。実はサナコはこれまでも、何回も決勝に進んでいます。

フランスで柴犬や秋田犬人気が広がるようになった背景には、SNSやYouTubeの存在があります。最も有名なのは、日本から柴犬のナツを連れて帰国したマンガファンのSqueezieです。フォロワーは皆、彼が日本との間を行ったり来たりするのを楽しみました。

数年前は「キツネみたい」と言われていたが

ココロという柴犬の飼い主で、フランス人と日本人のカップル、エティエンヌとマサエにも会うことができました。マサエはフランスに18年住んでいます。2011年に彼女が犬を飼おうと決めた時、「柴犬以外の選択肢はありませんでした」。

「海外に住んでいると、柴犬は日本の象徴になります」と話すマサエは、フランスのブリーディング専門施設「Elevage des Portes de la Moria」(1996年開業)でココロを買いました。

飼い主の何人かが言うには、柴犬はどちらかというと、人間の子どものような感じで、楽しいか楽しくないか、元気か元気じゃないかを表情豊かに示します。でも、ほかの犬とは違って、何もないのに吠えることはないと言います。

マサエはここ何年かのパリの変化を目の当たりにしました。柴犬は、以前はシックな「おもちゃ」のような、非常にトレンディーな持ち物のように思われていましたが、今は家族の一員のように扱われるようになりました。数年前は「わあ、この犬見て!キツネみたい」と言っていたのが、今では「見て、柴犬だよ!」と言っています。


ココロと、ココロのペットパスポート(写真:筆者撮影)

そして、私が会った飼い主は口を揃えて「柴犬中毒になると、もう他の犬には戻れません」と言います。日本とフランスの懸け橋として働く私としては、パリの人々の間でこの新しい「日本風」が流行っているのを見るのは嬉しいです。いつの日かパリにもハチ公像が建つかもしれませんよ!

(ドラ・トーザン : 国際ジャーナリスト、エッセイスト)