第390回で、弾道弾迎撃ミサイルとして知名度が高い、MIM-104パトリオットの話を書いた。レーダーや管制システムや発射器も含めた「パトリオット・システム」と、そこから撃つ「パトリオット地対空ミサイル」の関係のややこしさを説明する内容であった。

種類の弾頭

パトリオットの知名度が一気に上がったのは、いうまでもなく1991年に湾岸戦争が勃発したとき。このとき、米陸軍が持ち込んだのはPAC-2(Patriot Advanced Capability 2)ミサイルで、弾頭を起爆させて弾片をまき散らすタイプだった。対空ミサイルでは一般的な手法である。

弾片あるいはロッドを撒き散らすことで、広い範囲に「網」をかける効果を期待する。特に飛行機であれば、小さな弾片やロッドが当たっただけでも機体構造にはダメージが及び、飛行不可能になったり、空中分解したりする可能性は高い。もちろん、直撃させるに越したことはないのだが、敵機にダメージを与える確率を高めるためにこういう方法を使う。

PAC-2ミサイルを発射した瞬間。PAC-3と比べると弾体が太い 写真:MDA

飛行機を撃墜するならそれでも良いが、相手が弾道ミサイルになると話が違ってくる。弾道ミサイルは通常弾頭とは限らず、核弾頭や生物化学兵器弾頭を搭載しているかもしれない。すると、単に「構造材にダメージを与えて飛行不可能にする」だけでは足りない。物騒な弾頭が地上に落下すれば、なにがしかの被害が生じてしまう。

それを防ぐためには、ミサイル、あるいはその先端から分離・落下してくる再突入体を、粉々に粉砕しなければならない。果たして、小さな弾片でそれができるのか……という疑問が出てきたのは、無理からぬところがある。

実際、湾岸戦争で使われたPAC-2ミサイルでは、弾道ミサイルを粉々に粉砕するのは難しかったようで、弾体が地上に落下してきた事例もあったようだ。

見解が異なる2つのメーカー

そこで、最初から弾道弾迎撃に使うつもりでPAC-3の計画が立ち上がった時に、米陸軍は破片弾頭を使用するPAC-2ミサイルの改良型ではなく、SS/L(スペース・システムズ/ローラル)が提案した、直撃破壊型のミサイルを採用した。それが、航空自衛隊でも装備しているPAC-3ミサイルである。

そのPAC-3、現在はロッキード・マーティン社のミサイル&ファイア・コントロール部門が手掛けている。5年ほど前に、この部門の担当者にインタビューしたことがあったが、その際に「我々はHTK(Hit-to-Kill、直撃破壊のこと)の技術に磨きをかけてきた」との発言があった。

2008年9月17日にニューメキシコ州のホワイトサンズで、航空自衛隊がPAC-3の試射を実施したときの発射シーン  写真:US Army

実際、PAC-3ミサイルにしろ、その次に出てきたPAC-3 MSE(Missile Segment Enhancement)ミサイルにしろ、あるいはPAC-3ミサイルより上層での迎撃を企図したTHAAD(Terminal High-Altitude Area Defense)にしろ、同社の弾道弾迎撃ミサイルはみんな直撃破壊型である。

一方、パトリオット・システムやPAC-2ミサイルの開発元であるレイセオン社(現在は、レイセオン・テクノロジーズ社のレイセオン・ミサイル&ディフェンス部門)はその後も、破片弾頭を使用する迎撃ミサイルの開発を続けており、MIM-104D PAC-2 GEM (Guidance Enhanced Missile)や、MIM-104E PAC-2 GEM+といったミサイルを送り出している。

これは結局のところ、考え方の違いといえる。小さな弾片よりも、大きくて質量もある迎撃ミサイル本体をぶつける方が威力が大きい。しかし、まず命中させないことには始まらない。それなら、弾片をばらまいて投網をかける方が確率が上がるのではないか、という言い分にも理はある。

とどのつまり、命中させるための技術を追求するか、小さくても破壊力のある弾片を撒き散らせる弾頭を追求するか、という話になるのだろう。ただし弾頭のサイズは限られているから、そこでさらに2種類の選択肢ができる。つまり、小さな弾片をたくさん入れるか、大きく重い弾片を少し入れるか。当てる確率からいえば前者だが、破壊力からいえば後者。どこでバランスをとるかという話になる。

なお、弾道ミサイルにしても極超音速飛翔体にしても、速度が速い。運動エネルギーは質量に比例するが、速度は二乗に比例する。相対速度が十分に速ければ、それは運動エネルギーを大きく増やす方向に働くから、その分だけ弾片を小さくして数を増やす方向に振れるかも知れない。

カギを握るのは信管

弾片を撒き散らす場合、弾頭を起爆させるタイミングが重要だから、実は信管の技術が鍵を握る。マッハ5とかマッハ10とかいう速度で飛来するターゲットの手前で、早過ぎず、遅過ぎないタイミングで弾頭を起爆させるのは、簡単な仕事ではない。起爆のタイミングが早過ぎれば弾頭が散らばり過ぎるし、遅過ぎれば散らばり方が足りなくなる。

対空ミサイルでは、電波やレーザーで測距を行っている。送信した電波やレーザーの反射波が、一定の時間内に戻ってくれば「危害範囲内に敵機がいる」と判断して起爆させるのが基本的な考え方。ただし現物を観察した限りでは、電波やレーザーを送信する方向は弾体の側方であるようだ。

ところがミサイル防衛の場合、相手が弾道ミサイルであれ極超音速飛翔体であれ、迎撃ミサイルの前方から飛んでくると考える必要がある。すると、側方に電波やレーザーを送信したのでは、本当に一瞬の出会いになってしまう。すると、前方に向けた円錐状の範囲に向けて送信する方が良いと考えられる。

仮に相対速度をマッハ10とした場合、速度の近似値は12,348km/h。秒速に直すと3.43km/s。起爆させる最適タイミングよりも早いタイミングから距離を測り始めなければならないから、信管のシーカーには相応に長いレンジが求められる。すると、高出力のレーダーあるいはレーザーが欲しくなる。

著者プロフィール

○井上孝司

鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。

マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。