「なぜ妻以外の女性を、好きになったの?」25歳の若い恋人がいる男は、その質問に…
離婚歴がある男性は、モテる。
女性の扱いを熟知していて余裕があり、また結婚に対しての幻想もない。
それゆえ人生で二度の“独身貴族”を楽しんでいる男性が、東京には少なくないのだ。
渋谷区に住む滝口(38)も、そのうちの1人。
しかし自由気ままなバツイチ独身男性生活から、“ある女性”の登場で生活が一変……。
これは東京に住む男が、男としての「第二の人生」を見つめ直す奮闘記である―。
Vol.2 「週末に会えなくなった」なんて、13歳下の恋人に通じるのか?
― さすがにもう週末は会えない、なんて酷だが…言わないとな。
今日は土曜日。午後から恋人・雛子との約束があるが、いまひとつ気分が乗らなかった。
ここ1週間、滝口の頭の中は、雛子と今後どうやって関係を続けていくべきかということに終始している。
― 雛子には正直に、娘を引き取ることになったと話すしかないよなぁ。
雛子とは友人宅でもホームパーティーで知り合い、彼女からのプッシュで付き合い始めてもうすぐ1年。
13歳年下という年齢差に戸惑うことはあったが、今では週末を一緒に過ごすのが当たり前のようになっている。
だが、娘のエレンを引き取れば、今までのような付き合い方はできない。滝口のお気に入りの週末の過ごし方が、一変することになると憂鬱だった。
とりあえず、前々から彼女にリクエストされていた春服のお買い物に付き合うため、タクシーで表参道に向かう。
◆
待ち合わせの『ゼルコヴァ』に着くと、雛子は入り口付近のテラスでスパークリングを飲んでいた。
「先に飲んじゃってます」
雛子は、グラスを持ち上げ、茶目っ気たっぷりに笑った。
滝口は年下恋人に娘を引き取ると伝えようとするが
「いいね、僕も同じものをもらおうかな」
週末の明るいうちから飲むアルコールが滝口は好きだ。平日は会食以外、酒を飲まないようにしているから、週末のこうした時間は特別なのだ。
だが、今日は結婚経験のない、まだ25歳の雛子に、子どもを引き取ることになった、と打ち明けなければならない。
それが今後の付き合い方にどう関わってくるのか、理解してもらえるか。
そんなことを考えながら、グラスに注がれた泡をじっと見いる。
「ねえ、トオルさん!トオルさんてば」
雛子の声にハッと我にかえる。
「ごめん、ごめん。仕事のこと思い出してぼーっとしちゃったよ」
取り繕いながらも、早速本題を切り出すことにした。
「あのさ、実は大事な話があるんだ」
「…ええ、何かしら?」
雛子はいきなり真顔の滝口を見て、何かを察したらしい。グラスの泡を口に含み、意を決したように打ち明けた。
「実は…元妻と一緒に暮らしていた娘を引き取ることになったんだ」
雛子の顔から一瞬で笑顔が消える。
「え?なんか、突然のことでなんて言っていいのか…」
彼女が戸惑うことはわかっていた。滝口は申し訳なさそうに付け足した。
「元妻がアメリカに留学するんだ。本人が日本に残りたいと言ったらしく、本当に仕方がなくて…。今までみたいに週末を一緒に過ごしたり、できなくなりそうなんだ」
ここまで正直に伝えると、滝口は幾分か気持ちがすっきりした。
「僕は雛子のことが好きだし、この先もずっと一緒にいたい気持ちは変わらないけど、しばらくは娘を優先することになるから」
雛子は神妙な面持ちで、滝口を見ていた。
「たしか娘さん小学生よね?そりゃそうよね…。1人留守番させておくわけにもいかないし…」
だが、意外にも雛子はすんなりと状況を理解したようだった。滝口はほっと胸をなでおろす。そして、数日前、友人に言われたことを思い出した。
実は、滝口は雛子との関係をどうするべきか、前もって友人に相談していたのだ。
「娘がいて、旅行も飲みにも行けず、この先どうやって付き合っていけばいいと思う?」
すると友人は言った。
「まあな。若い子はさ、転職するみたいに付き合う相手を変えるらしいから、心配だよな」
「どういうことだよ?」
滝口は尋ねた。
「例えばだな、“あたし、外国人の彼と付き合って英語喋れるようになったし、もう別れて次いこうかな〜”みたいなノリで次の男に移るわけだよ、若い子は。もちろん次の男は自分のキャリアの足しになるヤツね」
裏声でシナを作って説明する友人に、思わず滝口は吹き出した。
「いやあ、雛子はそんな子じゃないよ。優しくて思いやりもあって…」
そんな友人の話を聞くと、もしかしたら雛子は別の男に乗り換えるのでは…という不安がよぎらないわけでもなかった。だが、雛子の様子を見て、滝口はすっかり安心した。
「じゃあ、学校の手続きとか、いろいろ大変ね。ちょっと落ち着いたら、“仕事先のお姉さん”ってことにしてお嬢さんに紹介してね。パパよりも歳が近い分きっと仲良くなれると思うの」
雛子はすでに割り切ったようだ。
「ありがとう、雛子。しばらく寂しい思いさせるけど。今日はせめてものお詫びに何か欲しいものをプレゼントさせて」
正直に打ち明けてよかったと滝口は思った。
「いつもプレゼントしてもらっているから気にしないで。でも、来月私の誕生日だから、前倒しってことで、一つ欲しいものあるんだけどリクエストしていい?」
雛子は屈託なく笑った。
そして、とうとう娘、エレンが東京に引っ越してきて…
翌日。
― あー、よかった。わかってもらえて…。
夜、雛子を車で家まで送った後、滝口は、ハンドルを操りながら、楽しかった土日のデートを思い返していた。
『ゼルコヴァ』で一杯飲み終えると、斜め向かいのロエベで雛子が欲しいというバッグを買い、その流れで、セリーヌで色違いのスウェットにおまけで靴も買った。
― プレゼントも弾んだし、雛子は機嫌よく帰ってくれたし。これならエレンを引き取ってもうまくいきそうだな。
予想外にいい方向に事が進んだことに、滝口自身、満足していた。
あと、気がかりなのはエレンの学校や身の回りの生活を整えることだ。
4月から学校の新学年が始まる。
とりあえず近所の公立の小学校に転校させるつもりだ。エレンは私立の中学校に行きたいと言っていたけれど、エレンと一緒に暮らすのは、エリがアメリカから帰ってくるまで間のこと。
エリ自身、娘と会えない生活に耐えられるはずがない。
― 1年の予定、とは言ってはいるが、もしかしたらもっと早く戻ってくるかもしれない。
滝口は安易に考えていた。
◆
3月末。
エリの出発に合わせ、エレンが東京に引っ越してきた。
それ以前から、小学校に転入するための手続きなどで何度かやってきており、4月からの生活をエレンもとても楽しみにしているように見えた。
「どう?似合う?」
近所の公立小学校には標準服と呼ばれる制服があり、エレンはそれをとても喜び、鏡の前でくるくると回ってポーズした。
エンブレムのついた紺色のブレザーにチェックのプリーツスカート。それに帽子。
「丸山敬太監修の制服なんて、さすがね。たしか銀座の区立小学校にはアルマーニがデザインっていうとこもあったよね?」
一緒についてきたエリが感心しながら言う。
「間に合ってよかったよ。広瀬の助言がなかったら、わからないことだらけだ」
滝口は言った。
広瀬というのは、滝口の会社の創業時からのメンバーで、2つ下の36歳。もともと富ヶ谷に実家があることから、結婚しても地元にこだわり、神山町に妻、息子と三人で暮らしている。
娘との同居を広瀬に相談したところ、エレンとの同居に必要なあれやこれやを妻と相談し、段取ってくれた。
「ここがエレンのお部屋ね。すてきー!」
向こうの部屋でエリとエレンがはしゃぐ声が聞こえる。
子ども部屋は知り合いの施工業者に頼み、急ピッチで改装した。壁は一面だけをグレーに塗り替え、家具はすべて白で統一。ベッドカバーや窓際のカーテンでパステルカラーを取り入れた。
1人がけのソファに使いやすいクローゼットと、女の子の部屋としては完璧だ。
「実は、あなたにエレンをお願いするのは最後の手段だったというか…。絶対にありえない選択だったんだけど」
エリがいつの間にか隣にきて、そっと滝口に言う。
「ありがとう。あんな別れかたをして、今まで娘に会わせてもこなかったのに、私のわがままを聞いてくれて」
元妻は、感極まった様子だった。
「アメリカなんて思い切ったね。子どもを置いてまで夢を追いたいなんて、なかなかできるもんじゃない。一体何がきっかけなの?」
滝口はふと聞いてみたかった疑問をエリに投げてみた。
すると、エリは言った。
「それは、なぜ妻以外の人を好きになったの?その理由は?って聞くのと同じこと。情熱や欲望に理由なんてないのよ」
そう言われると、滝口はその先、何も言うことはできなかった。
「わかったよ。応援しているから頑張って」
諦めたように言った。
「じゃあ、エレン。ママはもう行くね。パパの言うことをちゃんと聞いて元気で」
そういうとエリは足早に玄関へと向かった。2人に背を向けたまま靴を履き、ドアに手をかける。
「エレン、ごめんね」
最後に振り返り、そう言ったエリの瞳は潤んでいた。
滝口はこの時、彼女の言う「ごめんね」の意味を深く考えてはいなかった。
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娘と2人きりの生活がスタートした滝口。仕事、恋愛はどうなる?