巨匠ジャン=リュック・ゴダール監督が、ザ・ローリング・ストーンズのレコーディング風景を捉えた1968年の音楽ドキュメンタリー映画『ワン・プラス・ワン』が、大島依提亜によるデザインの新規仕様(7インチサイズのレコード風ジャケット)でBlu-rayリリースされる。特典として禁断の改編版『Sympathy For The Devil』本編映像、貴重な非売品ポスターを封入。本作の見どころを、荒野政寿(「クロスビート」元編集長/シンコーミュージック書籍編集部)に解説してもらった。

今回Blu-ray化されたジャン=リュック・ゴダール監督の『ワン・プラス・ワン』は、音楽ファンにはザ・ローリング・ストーンズの名曲「悪魔を憐れむ歌(Sympathy For The Devil)」のリハーサル過程とレコーディングの様子を記録した映画として有名だろう。ヌーヴェルヴァーグの鬼才が最も政治的なテーマに傾倒していたこの時期に、何故ロンドンでストーンズを撮ることになったのか、まずはそこから整理する必要がありそうだ。

1968年5月にパリで起きた「五月革命」の最中、ゴダールはカンヌ映画祭のあり方に抗議して、いわゆる「カンヌ国際映画祭粉砕事件」の当事者となる。「ジガ・ヴェルトフ集団」を結成、非商業的な映画にますます力を入れていこうという過渡期の68年6月に、『ワン・プラス・ワン』は撮影された。もともと別の企画のためにロンドンへ来たゴダールは、英国のロック・バンド、ビートルズかザ・ローリング・ストーンズを撮りたいと考え始める。ゴダールはビートルズとも交渉していたが成就せず、ザ・ローリング・ストーンズを主役に据えることになった。

ゴダールは本作の劇パートに登場するアンヌ・ヴィアゼムスキーと前年に結婚したばかり。ブラックパンサー党のエルドリッジ・クリーヴァーを支持するなど、革命とブラック・パワーに注目していた時期のゴダールらしいトピックが、劇パートにはふんだんに含まれている。


(C) CUPID Productions Ltd. 1970

8時間近くに及ぶドキュメンタリー作品『ザ・ビートルズ:Get Back』をフルで観た今、改めて『ワン・プラス・ワン』を観直して思ったのは、2本の映像がまるで兄弟のよう、ということ。撮影監督はどちらもアンソニー・B・リッチモンドで、スタジオ内での撮り方や構図がよく似ているし、どちらもグリン・ジョンズ(ビートルズの『Get Back』セッションにはプロデューサーとして、ストーンズの「Sympathy For The Devil」にはエンジニアとして参加)が頻繁に視界に入ってくる。この時期のストーンズはスペンサー・デイヴィス・グループなどを手掛けたニューヨーク出身のプロデューサー、ジミー・ミラーとの蜜月期にあったが、そのミラーはほんの一瞬、ガラスの向こうの調整室内にいる姿が確認できるだけ。トークバックでミック・ジャガーと会話するばかりで、メンバーの近くにはまったく寄ってこない。それとは対照的に、やたらと画面に登場するのがグリン・ジョンズで、『Get Back』で確認できた積極的な(時に出しゃばりに思える時もある)現場での仕事ぶりはここでも変わらない。ジョンズの自伝『サウンド・マン 大物プロデューサーが明かしたロック名盤の誕生秘話』には、『ワン・プラス・ワン』の撮影中にネオン灯の台座が落ちてきて、その下にいたキース・リチャーズを直撃するところだった、というエピソードも出てくる。


(C) CUPID Productions Ltd. 1970

ビートルズといえば、ゴダールはこの年の冬にニューヨークで、未完に終わった映画『ワン・アメリカン・ムーヴィー』用に、ジェファーソン・エアプレインのビル屋上ライブを撮影している。これがビートルズに与えた影響は未だ不明だが、いち早くルーフトップ・コンサートを敢行、撮影したケースであることは動かしようのない事実。ゴダールとビートルズとの因縁を感じさせる。

あのグルーヴが生まれるまで

『ワン・プラス・ワン』は冒頭、アコースティック・ギターを抱えたミック・ジャガーが、ブライアン・ジョーンズとキース・リチャーズに「Sympathy For The Devil」のコード進行を教える場面から始まるが、曲のテンポはまだゆっくりしていて、ダウンストロークでコードを弾くばかり。単調で、また曲として出来上がっていない。なので、リズム隊のビル・ワイマンとチャーリー・ワッツは横で様子を見守り続ける。キースのアコースティック・ギターがリズムにメリハリをつけ始めると、ようやく我々が知っているあのアレンジに近付き始める。要するに、ミックは曲のスケッチと歌詞だけを持ってきて、スタジオでほぼゼロに近い状態から曲作りをしているのだ! 『ザ・ビートルズ:Get Back』もそうだったが、スタジオ使用料など一切気にしないスーパースターたちの作曲スタイルは豪快。以前ゾンビーズに取材した際に訊いた、スタジオ代が非常に限られていたので予め入念にリハーサルを重ねておき、ビートルズが使っていない時間帯のスタジオに入ってササッと録り進めたという『Odessey And Oracle』の涙ぐましさとはレベルが違う。

もうひとり忘れてはいけない重要人物が、このセッションでオルガンやピアノを担当しているニッキー・ホプキンス。キンクスから「Session Man」という曲を捧げられたこともある名裏方が、「Sympathy For The Devil」に輪郭を与える重要な役割を果たしている。オルガンなどを試すも、今ひとつピントが合わない様子の序盤から一転、曲の方向性が定まってくるのは、ホプキンスがピアノでドライヴ感溢れるフレーズを弾き出してからだ。

リズム・アレンジの変遷も面白い。中心になっているのは明らかにミック・ジャガーで、最初のうちは通常の8ビートでどうにかしようとしているが、チャーリー・ワッツに対して当たりがきつく、「まともなおかずを叩いてくれよ」「もっとビートを効かせてくれ、もたついている」などと、厳しいダメ出しをビュンビュン飛ばす。なかなか形にならないアレンジが軌道に乗り始めるのは、キース・リチャーズがベースを抱え、よく知られているあのベースラインに近いフレーズを弾き始めてから。ベーシストであるはずのビル・ワイマンはマラカスなど打楽器を任されている。


(C) CUPID Productions Ltd. 1970

決定的なのが、ガーナ出身の打楽器奏者、ロッキー・ディジョーンの参加。スタジオに連れてきたのはジミー・ミラーで、彼のコンガとキース・リチャーズのベースラインがしっかりと噛み合い、アフロ・ロック的なグルーヴが形成されていく過程もカメラはしっかりとらえている。ここでストーンズとミラーが生み出したグルーヴは、のちの1991年にプライマル・スクリームが『Screamadelica』でミラーをプロデューサーとして起用、「Movin On Up」で継承してアップデートに成功した。

いわくつきの別バージョン

これまでこの映画でのブライアン・ジョーンズについて、「影が薄い」「今にも消え入りそうだ」というニュアンスで評されることが多かったように思う。ミック&キースに比べると存在感が希薄になっているのは確かだが、それでも同じ年の12月に撮影されたTVショウ『ロックンロール・サーカス』(これも撮影はアンソニー・B・リッチモンド)での居心地悪そうなブライアンと比べると、ここでのブライアンは真面目にアコースティック・ギターで教わった通りのコードをかき鳴らし続けている(音量こそオフではあるが)。バンドの一員であるというモチベーションをしっかり感じさせるし、セッションの終盤こそ姿が消えてしまうが、少なくとも演奏中はひどく酩酊している風にも見えない。キースがタバコやライターをブライアンに投げ渡すシーンも微笑ましく、ストーンズを脱退する前年までこのようなコミュニケーションが続いていたことは、忘れずにおきたいポイントだ。

ボーカル録りの場面が見られるのも貴重。ミック・ジャガーが歌うパーテーションの向こうに揃った、即席コーラス隊の顔ぶれを見て欲しい。ストーンズの面々と共にマイクに向かうのは、写真家のマイケル・クーパー(ビートルズの『Sgt. Peppers Lonely Hearts Club Band』やストーンズの『Their Satanic Majesties Request』のジャケット写真を撮影)と、アニタ・パレンバーグ、マリアンヌ・フェイスフル! アニタはブライアン・ジョーンズと別れてキース・リチャーズと交際中、マリアンヌはミック・ジャガーと交際していた。

思えば「Sympathy For The Devil」の歌詞にヒントを与えたミハイル・ブルガーコフの長編小説『巨匠とマルガリータ』も、ミックに薦めたのはマリアンヌ。歌詞にキリストやローマ帝国のピラト総督が出てくるのは同書の影響だ。そこにミックは1968年6月6日のロバート・ケネディ暗殺事件という起きたばかりの”事件”を絡め、インパクトのある歌詞に仕上げることができた。マリアンヌはストーンズよりひと足先に『メイド・イン・USA』(1966年)に出演して、ゴダールとの仕事も経験済み。ミックの方向性に大きな影響を与えた”旬のカルチャー担当”として、ストーンズへのマリアンヌの影響はもっと語られるべきだろう。


(C) CUPID Productions Ltd. 1970

今回のBlu-rayには、1968年11月、ロンドン映画祭でプレミア上映された際にプロデューサーのイアン・クオリアーが無断で改編してゴダールを激怒させた、いわくつきの別バージョン『Sympathy For The Devil』もボーナスとしてフル収録されている。ミックスを終えて完成したストーンズの「Sympathy For The Devil」をゴダールが本編で使わなかったのに対し、クオリアーは独断でこの曲を最後のシーンに挿入。これに立腹したゴダールはクオリアーに殴りかかって猛抗議し、騒動になった。そこまで怒った理由についてゴダールは、ローリングストーン誌のインタビュー(1969年6月:訊き手はジョナサン・コット)で、歌詞の内容に共感していたわけではなく、映画を象徴するような使い方をされたのが納得いかなかったことを明かしている。ストーンズにもこの件について手紙を送ったが、返事は来ず「彼らに失望した」そうだ。

そもそもストーンズを主役に据えた映画に、リロイ・ジョーンズの著書『ブルースの魂――白いアメリカの黒い音楽(原題『Blues People』)』からの引用を入れ、白人が黒人音楽からアイディアを”拝借”してきた歴史に触れていることでもわかる通り、ゴダールの心はストーンズ側に寄り添っていない。前述のインタビューでも、ストーンズを撮ったことについて「ただ構築の過程で何かを見せたかっただけ。そこに民主主義は存在しておらず、建設的でもないことを」と非常に素っ気なく、「口では戦争反対というが、平和のために何もしない。革命を起こそうとしている黒人たちに従おうという強さもない」と突き放すように語っている。

激動の時代に残された2バージョン、この機会にじっくり観比べてみて欲しい。



『ワン・プラス・ワン』
■監督:ジャン=リュック・ゴダール
■撮影:トニー・リッチモンド
■編集:ケン・ロウルズ
■エグゼクティブ・プロデューサー:エレニ・コラード
■プロデューサー:マイケル・ピアソン、イアン・クウォリアー

■キャスト:
ザ・ローリング・ストーンズ
ミック・ジャガー/キース・リチャード (リチャーズ)/ブライ
アン・ジョーンズ/チャーリー・ワッツ/ビル・ワイマン
アンヌ・ヴィアゼムスキー
イアン・クウォリアー
フランキー・ダイモン Jr.

Blu-ray好評発売中
■価格:4,800円 (税抜)
■仕様:カラー / 約101分 / 2層 / 1枚組

■大島依提亜氏によるデザインの新規仕様
2021年チャーリー・ワッツ訃報を受けて行われた追悼リバイバル上映にて、ポスター及びパンフレットのデザインを手がけた大
島依提亜氏による新規デザイン仕様。(レコード風ジャケット仕様 *7インチサイズ)

■特典として、非常に貴重な非売品ポスターを封入
2021年チャーリー・ワッツの追悼リバイバル上映時、大島依提亜氏によりデザインされ劇場のみで展示された非常に貴重な非売
品ポスターを封入(A3サイズ折り込み)

■本編映像豪華2本立て
ゴダールによるオリジナル編集版『ワン・プラス・ワン 』に加え、1968年ロンドン映画祭にてプレミア上映されたプロデュー
サーによる禁断の改編版『Sympathy For The Devil』を特典映像として全編収録。
特典

■映像特典(約107分)
・『Sympathy For The Devil』本編映像

■封入特典
・2021年チャーリー・ワッツ追悼上映 劇場限定ポスター(A3折り込み)

■特典仕様
・レコード風ジャケット(7インチ サイズ)

※商品の仕様は変更になる場合がございます。
※本商品のレイティングはPG12になります。

映画「ワン・プラス・ワン」公式サイト
https://longride.jp/oneplusone/