陸上女子長距離・マラソンで活躍した福士加代子さん【写真:Getty Images】

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「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」オンラインイベント出演インタビュー

「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、女性アスリートの今とこれからを考える「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を展開した。その一環として「女性アスリートのカラダの学校」と題したオンラインイベントを6日に開催し、1、2部で計150人が参加。「月経とコンディショニング」と題した第1部にゲストとして登場したのは五輪に4大会連続で出場し、今年1月で現役引退した陸上女子長距離・マラソンの福士加代子さんだった。

 イベントは、月経周期を考慮したコンディショニングを研究する日体大・須永美歌子教授を講師に、競泳で五輪2大会に出場した伊藤華英さんをMCに迎え、1時間にわたって行われた。大きな月経トラブルの経験なく、トップレベルで39歳まで競技を続けた福士さんが自身の競技生活について明かすとともに、須永教授が月経や女性ホルモンが女性アスリートのパフォーマンスにもたらす影響について解説し、具体的なレクチャーも行った。

 終了後には「THE ANSWER」のインタビューに応じた福士さん。ここではイベントを振り返りながら、陸上女子長距離界の健康や指導における課題について語り、「休めない」選手への助言と提言も行った。(聞き手=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

 ◇ ◇ ◇

――まずはイベント出演、ありがとうございました。1時間を振り返って、いかがでしたか?

「勉強になりました、本当に。私が知っているような知識も、またさらに深く掘り下げ、須永先生に分かりやすく教えていただいた。『ああ、こうだったんだ』みたいなこともあって、凄く良かったです。こういうイベントに参加するのは初めてだったし」

――今回、参加しようと思った理由はどうしてでしょうか?

「私が月経などにあまり困らないのが普通だったし、周りの後輩もそういう人は多くなかった。でも、実際には(陸上界に)そういう人も多いと聞き、意外と知らないことが多いんだと思って。私も自分が正常なのか、逆に正常じゃないのかを知りたくなって、参加しようと思いました」

――実際に発見はありましたか?

「オーバートレーニングに女性ホルモンが関係していること。女性ホルモンなんて、大して関係ないだろうと思っていたんですけど、須永先生の話を聞いて『おおーっ』と。あの時は私のせいではない、ホルモンのせいだったのかと。もうちょっと知識があれば、その問題がクリアにできて、面白く練習できたと思う部分もありました。なんでもかんでも気持ちでとか、今このトレーニングしないととか、(根拠なく)やっていた部分があったので。コンディショニングが悪い時は、自分の普段の行いが悪いのかなんて思っていたこともあったので。こういう知識を知っておけば、調子が悪い時にもっと普通に考えられたかなと思います」

――女子陸上界には月経不順や疲労骨折などの課題が多いと言われます。そのあたりはどう感じていましたか?

「私の周りでは身長が小さい子に疲労骨折が多かったんです。それを見て思ったのは、休めないんだなって。小さいだけで他人よりハンデを持っている感じ。他人よりやらなきゃいけないと、染み込んでいる子が多くて。だから、オーバートレーニングに気付かない子が多くて、『まだ頑張ります』『大丈夫です』という言葉をよく聞きました。それ、私から見ても大丈夫じゃないから『大丈夫じゃないよ』と言うんですけど。でも、私とは(身体の作りや能力が)違うとその子も思っているから、きっとダメ。ホルモンなども影響しているんだよと、専門家から教えられると休もうかなと思える。なので、こういう機会がちょっとでもあれば良かったですね」

「休めない」選手に伝えたい、「頑張らない」ことの大切さ

――たしかに頑張りすぎてしまうのは、女子選手の健康を考える上で難しい課題です。

「性格じゃないですかね。頑張ってやる女の子が多いので。(練習を)やめろと言われても、やってしまう。そこは性格によるのですが、でも自分で気付くことも大切じゃないですか? 一度、やりすぎてしまって、ちょっと怪我をして、やっと気付くのでもいい。でも、その時にまたさらに頑張らなきゃと思うのではなく、もっと自分の身体と向き合おうというきっかけにしたらいいかなと思いました」

――福士さんも怪我が考えるきっかけになったとイベントで言っていました。

「1年で3回、怪我したこともあったので。その時にオーバーしていたかなとか、精神的にストレスがあったなとか。今、自分の身体で何が起きているんだろうと、ゆっくり考えることが必然的に増えた。何が原因か分からない限り、また次も起きると思ったし、そうなったら嫌だと思ったことがあったので。でも、私の後輩とか今の子らは怪我したら、また違う(怪我していても)できるトレーニングをさらに頑張ってしまう。本当に頑張り屋なので。だから、頑張らないことをすすめたいですけどね、私は」

――競技力を上げるために“頑張らない”という選択肢もあるのですね。

「そうです。『自分たち、まだまだ来年もあるじゃん』って、みんな思えたらいいのにと思いますよ。でも、やっぱり一日一日を大事にトレーニングしたいと思っているんですね。『将来は子供も産むでしょ?』みたいなことまで言えればいいかもしれないけど、難しい。一緒にやっていた同級生の選手は(避妊)パッチじゃなくて、女性ホルモンの注射を打って(月経を)起こさせたけど、体調が悪くなっちゃって練習が詰めず、それが原因で選手を辞めてしまった。でも、今は子供が4人くらいいて、その時に(月経を)起こしておいて良かったと思えるって。たぶん、あのままだったら子供を産めない身体になっていたかと、後々気付いたと言っていたので」

――それは今、競技を頑張っている若い選手も同じリスクがあるかもしれません。

「特に骨密度は、10代から20代の若い時が一番大事なので。何か不安があれば、気軽に婦人科に行ける風潮になればいいなと思いますね」

――女子陸上界は新谷仁美選手など、自分の健康問題やキャリアについて発信される方が多くなっています。時代の変化でもありますが、陸上界のトップの一人としてどう感じていましたか?

「みんな、自分の身体や自分自身と向き合うことが多くなってきているから、発信しているんじゃないかと思います。若い子らがどんどん発信しているので、それをまたさらにその子に興味がある子が見ていくので。もうすごいじゃん、陸上界! どんどん発展していくと思いますよ」

――健康問題に限らず、女子陸上界の今後の課題について、福士さんが感じていることはありますか?

「今は指導者も知識がどんどんついて、あれやれ、これやれって。教えてくれる部分があります。それはいいんですけど、選手がそれをまず自分がやってみて、試してみて、合っているか違っているかを感じてほしい。例えば、生理周期も人それぞれ違う。もし、合っていなかったら『ちょっと、私は違います』と言えると、本人のためだけじゃなく、指導者のためにもなる。そこで指導者も知識がつくので。みんなが『あの人が言っているから正しい』って、何も言えなくなってしまうのは違う。与えられるだけで、自分から言わない風潮があるので。もうちょっと、そっち側(指導者側)ともう一度、(コミュニケーションを)やり合えばいいのにと思います」

頑張るフリをすることに疲れて「や〜めた」

――福士さんには周りに流されない自分の意志の強さを感じます。それは、若い時に何か経験があったのか、もともとそういう思考だったのか。どちらでしょう?

「今はそうかもしれないですけど、前はチームがこうしているから私もそこに埋まろうって、流れに合わせるタイプでした。チームのことをやっておけばいいかなって。私、結構何でも巻かれるタイプだったので(笑)。でも、徐々に人それぞれ違うことに気付いてきて、別に『右にならえ』じゃなくていいんだ、合わないことって普通なんだなと思って。ちょっと違うかなって(選択を周りから)外してみた時、こっちでも良かったと思えたので。でも、選手も(リアクションを)返さないといけない。

 こうだったよって教えてもらわないと。応答がないと、やっぱり指導者も何も思わず、そのまま続けることがある。『あれ、ちょっとずれてたかな』と気付くのが遅れる。体調に関しても、日々変わるもの。それは指導者が言われたから、どうとかっていう感じじゃない。思い切って『今日は体調が悪いんです』とか『逆に、今日は体調良いので、これやらしてください』とか。自分の身体のことは相手も絶対わからないので、そのくらいコミュニケーションがうまく取れればいいかなと思います」

――例えば、中高生の10代の選手たちは強くなりたい想いと同時に、発育過程にあり身体も大切にもしなければいけない時期。福士さんから健康を守りながら、同時に強くなることについてアドバイスはありますか?

「早寝早起きしていたら大丈夫じゃないですか?(笑)。若いうちはそんな気がします」

――福士さんの中高生時代は練習の負荷を含め、健康状態はどうでしたか?

「ぜんっぜん! 自分の身体が悪いとも、なんとも思ってなかったですね。練習も全く追い込まれてないんです。ノビノビすぎちゃって。(高校を卒業して)ワコールに来てから、ちゃんとした感じです。3食ちゃんと食べて、運動してみたいな。なんて、健康的な生活!」

――実業団に入って以降も、コンディショニングの面で特に気を付けていたことはないですか?

「特にないです。普通に、簡単にできること。しっかり3食を取るとか、早寝早起きをするとか。いたって普通の生活。やっぱり、頑張らないことじゃないですかね」

――アスリートにとって「頑張らないこと」はとてつもなく難しいと思うのですが、福士さんはなぜ頑張らないことができたのでしょう?

「だって、頑張れないもん(笑)。そもそも頑張れないのに頑張っているフリをするのが疲れる。なので、や〜めたと思った時はだいぶ楽になりましたね」

――頑張るフリをやめられたのはいつくらいでしょう?

「アテネ五輪かな? 五輪を1、2回経験したくらいですかね。出るたびにちょっとずつ頑張らないようにしていた気はします。最初は『会社のために』『オリンピックのために』って、めちゃめちゃ頑張っていましたよ。でも、徐々に鎧が取れていった感じです(笑)。そうなった方がやっぱり楽だったので」

――最終的には何のために行きついたんでしょう?

「自分の『好き』のために、です。自分が良いようにしか考えてなかったです。最後は健康のためにしか考えてないかも(笑)。ああ疲れた、でもこれは健康のために、息を上げずに、リラックスして走ろう! みたいな。その中でも練習で激しいトレーニングができたりもしたので、精神的に追い込まれない方が意外とできることもあるんだっていうことも感じながら」

練習も食事も大切にしてほしい「楽しかった」という会話

――月並みな質問ですが、走ることの楽しさを一番どこに感じたから、ここまで長く走れたのでしょうか?

「特技だったからね、あれが。簡単だし(笑)。走れないっていう人は、ほぼいないでしょう。長く走るのは無理かもしれないですけど。横断歩道で信号がチカチカしたら、みんなちょっと走るでしょ? あれ! あれの延長です(笑)。あれを10分やりましょうと言ったら、10分くらいならできるじゃないですか。ちょっとでも運動した感じなので。手軽で一番良かった。そんなもんですよ」

――今年1月で引退され、現役時代より幅広い活動ができるようになりました。今回を機に、女性アスリートの健康やコンディショニングという点で福士さんが発信していきたいメッセージはありますか?

「私は知識はないので、基本は楽しくやっていたら“血が動く”みたいな感じがあるので。あ、そうそう。話がずれるかもしれないですけど、後輩の選手が彼氏と別れたらストレスで血液性状が変わったんですよ。彼氏とうまくいっている月は数値が全部良かった。なんか(感覚が)ちょっと違うね、みたいな会話を後輩としたことがあって。だから、ちょっと楽しく走ったり、追い込んでもその後に『楽しかったね』みたいなものがあったりすれば、血は(正常に)返ってくるかなと。食べることもそう。食べることは、口に入れるまでは考えるけど、みんな口から入っていった後って考えない。

 つい最近、栄養士の先生にも言われたんです。口から入った後のことまで考えると、今は身体のこの部分に栄養が染み渡っているんだと感じるようになる。それで『美味しかったね』『楽しかったね』という会話をした方が、身体への吸収にはいいんじゃないかと。なので、栄養に関しては吸収の方を大切にしたい。私は知識がない分、走って楽しかった、みんなと食べて楽しかった、美味しかったという感情になっていくと、身体がちょっと温かくなる。そうしたことを発信していこうかと思っています。私の経験では、そうした方が血液性状も結構良かったよ、ということも言いたいです」

――最近はデータや情報があふれ、アスリートからもそうした発信が多いですが、シンプルに“日々を楽しく、生活する”という心の充実がいかに競技に反映されるかというのは、意外と抜け落ちる視点かもしれません。

「本当!? みんな、真面目だな……。私の周りは楽しく喋らないとストレスが生まれちゃうし、結局は吸収も悪いよねって考える人が結構多くて。なので、みんな『楽しく食べよう』という風潮はありました。そうやって、脳の方を満足させてしまえば、その方が意外とちょっと量が少なくても満足できることもあると思います。とにかく、何で満足するかの方を取った方が良かったと思いますけどね」

――メンタル面の充実がいかに身体にも影響してくるか、というのは福士さんらしい考えですね。

「たぶん、私、感情でしか生きてないから……(笑)」

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)