シュツットガルトでキャプテンを務めるMF遠藤航【写真:ロイター】

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【ドイツ発コラム】足掻くシュツットガルトで究極のポリバレントとして遠藤が君臨

 4月24日、ドイツの首都ベルリン。

 約5万5000人もの観衆が詰めかけたオリンピアシュタディオンでVfBシュツットガルトが足掻いていた。

 眼前の敵は残留争いの当該ライバル、ヘルタ・ベルリンで、シュツットガルトがこのゲームに勝利すれば2部との入れ替え戦に回る16位から抜け出し、15位のヘルタを蹴落とすことができる状況だった。しかし、オリンピアシュタディオンの異様な雰囲気にのまれたシュツットガルトは試合開始早々の4分に失点を喫し、その後はほぼワンサイドで攻め立てながらも同点ゴールを挙げられないでいた。

 キャプテンのMF遠藤航はアンカーのDFヴァルデマール・アントンを後方に従え、MFオレル・マンガラとともにインサイドハーフの一角でプレーしていた。今季の遠藤はシーズン途中から前目のポジションでプレーすることが多くなったが、その挙動にはまったく淀みが感じられない。Jリーグの湘南ベルマーレや浦和レッズ時代は主にストッパーのポジションを任され、2016年のリオデジャネイロ・オリンピックに出場したU-23日本代表、ベルギーのシント=トロイデン、そして現在のシュツットガルトで実績を築き上げてきたボランチでの実績を経て徐々にポジションを前へ定めていった彼は今、究極のポリバレントとしてドイツ・ブンデスリーガのピッチに君臨している。

 一方で、昨季9位でブンデスリーガ1部定着に自信を深めたかに見えたペルグリノ・マタラッツォ監督率いるシュツットガルトは、主力選手にケガ人が続出して不安定な成績に苛まれていた。特に昨季チーム最多の16ゴールをマークしてエースの座を勝ち取ったFWサーシャ・カライジッチが負傷で長く戦列を離れたダメージは大きく、幾多の好機を築きながらも決めきれない試合内容へと反映されて勝点を積み上げられない苦境が続いていた。

 それに加えて、守備では脆弱さが目についた。これはひとえにディフェンスリーダーだったDFマルク=オリバー・ケンプフがシーズン途中に移籍してしまった影響が大きい。しかも、ケンプフが選んだ新天地はよりによってヘルタ・ベルリンだった。ケンプフの移籍で昨季ジュビロ磐田からレンタルで加入した伊藤洋輝のレギュラー定着が促進された面もあったが、遠藤とともにチームを束ねる存在でもあったケンプフを失ったことは少なからずシュツットガルトのハンデとなった。

ヘルタ・ベルリンに敗れて降格圏に接近

 1点ビハインドで推移したヘルタ戦、焦れるシュツットガルトは気を急いてチームバランスを崩してしまう。時計の針はすでに90分を過ぎ、アディショナルタイムに突入した刹那、急遽のカウンターを受けたシュツットガルトは帰陣を余儀なくされ、左ストッパーの伊藤が必死に防御態勢を取る。しかし、なかなか仲間のサポートが得られない。ゴール前で踏ん張り、相手FWイシャク・ベルフォディルのフェイントに対応した伊藤だが、最後は尻もちを付かされて身体の横にシュートを通された。

 絶望的な失点直後に試合が終了した瞬間、伊藤が崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。チームメイトが手を伸ばして彼を引き起こそうとしている。キャプテンの遠藤が仲間を促し、アウェースタンドに陣取るサポーターたちの下へ挨拶に赴く。激しい罵声とブーイングが浴びせられる中、周囲ではヘルタサポーターたちが奏でる凱歌が響き渡っている。これで16位・シュツットガルトと15位・ヘルタとは勝ち点4差へと広がり、自動降格圏の17位・アルミニア・ビーレフェルトとは勝ち点2差に肉薄した。

 翌32節、シュツットガルトのホーム、メルセデス・ベンツ・アリーナに向かう地下鉄車内には多くのシュツットガルト・サポーターがひしめき合っていた。スタジアムまでの道中に設営された屋台ではビールをあおる一団が大挙し、この後のゲームの行方に思いを馳せている。チームの危機にサポーターが立ち上がろうとしている。

 今節の対戦相手は12位のヴォルフスブルクで、この試合を落とせば自動降格圏転落の可能性もある。苦しい時こそポジティブなサポートが必要だ。ドイツのサッカーファン、サポーターは熱狂的で勝敗に激しくこだわるが、少なくとも試合が終了するまでは献身的にチームを支える。シュツットガルトの選手たちはウォーミングアップのためにロッカールームからピッチへ降り立った瞬間にその熱意を感じ取っただろうし、だからこそ奮起して試合開始から前傾姿勢を取ったはずだった。

 前半13分にコーナーキックからヴォルフスブルクのDFジョン・アンソニー・ブルックスにヘディングシュートを浴びせられて失点を喫しても、この日のシュツットガルトは闘志が萎えなかった。遠藤は相変わらず前目のポジションでファーストディフェンスと攻撃起点の両輪を担い、前節の反省を踏まえた伊藤は鼻骨骨折の影響でフェイスガードを装着しながら強靭なチャージと卓越した左足を駆使したフィードでチームに貢献した。

残留に向けてバイエルン戦でイエローカードは回避せねばならない

 シュツットガルトの反攻は、残り約77分の間一貫して続いた。それでも負傷、そして新型コロナウイルス感染症の陽性反応などで離脱を繰り返してきたFWカライジッチがチャンスを逸するなどして、やはりゴールが遠く感じた。

 絶体絶命の窮地に立った時、ホームサポーターの絶叫にも似たチャントとコールが鳴り響いた。その勢いに促されたシュツットガルトは後半44分、遠藤を起点に左サイドへ展開したボールをMFエンツォ・ミローが受けてクロスを上げると、ファーサイドで構えたMFクリス・ヒューリッヒがボレーで叩いてボールをゴールネットに突き刺した。土壇場の同点劇にメルセデス・ベンツ・アリーナが興奮の坩堝と化す。試合は惜しくもこのまま1-1で終了したが、今シーズンのリーグ戦2試合を残した段階でわずかに残留圏入りの希望を絶やさなかった結果に、シュツットガルトを取り巻く者たちは一様に安堵の表情を浮かべていた。

 どんな状況下でも一切動揺する姿を見せない遠藤が、試合後のテレビインタビューに応えている。日本メディアの取材を終えると、今度は地元ドイツメディアに向けて英語で受け答えしている。ひとしきり話を終えると、メインスタンドには多くのサポーターが集結していて、遠藤に声援を送っている。この一団の大半は子供たちで、彼らは試合後にここで憧れの選手たちとの記念写真やサインを求めるのが通例となっている。

 ほかのチームメイトが数人の願いに応じるなか、遠藤だけはすべてのサポーターと触れ合っている。男の子数人が「一緒に写りたいから、ワタルがカメラを構えて撮って!」と言うと、柔和な微笑みをたたえ、二つ返事でそれに応えている。

 この選手の凄みは心の奥底に備える信念と、周囲の期待に寡黙に応える責任感の高さにある。その安心感にも似た風格が、危機に瀕したシュツットガルトに一筋の光をもたらしている。一方で、遠藤はこの日のゲームでイエローカードを掲示されたことで累積警告数が4枚となった。もし次節の大一番、バイエルン・ミュンヘンとの一戦で再び警告を受ければ、遠藤は残留を懸けた最終節のケルン戦で出場停止処分を科せられるかもしれない。

 頼もしき存在だからこそ、窮地でのチームキャプテン不在は絶対に避けねばならない。まずは今節、“盟主”とのアウェーマッチで未来への道筋をつける。それが今の遠藤に課せられた重要なタスクだ。(島崎英純/Hidezumi Shimazaki)