「怒り」は、なかなか手ごわい強敵といえます。上手な対処法はあるのでしょうか(写真:mits/PIXTA)

「怒りは敵と思え」とは徳川家康の言葉だが、「怒り」は、なかなか手ごわい強敵。実際のトラブルに発展することも多いこの感情に、私たちは、どうすればうまく対処していけるのか?

メンタルの問題に“最前線”で取り組み、多くの人を支援してきた、心理カウンセラーの下園壮太さんが『自衛隊メンタル教官が教える イライラ・怒りをとる技術』を刊行。私たちの“最前線”、職場や家庭で役立つ、「怒り」の実践的な対処法について話を聞いた。

「現実の対処と感情の対処は別」と心得る

忙しい時に限って職場や家庭でトラブルが発生! このような時、内心イライラしたり、ムカッとしたりしても、私たちは感情を抑えて、現実問題のほうを解決しようとします。多くの場合、我慢したり、「怒ってはダメだ」と自分に言い聞かせをしたりして、なんとか理性的に対処しようとするもの。

これはなかなか良い方法で、日常生活の中の小さなトラブルなら効果的ですし、現実の問題が解決されれば、やがて苦しさも消えていくでしょう。

しかし問題は、「怒り」が大きく発動する時です。

「怒り」の感情は、本人の心と体をあっという間に乗っ取ります。どんなに日ごろクールで冷静な態度を心がけている人でも、怒鳴ってしまう、机を叩く、相手をど突いたりすることがあるように、怒りの瞬発力は強烈です。

このような時は「我慢」も「言い聞かせ」も効きません。我慢と言い聞かせで大きなトラブルに発展するのは避けられたとしても、強い怒りはいつまでもくすぶり続けます。「絶対に許さない!」「私は何も悪くない!」とずーっと怒りに乗っ取られた状態が続きます。そして、くすぶる感情は、問題の理性的な解決を妨げてしまいますし、状況をかえって悪化させていくこともあるでしょう。

「怒り」という感情に対処していくには、まず「現実の対処と感情の対処は別」と理解しましょう。

現実の問題を解決したいなら、先に「怒り」という感情をケアすることです。

「感情を先にケアする」とは遠回りのようで、違和感を覚えるかもしれません。でも実は、人間の自然な思考に合っているのです。

それでは、強い怒りを感じた時、具体的にはどのようにしていけば良いでしょうか。私が一般の方向けに開発した「感情のケアプログラム」では、さまざまな方法を用意しています。人によって合う合わないもあるのですが、ここでは極めてシンプルで、比較的多くの方に有効な「味方工作」という方法をお伝えしましょう。

怒りを感じたら、真っ先にするべきこと

相手が不遜な態度をとって、思わずプチン! 怒りが発生したとします。

あなたが最初にするべきなのは、直ちに距離をとること。その場を速やかに離れて、トラブルの相手が見えず、声も聞こえない場所に移動します。

物理的に無理な場合は、スマホで動画を見る、好きなアイドルやペットのことを思い出す、呼吸に集中するなどして、イメージの中で距離をとるようにしましょう。自分なりのお題目を唱えるのも有効です。私は「気は長く、心は丸く、腹立てず、口慎めば、命長かれ」というお題目を思い出すようにしています。結構長いので、一つひとつを思い出しているうちに、イライラからから少し距離を取れます(図を参照ください)。


(イラスト:『自衛隊メンタル教官が教える イライラ・怒りをとる技術』より)

このようにして感情のピークをなんとかやり過ごしたら、次のステップとして、さらに怒りをケアしていきます。

この段階で、効果的なやり方の一つが「味方工作」です。

平たくいうと、怒りを感じたら他の人に相手の悪口や愚痴を言う、ということです。

「え! そんなことはしては、人としてダメでしょ」と、ギョッとする方もいらっしゃるかもしれません。

たしかに、世の中には「人の悪口を言ってはならない」「愚痴をこぼしてはならない」という価値観が根強いです。

悪口は耳にするのも快いものではありませんし、愚痴ばかり言う自分に幻滅することもあります。怒りのままに悪口を言いふらしていたら、回りまわって相手に伝わり、トラブルが悪化することもあるでしょう。だから、世の中には「悪口は言ってはならない」という強い戒めもあるわけです。

でも、私たちにとって、怒りが発動したら「相手の悪口を言いふらしたい」というのは、ごく自然な心の動きです。

もしサービス窓口や店、または会社などで、何らかの不当な扱いを受けた時、私たちは「こんな扱いをされた!」と訴えたくなるでしょう。怒りの声をあげて、相手にクレームをつけることもあります。一人のカウンセラーに打ち明けたところで、到底おさまるものではないのです。

ではなぜ、私たちは怒ると「悪口を言いふらしたい」のでしょうか?

私たちが原始人だとして、「怒り」の感情の本質を考えてみましょう。

誰もが怒ると悪口を言いふらしたくなる、本当の理由

原始人はつねに飢えて、猛獣や他の部族との命の取り合いの中で生きてきました。

「怒り」とは、「敵に威嚇、反撃する」ための本能です。この感情(本能)があるから、自分よりも強いかもしれない敵に立ち向かい、生存競争に勝つことができたのです。

また原始人にとって、戦いとは人数勝負。自分サイドについてくれる人数が多いほど、勝って生き残る公算が高まります。そこで「一人でも多く、早く味方につけたい」と考えます。

だから戦いの場で「怒り(本能)」が発動すると、「自分はいかに不当な攻撃をされたか」「相手はどんなに邪悪か」「今度どんなひどいことをしてきそうなのか」などを話し、広く同情を得て、自分の味方をたくさん募りたがるのです。

現代人の私たちにとっても、怒りの出来事があった時に「この無念さ、悔しさ、痛さをわかってほしい」と思い、多くの人に訴えたくなるのはごく自然なこと。決して恥ずべきことではありません。

本当に味方になってくれる人が現れると、スーッと落ち着いてきます。怒りとは心と体を戦闘モードにセットする感情なので、落ち着けば、心の武装解除も進みやすくなります。友人にコトの顛末を聞いてもらったり、愚痴ったりする「味方工作」は、心に大変効果があるのです。

「仕事帰りに愚痴りながら一杯」は効果アリ

「仕事帰りの一杯」は、若い世代などから「昭和のサラリーマン的」と揶揄されることもあるようです。またコロナ禍においては、あまり積極的にはできない習慣になってしまったようです。

けれども感情のケアという観点からいうと、リラックスした雰囲気の中、愚痴や悪口を聞いてもらうことは「味方工作」の一つ。それなりの必要性と効果があると、私は考えています。

とはいえ、現実的に「味方工作」をする際は、信頼できる口が固い人を厳選して、他の人の耳に入らない環境を確保しましょう。

ここでも「原始人モード」の視点になりますが、愚痴は逆に言うと、弱み情報であります。相手を間違えると、こちらの弱みが敵に伝えられて、一気に戦況が悪くなります。うっかり愚痴をこぼした中には、敵に通じるスパイがいるかもしれません。前に言った「悪口を言ってはならない」という戒めは、このあたりから来た処世術でもあります。「陰口」は、決して表に出ないような相手を選んでしないといけないのです。

そのためにも、日ごろから安心して愚痴を言い合える人間関係を築いておくのは、とても大切なことです。

ただ、それも難しい場合はプロのカウンセラーを利用するのも一つの手。カウンセリングスキルは優劣が大きくても、秘密を他言しないという守秘義務は、ほとんどのカウンセラーが守ってくれるでしょう。


また補足しますと、SNSでは悪口はあっという間に拡散します。「味方工作」のつもりで、怒りに任せて投稿や書き込みをしたり、メールを送ったりしないようにくれぐれも注意しましょう。

最初に述べたように「現実の対処と感情の対処は別」です。

現実の問題を解決したいなら、先に「怒り」をケアすることです。その上で問題に対応したほうが「理性的な解決」という本来の目的地にグンと向かいやすくなります。

「悪口を言ってはダメ」「愚痴を言ってはならない」と日ごろから強く思っている人ほど、ぜひ「自分の感情をケアする」という観点を知って、役立ててください。

(取材/構成 向山奈央子)

(下園 壮太 : 心理カウンセラー・メンタルレスキュー協会理事長)