スペースXのロケット「ファルコン9」。当日は朝から悪天候で、直前まで打ち上げが危ぶまれた(写真:SPACE NTK)

4月2日1時24分(日本時間)、スペースX(エックス)社のロケット「ファルコン9」が宇宙へ打ち上げられた。そこに搭乗しているのは、「ことちゃん」こと長倉紀音(ことね)さん(享年7歳)。ことちゃんはアメリカ・フロリダ州にあるケープカナベラル空軍基地を出発し、現在地上から500〜600km離れたあたりで地球の周りを旋回している。

打ち上げの様子が配信された動画を、遠く離れた日本から見守っていたのは、ことちゃんの両親である長倉夫妻。

「死んでしまった金魚を埋めたとき、『空で泳いでいるかな、いつか空で会えるね』と空を見上げていました」と、ことちゃんの父、輝明さんは語る。

4歳で脳腫瘍が見つかり闘病生活が始まった

ことちゃんに異変があったのは2005年、4歳を迎えた直後のことだ。検査で脳腫瘍が見つかりそこから闘病生活がはじまった。空が好きだったということちゃんは、切った折り紙を壁に貼って天の川を作ったり、天の川の絵日記を書いていたものだった。


病室の天井に飾られたペーパークラフト(写真:長倉さん提供)

ことちゃんが見上げる病室の天井はとてもカラフル。輝明さん曰くこれらは「自分のひまつぶしに」つくったペーパークラフトだそうだが、動物や魚、ロボットやキャラクターなどが、病室の限られた空間でことちゃんと一緒にゆったりと時間を共有していたに違いない。

ことちゃんが生きていれば今年は成人式を迎えるところだった。成人式の記念になるものを、と両親がプレゼントしたものの1つがこの「宇宙葬(宇宙散骨)」である。

もともと宇宙が好きで、宇宙ビジネス新規事業の種を創出する「宇宙人クラブ」という有志団体の事務局として活動している輝明さん。宇宙に関する情報をチェックしていたところ、宇宙葬についての情報を得たという。

今回の宇宙葬を実現させたのは、スペースX社の日本代理店である「SPACE NTK」社。同社にとっては今回が初めてのミッションとなった。

「他社の宇宙葬では遺骨がほんの少量しか搭載できない。こちらであれば自分たちのDNAも一緒に搭載して送ることができるということがポイントだった」と輝明さん。実はカプセルの中には、こぶし大サイズのことちゃんの遺骨と、長倉さん夫妻の髪の毛を一緒に入れている。


長倉紀音さん(写真:長倉さん提供)

「パパとハワイでデートしたい、という夢は実現できなかったけれど、これで家族一緒に宇宙旅行を楽しむことができるかな」

輝明さんはことちゃんの遺骨と長倉さん夫妻のDNAを搭載した人工衛星の位置情報を確認しながら、時折空を見上げ心躍らせる。

この人工衛星は、5〜6年程度地球を旋回し、最後は地球の引力に引き寄せられ、大気圏に突入して燃え尽きるそうだ。

民間人の宇宙旅行で宇宙がますます身近に

宇宙旅行は自分とは遠い世界のことで、縁がないと思っていた人でも、2021年、宇宙との距離が縮まったことを感じた人は少なくないだろう。

スペースX社の「Inspiration4」と呼ばれるミッションでは、2021年9月に初めて民間人だけで宇宙へ行き地球を周回した。日本では、実業家の前澤友作氏が国際宇宙ステーション(ISS)に滞在、わかりやすい言葉で情報発信し続けたことは記憶に新しい。

宇宙旅行が現実味を帯びてきた今、話題性という意味で注目されていた宇宙葬も、単なる物珍しさから一歩前進したように思う。

宇宙葬とは、故人の遺灰などを納めたカプセルをロケットに載せて宇宙空間に打ち上げる葬送方法。宇宙葬を手がけるアメリカ・セレスティン社の公式ウェブサイトによると、人類で初めて遺骨が宇宙空間へ放たれたのは1997年4月21日で、その際には「スタートレック」のプロデューサーであったジーン・ロッデンベリー氏ら24人分の遺灰がロケットに搭載された。

なんとも夢のある話ではあるが、宇宙空間に行くことができる遺骨はセレスティン社の場合、1〜7グラム。つまり最大でも小さじ山盛にしたくらいの量で、物足りなさは否めない。そのため海外では何度も分骨して宇宙葬を希望するリピーターもいるとか……。

スペースデブリ、つまり宇宙ゴミとなってしまうのではないかという心配については、関係者曰く、「大気圏に突入する際に、すべて燃え尽きてしまうので、大丈夫」だそうだ。



11月、ロケットに搭載する箱を準備するSPACE NTKの葛西さん(写真左端)とスタッフ(写真:SPACE NTK)

今回の宇宙葬をプロデュースした「SPACE NTK」の代表である葛西智子さんは、これまで約30年にわたって葬儀業界で多くの別れの儀式をプロデュースしてきた。そんな中で「亡き後は星になりたい」という思いが表出するようになり、宇宙葬プロデュースにつながったという。2017年に同社を設立し、宇宙ビジネスにかかわる人脈を広げていった。

「宇宙開発企業をまわったり、国際宇宙開発会議にも参加しましたが、技術的な問題や心情的な理由で難しいと、実現に向けてのハードルは予想以上に高かったです」と葛西さん。しかし、その過程でスペースX社の日本人社員と出会ったことで同社の創設者およびCEOであるイーロン・マスク氏とのパイプができ、2020年に直接契約にこぎつけた。

55万円で50グラムほどの遺骨が入る


遺骨を納める筒形のカプセルは大中小の3種類。大(写真)はパウダー状にした遺骨のすべてを納めることができ、費用は税込み550万円(写真:SPACE NTK)

スペースX社の提案もあり「世界初」の試みも行っている。宇宙葬に特化した人工衛星にするため、町工場である加藤製作所(墨田区)に製作を依頼。今回ペットの遺骨や副葬品も一緒に打ち上げるという世界初のオリジナルサービスを展開した。費用は直径5センチ程度の筒形小カプセルを使用した場合、税込み55万円〜で、この中には50グラムほどの遺骨が入る。前述の長倉さん夫婦が利用したものもこのプランである。

今回、「MAGOKORO」と名付けられた人工衛星に搭載されたものは、20センチ四方の箱が3つ。1つめの箱は5名分の遺骨(いずれも遺骨の一部)と、5匹分のペットの遺骨が入っている。そのほか20人ほどの方の髪の毛。ことちゃんと、長倉さん夫妻の髪の毛が入っているのもこの箱だ。


人工衛星に搭載された折鶴。ボックスの大きさは縦横20センチ、深さ10センチ(写真:SPACE NTK)

2つめの箱には、500羽の折鶴。これは葛西さんが宇宙ビジネスの交流会を通じて出会ったLA在住の方が発起人となって集められたもの。

また、3つめの箱には、子ども食堂を中心に集められた3000枚のメッセージカードが収められた。宇宙葬を支援している子ども食堂の関係者が、ぜひ一緒に子どもたちの夢を載せたいと全国の子ども食堂に声をかけて集めたものだ。

打ち上げの様子をフロリダで直接見届けたSPACE NTK社の葛西さん。
「宇宙に夢を抱いている人は多いはず。亡くなった方だけではなく、『宇宙想』としてさまざまな想いを宇宙に乗せて広げるお手伝いをしたい」と葛西さんは宇宙に想いを馳せる。

(吉川 美津子 : 社会福祉士)