ほかの人に理解してもらうことがなかなか難しい「片頭痛」ですが、最近になって痛みのメカニズムが解明されつつあり、痛みを和らげるだけの対症療法から、より根本的な治療にシフトしてきています。そのような状況を踏まえ今回は、予防医療普及協会理事の堀江貴文氏と、東京歯科大学市川総合病院神経内科教授の柴田護氏をお迎えし、片頭痛治療の最前線について議論していただきました。

※この記事は2022年1月31日に実施された対談をまとめたものです。

予防医療普及協会理事
堀江 貴文(ほりえ たかふみ)

1972年福岡県生まれ。予防医療普及協会理事。ロケットエンジン開発やスマホアプリ「TERIYAKI」「755」「マンガ新聞」などのプロデュースも手掛ける。2016年、「予防医療普及協会」の発起人となり、現在は同協会の理事として活動。「予防医療オンラインサロン YOBO-LABO」にも深く関わる。同協会監修の著作に、『健康の結論』(KADOKAWA)、『ピロリ菌やばい』(ゴマブックス)、『むだ死にしない技術』(マガジンハウス)など。

医師
柴田 護(しばた まもる)

医師・博士(医学)。東京歯科大学市川総合病院神経内科教授。慶應義塾大学医学部卒、同大学助手および大阪大学大学院医学系研究科医員等を経てハーバードメディカルスクール細胞生物学部門、国立病院機構東京医療センター神経内科等で研究を進め、2019年より慶應義塾大学医学部准教授、2020年より現職。片頭痛研究に深い造詣をもち、臨床の第一線で活躍している。

片頭痛とは

堀江

本日はよろしくお願い致します。

柴田

お願い致します。本日は「片頭痛に痛み止めという考え方は時代遅れなのか?」というテーマでお話しさせて頂きます。

柴田

片頭痛とは頭痛発作が繰り返される神経疾患です。症状は典型的には4~72時間持続し、その痛みは一側性、拍動性で、労作により増悪し、悪心、光、音、または匂いに対する過敏などの症状を伴います。有病率も高く、世界的には10億人程度の患者さんが存在するとされています。日本における有病率は15歳以上を対象とすると、疑い症例を含めて8.4%です。男女比は女性が5人に1人、男性は16人に1人と女性の有病率が男性の3倍以上といわれています。

現代社会が抱える片頭痛に関する問題

柴田

いろいろなことが非常に便利になった現代社会ですが、実は片頭痛患者をはじめとする頭痛を有する患者にとっては、必ずしも住みやすい社会とはいえません。デジタル技術の多様化に伴い我々の生活ではスクリーンを眺める時間が増え、姿勢の悪化につながっています。また昨今のリモートワーク推奨に伴う身体活動の低下、ストレスや睡眠不足、不健康な食生活など現代人の生活様式には頭痛のリスクが満載です。これらを原因とする頭痛である「21世紀型頭痛」という名称が生まれるほど、片頭痛は我々の生活により身近な疾患となっています。

■片頭痛が生活に及ぼす影響

片頭痛は社会生活や生活の質(Quality of Life; QOL)に大きく関わります。

あるIT企業の社員2458名に実施した頭痛に関するアンケートの結果ですが、約13%の人が片頭痛に相当する症状があることが分かりました。これは、日本における有病率を上回る数字です。この結果は、IT企業という比較的若年層の社員が多く、現在の生活様式で育った10~40代の患者が増加している「21世紀型頭痛」の特徴を裏付けています。それ以上に重要なのが、労働生産性を評価するスコアであるWPAI(Work Productivity and Activity Impairment Questionnaire)の低下が認められ、労働生産性が低下しているということです。比較的重度の頭痛がある際にも、休まずに出勤する人も多く、逆に生産性の低下に繋がるとされています。このように、出勤しているにも関わらず、心身の健康上の問題が作用して、パフォーマンスが上がらないことを「プレゼンティズム」といいます。また、心身の体調不良が原因による遅刻や早退、就労が困難な欠勤、休職など業務自体が行えない状態を「アブセンティズム」といい、片頭痛に伴うプレンゼンティズム・アブセンティズムが問題視されています。

片頭痛はプレゼンティズムなど社会生活への支障に繋がるだけでなく、家事における作業効率の低下や他者との交流機会の減少など、我々の生活全般へ支障をきたし、結果としてQOLを低下させる可能性があります。

それだけでなく、特に若い世代の片頭痛の有病率が高いことが今後の問題です。なぜかというと、本国における人口動態は20~64歳の生産年齢人口が徐々に減少していくと予想されているためです。20~64歳の生産年齢人口は2060年には現在の6500万人から4100万人まで減少し、それ以下の年齢層の人口も減少していくと予想されます。そのため、比較的若年層に起こりうる片頭痛という病気をしっかり予防・治療していくということが、今後特に重要なのです。

片頭痛の治療・予防

柴田

■片頭痛の病態
片頭痛の病態は徐々に解明されつつあります。かつては血管の病気であると思われていましたが、根本的な原因は脳にあることがわかってきました。脳に頭部や顔面の痛みを伝えている三叉神経が活性化することにより頭痛の発作が起きると考えられています。

■薬剤による予防・治療

病態の解明とともに新しい薬剤の開発も進んできています。先ほど説明した通り、頭痛の発作は三叉神経の活性化により引き起こされます。更に、三叉神経の活性化にはカルシトニン遺伝子関連ペプチド(Calcitonin Gene-related Peptide; CGRP)という物質が深く関わり、CGPRが局所的な三叉神経系の感作を引き起こし、持続性の頭痛発作が起きるという説が有力です。この説を基に新しい薬が開発されています。片頭痛に対する薬物療法の基本は、頭痛が起きたと時に治療をする急性期治療薬と頭痛が起こらないように予防する発作予防薬という2種類が存在します。

1.急性期治療薬
市販されているのはアセトアミノフェンやNSAIDsと呼ばれるものです。また、医療機関の使用に限られますがトリプタンという薬剤が片頭痛に対する特効薬であるとされています。ここ最近ですが、選択的5-HT1F受容体作動薬という新薬も製造承認がされています。

2.発作予防薬
発作予防薬に関しては、従来はカルシウム拮抗薬やβ遮断薬、抗てんかん薬、抗うつ薬などが使われていました。これらの薬剤も効果はありましたが、ドラッグリポジショニングといって、既存薬を当初想定した疾患とは別の疾患の治療薬として使用する方法で転用をしていました。また、片頭痛の病態解明の進展もあり、CGRPの機能を抑える新薬が開発され、注目されています。ガルカネズマブ、エレヌマブ、フレマネズマブという薬があり、1カ月に1度皮下注射で投与することにより、1カ月あたり片頭痛発作が起きる日数が4日減り、QOLが改善したという結果が出ていいます。

■生活習慣による予防・治療

片頭痛の予防・治療においては、薬剤に頼らないような対処法も知っておくことが重要です。片頭痛発作の誘発や増悪の因子は様々であり、個人差があります。精神的な因子としてはストレス、女性特有となりますが月経周期、加えて天候の変化、運動・食事・睡眠といった生活習慣も大きな誘因となります。それぞれ注意する点としては、以下になります。
1.運動
活動量が低下しないよう適度な運動は重要ですが、運動のしすぎによって片頭痛が誘発されることもあるので注意が必要です。頭痛学会のホームページでは頭痛体操という片頭痛の頻度を減らすことを目的とした体操も紹介しています。

2.食事
食事に関しては空腹やアルコール、特定の食品を摂取した際に発作が誘発される場合があります。マグネシウムやビタミンB2を多く含む食品の摂取が、頭痛発作の予防に科学的に効果があることがわかっています。

また、天候や月経周期など個人でコントロールが難しいものもありますが、発作の起きるタイミングを知っておくことで対処は可能と思われます。また、生活習慣など自身でコントロール可能なものに関しては、特に自分の特徴を知っておき、対処することが求められます。いずれにしても、頭痛による生活への支障がある場合は、早い段階から専門医を受診し治療を開始することが特に重要となります。日本頭痛学会のホームページでは、都道府県別に頭痛専門医の紹介をしていますので、参考にしてみてください。

今後の課題

柴田

片頭痛の病態は徐々に解明され、新薬の開発も進んでいますが、課題も多くあります。

■スティグマ(差別・偏見)
片頭痛が抱える問題として、スティグマが問題視されています。

「スティグマ」とは、差別や偏見という意味です。頭痛を理由に信頼して仕事を任せてもらえない、仮病だと思われるなどネガティブなイメージが生まれてしまっています。症状が周囲から見えにくいからこそ、片頭痛に対する周囲の理解を深めることや広く認知していくことが今後の課題です。

■通院率の低迷
片頭痛の患者のほとんどが通院をしていないことも課題といえます。

疫学研究によると、片頭痛の患者のうち72%は1度も通院をしておらず、定期的に通院をしている人は5%にも満たないということがわかっています。新しい治療の恩恵を受けられないことも問題ですが、更に注意しなければいけないのが薬剤の使用過多による頭痛(Medication-overuse Headache; MOH)です。頭痛の急性期治療薬のうちでも複合鎮痛薬がMOHを引き起こしやすく、市販されている薬にはこの複合鎮痛薬が多く含まれます。そのような薬の使用過多に伴い逆に頭痛が増悪・慢性化するため、注意が必要です。

まとめ

柴田

片頭痛は生活支障度が高く社会活動、経済活動への脅威となります。専門医への受診や治療の遅れ、スティグマ、MOHなど片頭痛の正しい認知がされていないことに伴う問題は多岐にわたります。頭痛で悩む前に、まずは頭痛専門医を受診して頂き、より早期に適切な治療や生活指導を受けることが重要です。我々専門医としては、片頭痛の認知が広がっていくよう、今後も積極的に活動を続けていきます。

堀江

先生のお話にもあったように片頭痛という病気自体の認知度は低いように思います。片頭痛の発見や治療などの歴史はどれくらいあるのでしょうか? いつ頃発見されたのですか?

柴田

病気の歴史としては非常に古く、紀元前のカッパドキア文明の時代から存在していたとされています。近代的な治療が行われるようになったのは、1950~60年頃からで、エルゴタミンという薬が使用されるようになりました。

堀江

近代的な治療がされるようになったのは最近なのですね。頭痛を専門的に診察する頭痛専門医はどれくらい存在するのですか?

柴田

1990年代に日本頭痛学会が創立されたのを機に、専門医試験などを通して専門医の育成が開始されました。現在専門医は約900名を超えており、徐々に増えている状況です。

堀江

片頭痛の認知度を上げるためになにか活動などはされているのでしょうか?

柴田

日本頭痛学会ではホームページの作成や動画の配信などを行なっています。それに加えてJPAC(Japanese Headache Advocacy Coalition)という頭痛医療を促進する患者と医療従事者の会を発足し発信活動が行われています。昨年の8月には、片頭痛への理解促進や予防の啓発を目的としたLINE公式アカウントが作成されるなど、多種多様な活動が行われています。ただ、なかなか認知度は上がっていないのが現状ですね。片頭痛など、社会的な認識の拡大が求められる疾患の認知を広めていく良い方法はあるのでしょうか?

堀江

予防医療普及協会においても、現在月経困難症に対する社会的な認知を広めるためのキャンペーンなどを実施しています。男性における認知度の低さなど社会的な認知に関しては、片頭痛と通じるものもあるかも知れませんね。そういった啓蒙活動に関しては、政治を動かすことや、薬剤の処方を企業が負担するなど、福利厚生をはじめとする社会制度への働きかけが鍵になると思います。

柴田

そうですね。片頭痛における新薬は高価なこともあり、手が出しにくいという問題もあります。そういった問題を企業が解決することは、疾患の認知や新薬の普及に繋がりますね。それだけでなく、生産性の向上や働きやすい職場の構築が可能となり、結果として企業に還元されますね。

堀江

そうやって疾患の認知が広まっていくことを願いたいですね。本日は大変貴重なお話をありがとうございました。

柴田

ありがとうございました。

編集後記

片頭痛のみならず、社会への認知が不足していることにより、治療の遅れや周囲からの十分な理解が得られていない疾患が多く存在しています。そのような状況は、疾患そのものの問題だけでなく、社会生活や日常生活へ支障をきたし、更に問題を深刻化させる原因となります。片頭痛の痛みなど、特に症状が伝わりにくい疾患ほど、患者自身だけでなく、社会全体が疾患の理解を深めていくことが重要です。疾患の認知が広がることにより、早期治療や疾患の予防に繋がり、結果としてQOLを改善させ得る疾患は多岐にわたります。その疾患の一つとして片頭痛の認知がより広がっていくことを願います。

近くの脳神経内科・脳神経外科を探す