歯ぎしりを放置すると…?

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 上下の歯をこすり合わせてしまう「歯ぎしり」。本人には自覚がないことも多く、周囲の人に指摘されて初めて気付くケースも多いようです。歯ぎしりに悩む人の中には、「『寝ている時の歯ぎしりの音がすごいよ』と夫に言われてショックだった」「歯科医院で、歯がすり減っていると指摘された」といった体験談の他、「歯ぎしりは必ず音が鳴るの?」「歯ぎしりを放置しているとどうなる?」「どうやったら治せるの?」など、疑問の声も少なくありません。

「歯ぎしり」は治せるのか、また放置するとどうなるのかについて、高谷秀雄歯科クリニック(宇都宮市)院長で歯科医師の高谷秀雄さんに聞きました。

強大な力が歯にかかり、さまざまな悪影響が…

Q.そもそも、「歯ぎしり」とは何でしょうか。

高谷さん「歯ぎしりとは、下顎をギリギリとグラインドさせて歯を揺さぶる行為のことです。歯ぎしりは基本、眠っているときに無意識に行うもので、起床時とは異なり、力の加減ができず、非常に強い力が歯にかかります。歯ぎしりをしてしまう詳しいメカニズムは分かっていませんが、眠りが浅いときによく起きることは知られています。

眠っている間のほとんどの時間、下顎は上下の歯が接触しない『下顎安静位』の位置にありますが、基礎疾患として睡眠時無呼吸症候群や逆流性食道炎がある場合、夜中に眠りが浅くなりやすいため、歯ぎしりが誘発される場合があります。

他の原因としては、ストレスが挙げられます。不眠症に関連する血中コルチゾールの分泌が増大することにより眠りが浅くなると、歯ぎしりが誘発されます。アルコールは入眠こそ早めますが、深酒は睡眠そのものの質を下げますし、カフェインも覚醒効果によって不眠の原因となるため、結果として歯ぎしりの誘発に起因すると考えられます」

Q.歯ぎしりをしているとき、口の中で何が起こっているのですか。

高谷さん「歯ぎしりは、睡眠中に生じたとしても1時間に5〜6回程度といわれており、1回あたりも短時間です。しかし、歯ぎしりの力は強大で、短時間であっても歯や舌、頬の内側の粘膜に下記のような悪い作用があります」

・歯が摩耗する。ひどい場合は神経が露出し、冷・温水痛や、何もしなくても痛い状態を生じることがある
・歯を接触させていると、舌や頬の内側の粘膜が緊張。慢性的圧痕(圧力が加わってできた痕)がついている状態が続くと、口内炎や、最悪の場合、口腔(こうくう)がん発症のリスクがある
・歯周病を発症している場合、歯ぎしりによる突き上げの力に対して、前歯が前方に動いてしまうことがある
・強い「かむ力」を受け止めるため、歯を支える下顎の骨が隆起上に盛り上がってくる

Q.自分が歯ぎしりをしているかどうかチェックする方法はありますか。

高谷さん「歯ぎしりに気付くには、歯科で定期的に検診を受け、歯ぎしりをしている痕跡がないか、詰め物やかぶせ物が傷んでいないかを確認することが推奨されます。ただ、まずは家族に睡眠中の様子を観察してもらう他、『起床時に歯が動いたり、顎や首の痛みが出たりしていないか』『日常生活上で10分後にタイマーをセットして普段通りに過ごし、タイマーが鳴ったときに上下の歯が接触していないか』をセルフチェックしてみるのもよいでしょう。

起床時に上下の歯を無意識に接触させる癖は、『TCH(Tooth Contacting Habit)』と呼ばれます。接触が習慣化してしまうと、ごく弱い力が長時間持続して加わり、歯ぎしりもしている可能性が高いです。また、TCHから、『口が開きづらい』『顎関節からカクカクと音がする』といった顎関節症を発症することもあります」

Q.歯ぎしりをしやすい人の特徴とは。

高谷さん「睡眠中の歯ぎしりは、子どもで14〜20%、成人で8〜12%、50歳以上で3〜5%程度みられ、その割合は年齢と共に減少するとされています。性別に有意差はありません。遺伝に関しては、不安神経症やうつ病、神経疾患の原因とされるセロトニンに関する遺伝子変異と歯ぎしりの関係に対して近年研究が進んでおり、遺伝的疾患であるといわれています。

その他、不眠症による眠りが浅い人、顎を何度も動かして食べる食材(ガムやビーフジャーキー、するめなど)を好む人も歯ぎしりをしやすいといえます。もともとの歯並びが開咬(かいこう)や受け口(反対咬合)の人、かみ合わせが深い人は、奥歯にかかる力が強いため、歯ぎしりを生じやすく、顎関節症の発症リスクも高いです。また、虫歯や歯周病治療でかぶせ物が口腔内に多くある人や、見た目をきれいにする目的で歯列矯正をし、本来のかみ合わせから変化している人にも、歯ぎしりをするケースが多いと感じます」

放置で歯のすり減り、顎関節症の発症も

Q.歯ぎしりは、必ず音が出るのでしょうか。あるいは、音が出ないパターンもあるのでしょうか。

高谷さん「歯ぎしりは大きく次の4種類に分けられ、音の有無も異なります。(1)〜(4)の単独のケースもあれば、複数を持ち合わせる人もいますが、どのタイプも歯や体に悪影響を及ぼすため、放置せずに治療を行うことが望ましいです」

(1)グライディングタイプ→上下の歯をこすり合わせることで音が鳴る。就寝中に起こりやすいタイプ
(2)タッピングタイプ→上下の歯をぶつけ、カチカチと音がするタイプ。強くぶつける人だと、周囲に音が聞こえることもある
(3)クレンチングタイプ→仕事やスポーツなどで「食いしばる」ことが多い人に比較的多いタイプ。垂直的な圧力が強く、顎や歯に大きく負担がかかるが、音が鳴らないため、起床時に顎の疲労感や片頭痛を発症して気付くケースが多い
(4)ナッシングタイプ→歯の特定の部分で擦り合わせるタイプ。歯の一部分だけ擦り減っていくのが特徴。キリキリと音が鳴るため、周囲から指摘される可能性もある

Q.もし歯ぎしりを放置した場合、どうなることが考えられますか。

高谷さん「歯ぎしりを放置した場合、歯がすり減ったり、欠けたりする▽かぶせ物が欠ける・外れる▽インプラントのかぶせ物が欠ける▽歯根が割れる▽歯を支える歯槽骨が減る▽下顎の裏に(場合によっては上顎にも)骨の隆起を生じる▽顎関節症を発症する恐れがある―といったことが起こる可能性が考えられます。歯ぎしりを周囲に指摘されたら、まずは歯科口腔外科を専門にしたクリニックの受診を勧めます。歯の検診だけでなく、顎関節や側頭筋の評価、かむ力の評価が行えるためです」

Q.歯ぎしりの改善には、どのような治療を行うのですか。

高谷さん「まず勧めるのはマウスピースを作ることです。就寝時に上顎に装着し、夜間に上下の歯が触れ合って摩耗するのを防ぐことで、そしゃくに寄与する筋肉を弛緩(しかん)させ、顎関節への負担を軽減させます。治療期間は1カ月程度で、短期的な歯ぎしり抑制効果がありますが、数週間使用すると慣れによって効果が減少することがあります。その場合、歯列矯正で適正な歯並びをつくり、かみ合わせ自体を整えることも検討します。

環境的に歯列矯正の選択が難しい場合、歯科ボトックス治療(注射施術)によって、かむ力の適正化を図ることもあります。投与後、2週間程度で、かむ力がコントロールされますが、3〜4カ月程度で後戻りが起こるため、適正なかむ力を得るまで何回か通院が必要です」

Q.歯ぎしりをしないために、日常生活上で意識・行動するとよいこととは。

高谷さん「まず、ストレスマネジメントを心掛けましょう。適度な運動や散歩などの気分転換を行い、ストレスを少しでもためないようにしてください。不眠症やうつ病、不安神経症の場合は、精神科を受診するなどして心のケアを行いながら歯科治療を進めていくことが重要です。睡眠時無呼吸症や逆流性食道炎などの基礎疾患を持つ場合、歯ぎしりを改善する上でも治療は必須です。そして良質な睡眠のために、深酒も控えましょう」