技能実習生の女性たちも苦境に立たされています(写真:metamorworks/PIXTA、本文と写真は無関係です)

コロナ禍は「女性不況」と呼ばれるほど女性に深刻な影響を与えています。女性の非正規労働者は2021年11月で1415万人と、コロナの感染拡大前の2019年11月より68万人減少。路上に出たり炊き出しの列に並んだりする女性もなお目立ちます。また働く女性を中心に、2020年の女性の自殺者数も前年比で15%増えました。

ところが、女性の失業率は男性を下回り続けるなど打撃の大きさは表面化しておらず、「沈黙の雇用危機」の様相を示しています。いったいどういうことなのか。

貧困や非正規雇用の問題を報じてきたジャーナリストの竹信三恵子さんは、「働く女性の訴えを抑え込んでいく『社会の装置』がある」と言います。その「装置」の実態について、竹信さんが女性の働く現場からさぐっていきます。

「妊娠したら出身国へ送還」が常識になっている

妊娠・出産社員への嫌がらせとしての「マタニティ・ハラスメント」(マタハラ)は、少子化を促し労働市場への女性進出も阻む深刻な雇用問題とされ、2017年から企業の防止措置が義務化された。

だが、外国人技能実習生の女性たちは、「企業の防止義務」以前に、国主導の「官製マタハラ」にさらされてきた。「苦肉のマタハラ回避策」だった帰国出産の道もコロナ禍による郷里への定期便の停止がふさぐ。幾重もの枷が外国人女性労働者に沈黙を強いている。

東京に本社を置く中堅電子機器メーカーの工場で、防災関連機器の製造にあたっていた22歳のベトナム人技能実習生は2020年9月、体の変調に気づいた。妊娠だった。

父母を支えようと2017年、来日し、永住資格を持って日本に定住しているベトナム人男性と知り合った。赤ちゃんができたことはうれしかった。だが、同時に「仕事を続けられないかもしれない」という不安が頭をもたげた。在留資格は実習のためだけとされているため、「妊娠したら出身国へ送還」は実習生の間では常識になっていたからだ。

渡航費は父母が近所から借金して捻出してくれた。働けなくなったら返せない。多くの女性実習生は、いったん帰国して出産している。自分も郷里で出産し、父母に子どもを預けて再来日し、実習を再開しようと思った。

だが、コロナ禍が立ちはだかった。感染拡大を防ぐためベトナム政府が2020年3月から入国制限を始め、定期運航便は停止されていたからだ。

悩んだ末、相手の男性と相談し、その実家の協力で日本で出産し、コロナ禍が落ち着いて一時帰国できるまでしのぐ案に落ち着いた。思い切って会社に相談すると、快く了解してくれた。

上司は「彼女の希望をかなえたいという思いと同時に、企業としての経営判断もあった」と話す。現場の仕事を敬遠する日本人が増えた。そうした仕事を担う優秀な戦力はぜひとも引き留めたい。同社はベトナムにも工場があり、彼女を支えれば現地での会社の評価も高まり、ベトナムの優秀な人材をもっと採用できる。

「少子高齢化社会では、社会の一員として長期に働く外国人労働者こそ必要だ。そのためには安心して出産できる態勢は重要」と上司は説明する。

会社は技能実習計画の認定などを担当する「外国人技能実習機構」の助言に沿って、「技能実習実施困難届」を出し、女性は法定に沿って産休をとった。2021年3月、女の子を出産、1年間の育休も認められて相手の男性の祖母の家での赤ちゃんとの暮らしが始まった。

だが、順調だった生活に国が待ったをかけた。

当初は「帰国待機」の在留資格しか認められず

育休中の2021年9月、在留資格(技能実習)の期限がやってきた。会社は8月、更新手続きに入った。ところが、東京出入国在留管理庁は、帰国のための「特定活動(就労不可)」の在留資格しか認められないという。

「実習実施困難届」が出ているので実習はできないはず、だから帰国待機の在留資格しか出せないとの理屈だった。

出産は病気やケガとは違う。しかも、コロナ禍で帰国の見通しが立たないなか、実習が再開できなければ育休後の生計が立てられない。国主導のマタハラが企業の善意を押し返した形だ。

帰国待機では就労可の在留資格もあるが、これは学業との両立が必要な留学生などを想定したもので、週28時間以内しか働けない。一定以上の就労時間が必要な雇用保険や健康保険などは、継続できない場合も出かねない。労働局に相談しても「労基署は雇用継続が可能な場合の機関であり、在留資格による雇用継続可否ついては回答できない。入管に確認してほしい」と言われた。

困った会社側は、実習生との紛争解決の際に知り合った、外国人も加入できる労組「全統一労働組合」に相談した。その仲介で国会議員も立ち合い、法務省、厚労省との話し合いが行われた。その結果「技能実習を再開できない理由はない」と法務省は認めた。

まず、フルタイムで就労できる「特定活動(就労可)」で在留資格を更新し、改めて「技能実習計画書」を「技能実習機構」に提出し、許可されたら在留資格を技能実習に変更し、特定活動として働いた期間も技能実習を実施したものとしてさかのぼって認めることになった。

だが、「こうした解決例はまれだ」と全統一の佐々木史朗書記長は言う。実習生は定住を想定しない一時的なものという建前がある。このため、実習生の42%は女性なのに、妊娠や出産は原則、想定されていない。


佐々木が扱った事例では、送り出し機関や企業が契約書や口頭で妊娠しないよう求めている。その結果、非難や送還を恐れ、だれにも相談もできないまま追い詰められる女性実習生は後を絶たない。

2019年1月には、中国人技能実習生の女性(22)が、神奈川県川崎市で、生まれたばかりの男児を民家敷地に放置したとして保護責任者遺棄罪に問われ、懲役1年6月、執行猶予4年の有罪判決を受けた。

こうした事態に批判が集まり、同年、法務省は、男女雇用機会均等法9条(婚姻、妊娠、出産を理由とした不利益扱いの禁止)が外国人技能実習生にも適用されるとする通達を出した。だが、2020年11月にも、広島県東広島市で乳児の遺体が見つかり、産んで間もない子の遺体を遺棄したとの容疑で当時26歳のベトナム人技能実習生が逮捕された。

ジャーナリストで研究者の巣内尚子は、2020年5月から6月、オンラインアンケートを行い、在日ベトナム人77人(女性42人、男性35人)から回答を得た。

ここでも、契約書に妊娠を禁じるとあったため会社に告げられず、大使館による帰国チャーター便は希望者が多くてなかなか順番が来ず、出産の日が近づいて追い詰められている、という妊娠実習生の声があったという。

「取り替えれば済む」という企業の安易な姿勢を誘う

通達が機能しないのは、ネットなどを通じ「妊娠したら帰国させられる」という「体験的情報」が出回っているからだ。だがそれ以上に、短期で送り返す「入れ替え制度」が邪魔して息長い滞在ができず、労組やネットワークなどの支援組織がつくりにくい。

加えて、「取り換えれば済むこと」という企業の安易な姿勢を誘い、「よい働き手を育てて事業を発展させる」という合理性が働きにくい。

「定期的な入れ替え」で労働力だけを利用しようとする手法は、第2次安倍政権下の2015年、「女性活躍」を支える家事サービス要員として「家事支援人材」の名で導入された外国人家事労働者でも踏襲されている。契約は「上限3年」で1年更新なので、異議申し立てすれば送還される。働く場所は「国家戦略特区」という指定地域に限られ、職種も「家事」に限定されているため、転職先探しは至難の技だ。

2021年1月2日夕刻、東京で労組や反貧困団体がコロナ被害者の救援のために開いた「年越しコロナ村」に、フィリピン人の「家事支援人材」の女性が駆け込んだ。大手医療介護人材派遣会社「ニチイ学館」から雇い止めに遭い、在留資格で職種や働く場所が制限されているため働けず、駆け込んだ時の所持金は1000円しかなかった。

一方、コロナ禍のなかの外国籍労働者の大量解雇に、労組を結成して対抗する女性たちも登場し始めている。

2020年7月。東京に多数のホテルを展開するホテルグループの清掃労働者、長谷川ロウェナは、他のフィリピン人労働者ら約40人と、全統一労組に加入した。

長谷川は53歳。1980年代に来日し、スナックや居酒屋の従業員、パブの経営などを経て今の仕事に入った。新型コロナの拡大前には、日給9000円で週5−6日のフルタイムという最低賃金水準で働いてきた。繁忙期にも人員は増やされず、1日15時間以上働いて帰ったら寝るだけ、という日も少なくなかった。

2020年3月からのコロナの感染拡大で客が減り、シフトは週1日に激減した。70〜80室を5人一組で掃除していたが、それも3人一組に減らされ、残業代の節約のためか、監視カメラがつけられて定時に終わらせるようせかされ、過重労働でひざを壊す同僚も出た。

子どもがいる人も郷里に仕送りする人もいる。週1日のシフトでは生活できない。コロナによる休業には手当が出るとニュースで知ったが、会社は申請してくれなかった。労働局で「個人では手続きが大変なので労組の支援を受けては」と助言され、全統一労組に駆け込んだ。

違反をなかったことにする「労働者ロンダリング」

長谷川は日本人と結婚し、配偶者ビザを経て、現在は永住者ビザを持つ。それでも、外国人女性が働ける場は限られる。そんななかで清掃労働は女性でも入職しやすく、厳しくても働けるだけでありがたいと思っていた。

だが、労組とつながって初めて残業代や有給休暇の権利を知った。「日本語の不十分さと外国人女性の仕事の少なさに付け込まれ、モノのように使われていた」と気づいた。

これらの権利を回復しようと、2020年10月、ホテルに「分会」として労組が結成された。7割は女性で、長谷川は分会長を引き受けた。会社は交渉を拒否し2021年1月には300人ほどの全従業員に解雇を通告した。その結果、労組は約60人に膨らみ、同年7月、長谷川らは残業代の返還や雇用継続の確認などを求めて東京地裁に提訴した。

同分会を担当する全統一の坂本啓太は言う。

「労働法違反が発覚し当事者が声を上げると会社側は解雇し、別会社をつくる。これを通じて当事者とは違う国の出身者を大量に雇用し、何食わぬ顔でホテルは営業を続ける。これはマネーロンダリングならぬ労働法逃れの『労働者ロンダリング』だ」

「送還」という国境を越えた入れ替え労働と言葉の壁、女性の立場の弱さの三重の枷が、外国人女性労働者の沈黙を生む。そうした沈黙の労働者の増大が、コロナ禍の中の紛争を見えにくくした。だが同時に、その過酷化は当事者たちの反発力をも生みつつある。

その綱引きの行方が、労働市場の行方を決める。

(文中敬称略)

(竹信 三恵子 : ジャーナリスト、和光大学名誉教授)