オリエンタルの商品。ロングセラーの「マースカレー」のルウ(上段)とレトルト(下段)。「マースハヤシ」もある(筆者撮影)

世の中、ポテトチップスや柿の種などのスナック菓子やチョコレート、カップ麺など次から次へと新商品が誕生している。その中には、奇をてらっているとしか思えないものもあり、その多くは、永く人々に愛される商品というよりもインパクトを重視している、いわば「一発屋」。1シーズンで終売となることがほとんど。このようなタイプの商品はつねに開発し続けねばならないわけで大変な労力が必要となる。

そんな中、ロングセラー商品のみで勝負を挑んでいるメーカーがある。愛知県稲沢市に営業本部があるオリエンタルだ。いや、オリエンタルカレーといったほうが通じるかもしれない。おそらく、その名を聞いて、懐かしさでいっぱいになるのは50代半ば以上の方だと思う。

こだわったのは「粉末タイプのルウ」

オリエンタルは、創業者の故・星野益一郎氏が終戦直後の昭和20年(1945年)11月に日本初の粉末タイプのカレールウ「オリエンタル即席カレー」を製造・販売した食品メーカーである。

「昭和28(1953年)年から昭和45年(1970年)まで改造した4トントラックで芸人やマジシャン、腹話術師、ミュージシャンらとともに全国を行脚して『即席カレー』を売り歩きました。当時、リアルタイムで見ていた方が50代半ば以上の世代になります」と、話すのはオリエンタルの常務取締役、星野恭徳さんだ。


粉末タイプのルウ。熱に溶けやすく、使い勝手がいい(筆者撮影)

「即席カレー」は、現在も販売されていて、時代とともに原材料などの細かい変更はあったものの、製法は昔とほとんど変わっていない。いちばんの特徴は、粉末タイプであること。これはオリエンタルで後に発売されるすべてのインスタントカレーに受け継がれている。

カレーライスは戦前から洋風料理として家庭でも少しずつ浸透していた。しかし、当時は牛脂で炒めた小麦粉にカレー粉を加えて、さらに肉や野菜でとったスープと併せて煮込むという手間のかかる料理だった。その手間を省くというのが即席カレーの発想だった。

「昭和37(1962年)年には、特製マースチャツネを別添した『マースカレー』を発売しました。これも弊社を代表する看板商品ですが、昭和40年(1965年)代後半以降、インスタントカレーは固形タイプのルウが主流となっていきました。こってりとした味も時代とマッチしていたと思います。一方、粉末タイプの弊社は苦戦を強いられました。それでも弊社は固形ではなく粉末にこだわり続けました」(星野さん)

当時、固形ルウに使われる油脂の中には融点の高いものがあり、健康上問題になったこともあった。オリエンタルは当初から可能な限り添加物を少なくして、より自然な食品づくりをめざしていたこともあり、固形ルウを作らない方針をとった。


オリエンタルの常務取締役、星野恭徳さん(筆者撮影)

かたくななまでに粉末タイプにこだわり続けた結果、時代は流れて世の中に健康ブームが起こると、再び注目を集めるようになった。粉末カレーは、油脂が少なくてさっぱりとした味わいなので、ヘルシー志向と合致したのだ。

また、粉末ゆえの熱に溶けやすいという特徴から、カレーライス以外に野菜炒めやチャーハン、カレー鍋などアイデア次第でさまざまな料理に活用できるという利点もある。ネットのレシピサイトで「即席カレー」を使ったレシピが紹介されたり、コロナ禍のステイホームで料理をする機会が増えたりと、今も順調に売り上げを伸ばしているという。

売り上げが落ち、販売終了も検討

オリエンタルの商品で注目したいのは、パッケージ。「即席カレー」や「マースカレー」「濃縮生乃カレー」など昭和の時代から発売されているロングセラー商品はデザインがほとんど変わっていない。とくに「マースカレー」は、色使いやロゴ、キャラクターのすべてが中高年にとっては懐かしく、若者にとっては新しく感じる。

実はこの「マースカレー」、売り上げが落ちたことがあり、販売終了も検討されたこともあった。もう少し様子を見ようと製造を継続する中で昭和レトロのブームが起こり、人気が再燃したという。


愛知県稲沢市のオリエンタル本社(筆者撮影)

同じような話はいくつもある。例えば、平成23年(2011年)に発売された「米粉カレールウ」という商品。その名のとおり、主原料となる小麦粉をすべて米粉に置き換えたカレールウである。開発のきっかけとなったのは、低下の一途を辿る国内の食料自給率。中でもカギを握るコメの自給率向上につながればという思いで作られた。

「愛知県産の米粉100%使用のほか、トランス脂肪酸フリーや化学調味料、着色料の不使用にもこだわりました。もともとコメの国内自給率を上げるための商品でしたが、最近ではグルテンフリーやプラントベースという観点から、海外で注目を集めています」(星野さん)


スパイスカレーの先駆け、「男乃カレー」。味はビーフとチキンの2種類(筆者撮影)

ロングセラーとなっているのは、定番商品ばかりではない。昭和58年(1983年)に発売されたレトルトタイプの「男乃カレー」は、そのネーミングといい、かなりとがった商品である。ターバンを巻いた男性の肖像画が描かれたパッケージからもわかるように、本格的なインドカレーをレトルトで家庭の食卓に届ける、というコンセプトを基に開発が進んでいった。

「最も熟慮を重ねたのは、辛さの度合いでした。日本人の味覚にどの程度合わせるのかを検討した結果、日本人向けにいっさいアレンジせず、本場の味をとことん追求することにしました。これまで慣れ親しんだ味とはまったく違うので、発売当初は『辛すぎる!』というクレームが数多く寄せられました」(星野さん)

ヘルシー志向と昭和レトロのブームで人気再燃

潮目が変わったのは、2年後。激辛ブームが到来し、レトルトカレーやカップ麺、スナック菓子など、ありとあらゆるものが激辛化されると、辛さのクレームがピタリと止んだ。それどころか、「辛さが足りない」という意見が寄せられた。

「男乃カレー」は、小麦粉を使っていないのも特徴である。いわば、4年ほど前から人気となっているスパイスカレーの先駆けと言ってもよいだろう。ヘルシー志向や昭和レトロブームの到来で粉末カレーの人気が再燃したり、グルテンフリーやプラントベースの観点から米粉カレーが注目を集めたり、オリエンタルの商品開発はまるで未来の食文化が見えているようだ。

「いえいえ、そのときのブームに乗る形で商品を開発することもあります。ただ、ほかのメーカーとの違いは、ブームが去った後も根気よく売り続けているということです。『時代は巡る』、というのが弊社の考えの根底にあり、たとえ売り上げが減少したとしても、それは一時的なものであって、作り続けるうちにまた必ずチャンスが訪れるだろうと」(星野さん)

オリエンタルは、一昨年に『台湾魯肉(ルーロー)飯』と『台湾鶏肉(ジーロー)飯』、昨年に『インディアンスパゲッティーソース』を発売。これらは台湾グルメやレトロ喫茶のブームを受けての新商品だが、この先もずっと販売され続けることだろう。

(永谷 正樹 : フードライター、フォトグラファー)