20日の閉会式の様子(写真:ロイター/アフロ)

2月20日に北京冬季五輪が全日程を終えた。熱戦の裏では人権問題に対する欧米諸国の開会式の外交ボイコット、ウクライナ代表選手による競技中の「戦争反対」のメッセージ、そしてロシア五輪委員会(ROC)のカミラ・ワリエワ選手によるドーピング問題などさまざまな混乱が生じた。スーツ規定違反による高梨沙羅選手の失格、フィギュア団体の表彰式延期など、日本もその混乱に巻き込まれることとなった。

一方で中国人の日本への態度は、体操や卓球で日本人選手に誹謗中傷が相次いだ2021年の東京五輪とは一変している(東京夏季五輪の際の、誹謗中傷を巡る背景はこちらから)。試合の日程が進むにつれ感謝と称賛が増えていった。特に北京大会と中国チームを盛り上げた3人の日本人は、「感謝すべきだ」とネット上でたたえられている。

オミクロン株が世界的に流行する中で2月4日に開会した北京冬季五輪は、開幕直前になってもいまいち盛り上がらなかった。チケットの一般販売は土壇場で中止され、現地入りした海外メディアもバブル内での感染対策の厳しさばかりを報じていた。

張り詰めた空気を一変させたのが、日本テレビの辻岡義堂アナウンサーだ。日テレの情報番組でパンダをモチーフとした大会公式マスコットの「ビンドゥンドゥン」グッズを大量に身に着け、「義ドゥンドゥン」との愛称をつけられた動画が中国で5億回以上再生され、行く先々で記念撮影を求められる人気者になった。

ビンドゥンドゥングッズが爆発的に売れ始めると、辻岡アナは人気に火をつけた功労者として国営テレビや共産党機関紙にも取り上げられるようになった。

大会前の空気一変させた義ドゥンドゥン

今では出身中学や家族構成、「湘南江の島海の女王&海の王子コンテスト」で「海の王子」に選ばれたことなど、辻岡アナの細かすぎる情報も中国のネットニュースにまとめられている。

14日に行われたフィギュア男子の羽生結弦選手の会見で、辻岡アナが質問したときにはSNSが「夢の共演」と沸き立ち、「義ドゥンドゥンが羽生結弦に質問」のハッシュタグがトレンド入り。ネットは「『ビンドゥンドゥンは好きですか』と質問してほしい」「義ドゥンドゥンが仕事しているのを初めて見た」と大賑わいだった。

首から下げたIDカードについているビンドゥンドゥンのピンバッジは最初は6個だったのが、直近では15個前後に増え、本人は「(グッズは)100個近く持っている」と現地で答えている。

ビンドゥンドゥンと義ドゥンドゥンのコンビは、興奮、歓喜、怒り、混乱が渦巻く大会で、「平和」を感じさせる貴重な存在だった。

裏方である佐藤康弘コーチも中国人が感謝する日本人の1人だ。同コーチが指導したスノーボード男子の蘇翊鳴(スー・イーミン)選手(18歳)は、金銀2つのメダルを獲得した(編集部注:メダル獲得時は17歳)。開催国のメンツにかけて1つでも多くのメダルを獲得したかった中国当局は、佐藤コーチに足を向けて寝られないだろう。

1980年に初めて冬季五輪に参加した中国は雪上競技の実績に乏しく、平昌までの11大会でスキーとスノーボードを合わせて金メダルを1つしか獲得できていない。

北京での五輪開催が決まり、スポーツを統括する中国国家体育総局が頼ったのが、埼玉県でスノーボードスクールを運営し岩渕麗楽選手、大塚健選手、鬼塚雅選手ら五輪選手を指導してきた佐藤コーチだった。2018年に苟仲文局長自ら日本を訪れ、40数人の有望選手の育成を同コーチに依頼した。

父子のような関係を築く

そこで才能を見出された蘇選手は、短期間で頭角を現し、中国史上最年少で冬季五輪の金メダリストになった。蘇選手と佐藤コーチは滑走の前のハグがルーチンだ。2人が配信するYouTubeの動画からは父子、あるいは歳の離れた友人のような親しさが伝わり、「国のために一心不乱に努力する」中国の従来のアスリート像とは異なる存在にも見える。

佐藤コーチが2月10日に開設した微博(ウェイボー)のアカウントは1週間でフォロワーが4万人を超えた。「中日友好の懸け橋」「国宝を育ててくれて感謝」「中日で手を携え、欧米選手の壁を超えよう」と感謝のコメントが並んでいる。

中国人が感謝する最後の1人は言うまでもなく羽生結弦選手だ。ファンから「日本からの贈り物」との言葉が出るなど、その人気は神格化の域に達している。

北京首都国際空港では防護服に「YUZURU」とマジックで書いたボランティアが到着を待ちわび、大会組織委は羽生選手宛てのファンレター2万通を受け取った。広東省広州市ではバレンタインデーのイベントとして、520機のドローンが羽生選手やビンドゥンドゥンの姿を描いた。

男子シングルSPで不運にもリンクの穴にはまって3連覇が厳しくなっても、中国のファンの愛は揺らがず、フリーで4回転半ジャンプに挑む羽生選手を見守った。

実況を担当した国営テレビの著名アナウンサーは、「たとえ頂点に立てなかったとしても、あなたは歴史を刻んだのだから、成功も失敗も笑顔で見届けるべき」とたたえ、中国外交部の華春瑩次官補は「全力を尽くし、自らを超えて、より良い自己を目指す。オリンピック精神に基づいて、これを実践しているからこそ、羽生結弦選手は多くの中国人からも愛されています」とツイートした。

中国人ファンの期待に応える羽生選手

羽生選手は19日にエキシビションのリハーサルでリンクの製氷を手伝い、ボランティアと記念撮影を行った。20日には「春よ来い」のプログラムを演じ、最後に乱入したビンドゥンドゥンとじゃれあったり、中国の柳鑫、金博洋両選手らとパフォーマンスを披露した。同日のウェイボでは、「羽生結弦がビンドゥンドゥンに4Aを飛ばせる」「羽生結弦の春よ来いは美しい」「羽生結弦お姫様抱っこ8.0」と、同選手関連のハッシュタグが上位に並んだ。

メダルには届かなくても、羽生選手は最終日まで大会の主役、目玉として、中国ファンの期待に応え続けたのである。

判定や順位を巡って中国と韓国の関係が泥沼化しているのとは対照的に、中国では北京五輪に彩りを添えた日本人3人への称賛がやまず、中日友好ムードはしばらく続きそうだ。

(浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト)