良いことも悪いことも、人生、迷うことばかり。そんな他愛もない日常をゆるゆると綴ったアルム詔子の「日日是迷走」。

今回の記事は、とある店で実際に目撃した、信じられないような衝撃のサービスについて。

といっても、記事に書けないような意味深のサービス内容というワケではない。ごくフツーの飲食店での出来事である。

ただ、北海道を離れた今でも、私とパートナーの彼との会話の中で、たまに登場する女性店員の彼女。あれはホントにすごかったと、2人して思い出し笑いをするのである。

今回は、そんなある意味「伝説」ともいえる衝撃の接客術を、あますことなくご紹介していこう。

旨いステーキを食べるにはお店選びから…

初めてその店に訪れたのは、ちょうど北海道に移住した2年目の春頃のことだった。どちらが食べたいと言い出したのか。恐らく、食に目がないパートナーの彼の方だろう。

移住1年目にして北海道の様々な魚介類に出会い、北の大地のポテンシャルに気付いた私たちは、大きく視点を変えることにした。「魚」ではなく「肉」。つまり、畜産の方へと目を向けることにしたのである。

「値段が高くて美味しい」モノには、あまり惹かれないタチである。そりゃ、お金を出せば美味しい食材にありつけるのは、至極当然ともいえるワケで。なんらひねりがなく、必然の結果は正直、面白味に欠けるだろう。

やはり、感動を生むのは、その期待値をグンと上回るギャップの存在だ。ズバリ「安くて旨い」モノたちである。こうして、私たちは、移住先の北海道で「安くて旨い」モノ探しを始めた。

その結果、様々な食材を知った。紋別市のスーパーで出会った「知床若鳥」には、随分お世話になったし、阿寒湖のホテルで夕食に頂いた「阿寒ポーク」も絶品だった。北海道に移住後、訪ねてきた母と食べた初めてのジンギスカンは、旨すぎて少し涙が出た。

挙げればキリがないほどの、安くて旨い「お肉」たち…。

と、ここで、残念ながら、1つ足りない食材がある。それは、「お肉」の代表格ともいえる「牛肉」である。

確かに、北海道では多くの地域で「牛」を見かける。

実際、地元のスーパーには「北見牛」や「オホーツクはまなす牛」それに「知床牛」などが並んでいた。特に、手頃な価格帯の「釧路アップルビーフ」は、私が様々な料理でよく使っていた食材だ。

ただ「旨い」牛肉はあっても、「安くて」という条件には合致しなかった。当時の私たちは、2つの条件を満たす牛肉になかなか出会えなかったのである。

だったら、お店で食べよう。どうせなら、ガッツリと「ステーキ」とかいいじゃない。いいねえ、そのボリューミーな感じ。そんな会話がなされたように思う。こうして私たちは、完全に盛り上がった。

なんたって、北海道なんだもの。きっと「安くて旨い」ステーキがあるはずだ。そう思い込んだのである。

そこで、目をつけたのが、移住先のT町から車で2時間の距離にある、北海道2番目の大都市となる「旭川」だ。さすがに札幌までは遠い。気軽に行ける店となれば、片道2時間以内の「旭川」だろう。私たちは、本格グルメ派の某有名雑誌の「旭川のお肉特集」を熟読し、その中で取り上げられていた、ある1つの店を選んだのである。

やはり…お肉といえば、王道の「ステーキ」でしょ!

あれっ? なんだか…店員の様子が違う?

旭川の飲食街の一角に店はあった。ビルに入っている小さな店で、とかく場所が分かりづらい。車のナビ画面と周辺の町並みを見比べ、なんとか見つけ出し、急いで駐車した。「安くて旨い」ステーキならば混んでいるはずだと、ランチの終了時間ギリギリを狙っていたので、間に合うかと焦りながらドアを開けたのである。

第一声は…。

あれっ?

いつもなら聞こえる「いらっしゃいませ」の声がない。少し戸惑ったが、そのまま入口近くで待った。

店内は思いのほか狭く、奥にカウンターの1人席があり、手前には通路の壁側に向かって1人席が並んでいた。入口左手にはテーブル席が幾つかあった。店内はまばらで、1人客が3名、それぞれ座っていた。

暫くして、女性店員がカウンターの向こうから出てきた。恐らく20代だろうか。急ぐわけでもなく、少し疲れた感じで、気だるい様子だった。彼女はにこりともせず、一言。

「時間かかりますけど?」

のっけから、圧倒された。

なんなんだ、一体。これがウワサの媚びない接客というやつなのか。関西の接客に慣れ過ぎている私には、衝撃だった。つい、愛想の1つくらい…と思うのだが、ここは北海道。北の大地なのである。関西の激戦区に立つデパートとは違うのだから、致し方ない。

横のパートナーの彼は何も言わず、私が慌てて「いいです、構いません」と答えた。すると、「好きな席へどうぞ」と言い残して、とっとと去っていったのである。

特に、このあと何か用事があるワケでもない。せっかく来たのだからと、この店で食べることにした。テーブル席に座って、メニューを手に取ろうとすると、脂でベトベトしていた。

思わず手を引っ込める。

「いいの?」と彼。

清潔ではないがいいのか、と訊いているのだ。確かにこの状態であれば、いつもなら私が我慢できず、やっぱりやめようと言い出すのだが、今回は違う。「安くて旨い」ステーキなのだ。そう簡単に諦めることはできない。ステーキと引き換えに、目をつぶって我慢するしかない。

私は無言で頷いたのである。

【後編につづく】