外国人傷つける日本の「技能実習制度」決定的欠陥
日本の技能実習制度の問題点を改めて考える(写真:khadoma/PIXTA)
ベトナム人の技能実習生で、建設会社で働いていたランさん(仮名)が2年間にわたって精神的・肉体的暴力を受けていたことを証明する生々しい動画を見たとき、岡山県警の担当者は犯罪の捜査を担当する部署に事件を回すのでなく、「外事課」に調査を依頼した。岡山県警のウェブサイトによれば、外事課とは、国際テロ対策や出入国管理および難民認定法違反の取り締まりなどの業務を推進する部署だ。
「まるでランさんに問題があるかのような扱いだった」とランさんの支援者の1人は言う。この衝撃的な動画が主要メディアで広く公開されてから1カ月以上が経過したが、岡山県警は複数人のベトナム人技能実習生に暴行などのハラスメントを行った人物らを検察に送致していない。彼らが動画にはっきりと映っているにもかかわらずだ。
日本の就労ビザの取得に100万円必要
ランさんは、毎年、技能実習生として日本に働きに来る20万人の外国人労働者と同じ夢を抱いていた。「高い給料がもらえるいい国だと思っていた」とランさんは話す。日本に来れば、妻と5歳の娘に、よりよい未来を与えられると思っていたのだ。
しかし、ジャパニーズドリームはけっして“安く”はない。「日本の就労ビザを取得するには100万円が必要だ」と、ランさんはベトナムの送り出し機関から伝えられた。そこで、貯金と、友人や銀行に借りたお金を合わせて、100万円を渡したという。
そしてランさんはベトナムで6カ月、日本で1カ月、日本語の習得と、その後の仕事に向けた訓練に励んだ。来日から1カ月後の2019年11月、彼は岡山の小規模な建設会社に派遣された。
過酷ないじめはすぐに始まり、病院に行かなければならないほどの激しい蹴りを受けたとランさんは言う。暴行の結果、肋骨を骨折し、歯が折れたこともあると主張する。ランさんはまた、「日本人の従業員が私に一度も仕事を教えてくれることもなかった」と言う。
ランさんは足場組みで時給844円を支払われていた。月収は約11万円で、そのうち1万5000円が家賃や光熱費として差し引かれたが、月に7万円を家族に仕送りしていた。それでも、解雇され、強制送還されるかもしれないという不安から、しばらくひどい待遇に甘んじていた。
見過ごした監理会社の大きな責任
だが、ついにいじめは耐えがたいものとなり、昨年10月、ランさんは脱走し、最終的に地元の労働組合「福山ユニオンたんぽぽ」に保護された。
「建設業界にいじめの問題があるとはいえ、あそこまでひどいケースは見たことがなかった」と執行委員長の武藤貢氏は話す。「監理団体は配属先を移すべきだったし、少なくとも彼の体調や睡眠状態などを聞くべきだった。いずれの手も打たなかった監理団体の責任は大きい」
ランさんの場合、事の結末は比較的幸運なものとなった。日本での技能実習生を監督する外国人技能実習機構(OTIT)が彼を別の管理会社に移管することになり、来年10月にビザの有効期限を迎えるまで別の会社に勤務することが決まったのだ。
武藤氏によると、ランさんは問題の建設会社に謝罪を求めており、建設会社と個別にやり取りをしている。建設会社はおおむね事実を認め、謝罪する方向のほか、補償についても謝罪の内容に応じて検討する予定という。謝罪と補償があれば、警察への告訴はしないという。一方、監理団体については事実を確認しているという。
もっともたとえ補償があったとしても、「ベトナムにはまだたくさんの借金が残っている」とランさん。彼は10月に日本を離れる予定で、おそらく二度と戻ってこないだろう。
「外国人技能実習生に対する虐待などの人権侵害は断じて許されないものだ」と古川禎久法相は、ランさんに対する暴力の動画を見た後に述べている。古川法相は入国管理局に事件の調査を命じた。また、外国人技能実習制度などのあり方に関する勉強会も始めるとしている。
しかし、実習制度はそれ自体が人権侵害だ。それは、外国人労働者を日本に「迎え入れる」ことで発展途上国にノウハウを惜しみなく提供するという前提に基づいているが、実際には安い労働力を利己的に入手するための制度になっているということは、この制度に詳しい者に限らず、もはや多くの人が指摘しているところだ。
このような不公平な制度の乱用をなくすために2018年に改革が行われ、OTITによる監理団体の認定取り消しも増加してはいる。だが、「実習制度の理念は1993年に設立されたときから改善されていない」と、特定非営利活動法人「移住者と連帯する全国ネットワーク」(移住連)代表理事であり、外国人労働者を支援してきた鳥井一平氏は主張する。「外国人技能実習生問題弁護士連絡会」事務局長を務める弁護士の高井信也氏も、「政府が実習制度の廃止を本気で検討しているかは疑問がある」と話す。
技能実習制度は、雲が雨を運ぶように人権侵害を広げている。ランさんのような外国人労働者は、母国と日本の間に挟まれ、押しつぶされている。労働者を送る側の国は、労働者に対して送り出し機関が日本では道義的にも法的にも受け入れられない内容の契約を課すことが多い。
これらの契約は日本の法制度外で結ばれるが、その条件は日本語に翻訳されており、現在日本で活動している5000の民間の監理団体に周知されている。鳥井氏は、「人権を尊重する監理団体はほとんどない」と言う。
実習生が働き先を選べない「不条理」
ベトナムの送り出し機関とベトナム人労働者との間で交わされた契約書のうち、筆者が閲覧したものでは、ベトナム人労働者が妊娠したり、エイズに感染したり、不法就労者に話しかけたりした場合、国外退去になるとされていた。
ベトナムの送り出し機関と、ベトナム人労働者間で交わされた契約書(移住連提供)
ランさんのような実習生は、「実習」先の会社を選ぶことができず、自分の意思で退職することもできないため、会社と実習生との間で虐待が起きやすい関係ができる。
「日本での現行の実習制度は、奴隷制度や人身売買に近いものがある。会社は労働者を選べるが、労働者側は会社を選べない。このような不平等な関係は、善人を悪人にしてしまう。外国人労働者に対する権力から、経営者は必ず増長してしまう」と、鳥井氏は語る。
同氏のようなわずかな人々を除いて、虐待を受けた外国人労働者は誰にも頼ることができない。弁護士や支援団体によれば、警察は実習生の窮状を真剣に調査しない。日本の司法制度がまれに対応することはあっても真剣ではないことがほとんどだ。
「あるクライアントの中国人労働者は、日本人従業員にガソリンをかけられ火をつけられた。その従業員は暴行の罪にしか問われず、刑務所には入らなかった。被害者が日本人だったら、もっと厳しい判決が下されていただろう」と外国人労働者問題に詳しい弁護士の高井信也氏は言う。
実習先としての日本は魅力がない
外国人労働者は、母国に頼ることもできない。「フィリピンとインドネシアを除いて、大使館は動かない」と鳥井氏は言う。ベトナムでは、海外で契約した職場への出勤を怠ったり、逃亡したりした労働者を処罰する国内法があるほどだ。ランさんの場合もそうだが、被害者は日本や母国での報復を恐れて、メディアに顔を出すことができないのが一般的だ。
日本が人道的観点から実習制度を廃止しないのであれば、せめてシニカルな、または、実利主義的な観点から廃止すべきだろう。先般、国際協力機構(JICA)などが発表した研究によると、日本が経済の成長目標を達成するためには、外国人労働者の数を2040年までに170万人から640万人へと4倍にする必要があるという。
そのためには、外国人労働者の人権問題に目をつぶることはできない。外国人労働者から見た世界各国の魅力を比較した参考サイト「MIPEX」によれば、「日本の取り組みは、同じように移民人口の少ない貧しい中欧諸国よりもわずかに進んでいるが、韓国をはじめとするほかの先進国には大きく遅れをとっている。隣国の韓国に比べて、日本では、労働市場、教育、政治参加、差別撤廃などに関して外国人に対する統合政策が弱い」。
日本の実習制度が、世界中の外国人労働者から日本が嫌われることを目的としているのであれば、それは非常に効果的だと言えるだろう。そうでなければ、日本はランさんの加害者を罰し、そして、この人種差別的で残酷で偽善的な制度を一刻も早く廃止するべきではないだろうか。
(レジス・アルノー : 『フランス・ジャポン・エコー』編集長、仏フィガロ東京特派員)