夢が広がる女子500メートル新時代！
獲った本人もジャンピング万歳をするような嬉しい報せが届きました。北京五輪スピードスケート女子500メートルで日本の木美帆さんが37秒12の自己ベストで銀メダルを獲得したのです。これで木さんは1500メートルにつづく今大会2個目のメダル。「5種目出場で最大5メダル」という途方もない挑戦は、ここまで3種目で2個のメダルを獲得し、まだ2種目でメダルの可能性を保持しています。夢物語が半分現実になってきました！
美帆さんはこの種目では「伏兵」と言うべき存在でした。そもそも500メートルは主戦場としてきたわけではなく、当然ワールドカップランキングや持ちタイムも優勝候補たちには及びません。昨年末の国内選考会の段階では「500メートルでも出場するつもりなのか？」と半信半疑の驚きで迎えられたほど。当然、世界の強豪たちも4年間マークしてきた相手ではありませんでした。
だからこそのメダルだったかもしれません。美帆さんは全体で15組30名が登場するこの種目の第4組に登場。基本的に「強い者ほど後ろに出てくる」という編成ですので、このあたりの選手は上位勢にしてみればノーマークでもいいくらいのところ。もちろん1000メートル・1500メートルで実績のある選手ですので、一定の敬意はあるでしょうが、言うても今大会も3000メートルにエントリーしているような「中長距離型」の選手。横目で見る程度の意識だったことでしょう。
しかし、美帆さんは「思いがけない相手からの奇襲」でレース全体をかきまわしました。
今回の試合、ひとつの目安となるタイムが36秒台でした。ここまで全種目で五輪新記録が出てきたスピードスケード種目ですので、当然女子500メートルでも記録更新の期待が懸かります。女子500メートルの五輪記録は前回平昌で日本の小平奈緒さんが出した36秒94。ここまで来れば「勝ち確」が見えるだろう…そんな見立てでいました。ただ、小平さんの記録は低地での世界記録ですので、放送席からは「36秒台は難しい。37秒30あたりがメダルの目安」という発言も。
そんななかで第4組の伏兵・木美帆さんが出した記録が37秒12でした。これはいきなりメダル圏内に飛び込む好タイムであり、まったく予想外の好タイムでした。何せ美帆さんの自己ベストは2019年に高地のカルガリーで記録した37秒22であり、昨年12月にカルガリーで開催されたワールドカップに出場したときも37秒29という記録だったのです。「高地でようやく37秒2」の選手が低地で自己ベストを更新するなど誰が思うでしょう。
このタイムは上位勢にとっても簡単なタイムではありません。カルガリーやソルトレークといった高地のリンクでは36秒台を出すチカラの持ち主が揃っていますが、低地のリンクでは37秒台前半が勝負タイムです。37秒12以上が低地で記録されたことはこの数年でも数えるほどしかありません。「簡単ではない」どころか「激ムズ」。予想外のところから予想外の好タイムが出てきたことは上位勢にとっても衝撃だったことでしょう。
↓標高差1000メートルの気圧の壁を突き破って、木美帆さん自己ベスト更新！
それでもまだ希望的な観測もあったかもしれません。何せここまで「全種目で五輪新」が出ている高速決着の大会です。この種目も何やかんやで五輪新までいくのではないかという希望が。しかし、じょじょにタイムが上がっていくのではなく、序盤から漬物石のようにフタをされたことで、雰囲気は重苦しくなっていきます。「このタイム、ムズいぞ」と。
第9組で登場した、低地のリンクでも速いタイムを持っているオランダのコックが37秒39で美帆さんの上に出られなかったあたりで、本格的に「あ、激ムズ」という感触が高まったでしょうか。美帆さんのタイムは、もう上位勢がギリギリ越せるか越せないかだけが焦点となる、文字通りの「メダルライン」になっていきました。
迎えた第13組には日本の小平奈緒さんと、昨年の世界選手権金であるROCのゴリコワが登場。しかし、この組も足取りは重く、小平さんは本調子ではない動きでタイムを伸ばせず、優勝候補の一角でもあったゴリコワも美帆さんのタイムには及びません。残りは4人、美帆さんはいまだトップ。完全にメダルが視界に入り、一瞬、金すらチラつき始めました。
↓小平さんは一歩目でつまずいてしまったとのこと！
ただ、やはり本職の意地でしょうか。今季ワールドカップで8戦4勝の好成績を挙げていた第14組のエリン・ジャクソンが37秒04でようやく美帆さんのタイムを上回りました。結局、最終15組を終わって美帆さんは2位。伏兵・木美帆の思いがけない激ムズ好タイムが波乱を演出し、5種目のなかで一番メダルに遠いと思われた種目で予想外の銀メダル獲得となりました。
リカバリーをしながらライバルたちのレースを見守っていた美帆さんは、銀メダル獲得が決まると、まるで子どものような喜びようでジャンピング万歳を始めます。同じ銀メダルでも1500メートルでの銀は悔しさ満点の渋い表情でしたが、今回は自己ベスト更新＆銀メダル獲得ということで大満足の様子。こんなに嬉しそうな木美帆さんは滅多に見られないので、こちらとしても大変いいものを見させていただきました！
↓ダイジェストの最後のほうで美帆さんのジャンピング万歳をご堪能ください！
展開としては波乱含みではありましたが、内容としてはレベルも高く、何よりも「夢」があふれる素晴らしいレースでした。まず美帆さんは5種目出場ということ自体が「夢」への挑戦でしたが、得意の1500だけではなく500でもメダルを獲得したことで、この挑戦が決して夢物語でないことを証明しました。異例の挑戦で疲労もあったようで、チームパシュートのことを考えて500メートルの欠場も頭をよぎったそうですが、疲れも吹き飛んだことでしょう。
そして美帆さんを上回って勝ったエリン・ジャクソンも素晴らしい夢の持ち主です。この選手、もとはインラインスケートをしていたそうで、2016年にスピードスケートに転向すると、そこからわずかな時間で平昌五輪出場まで漕ぎつけたという異色の経歴の持ち主。今大会は国内選考会でミスがあり五輪出場を逃しかけましたが、アメリカの第一人者ブリタニー・ボウが選考会優勝で得た自身の出場権をエリン・ジャクソンに譲ったのだそうです（※ボウはのちに出場権を別途獲得）。ボウ曰く「世界一の選手が行くべきだ」とのこと。世界一の選手を五輪の舞台に送り込むための決断がしっかりと金につながったのですから、さすが夢の国アメリカだなと思います。
29歳という遅咲きでのメダル獲得は、スピードスケートでの黒人女性選手たちの可能性や、雪や氷がない地域からでもインラインスケートを経由してスピードスケートに挑戦する流れを生む可能性など、新たな夢を広げるものでした。「へー、こんな選手もいるんだ」と思った子どもたちが将来どんな夢を描くのか、たくさんのきっかけを生み出しそうな金メダルだなと思います。美帆さんに金を獲ってもらいたかったという気持ちもありつつ、まぁ、負けて致し方なしですかね！
↓ボウが権利を譲って五輪に送り込んだジャクソンと争った美帆さんが、今度は1000メートルでボウと戦うという胸熱展開！
今季世界最高タイムを持つ美帆さんと、世界記録を持つボウの戦い！
1000メートルでは美帆さんが悲願の個人の金を目指し、そこにブリタニー・ボウが立ちはだかり、小平奈緒さんももう一度気持ちを立て直して戻ってくるでしょう。500メートルでは小平さんの元気がなかったのが心配ですが、今季の成績を見てもチカラの衰えということではありません。しっかりとメダルを争う戦いができるはず。小平さんに元気がないと韓国の解説席にいるイ・サンファが泣いてしまうようなので、元気に戻ってきて欲しいもの。チームパシュートでの金、1000メートルでの日本勢のダブル表彰台と、大きな夢を持って終盤戦も見守っていきたいと思います！
このレースやってから1500だったら、美帆さんが勝ってたと思います！
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