近年ペットボトルでもよく見かけるようになったほうじ茶。芳ばしい香りと、カフェイン少なめのやさしい味わいで、リラックスしたいときにぴったりのお茶です。

茶の茎や葉を焙煎したほうじ茶は地域によってさまざまな種類がありますが、昭和天皇に献上されたほうじ茶としてその名が知られる石川県の「加賀棒茶」は、香り豊かで上品な味わいが特徴です。

「加賀棒茶」を製造・販売している、1863年(文久3年)創業の「丸八製茶場」(石川県加賀市)を訪ね、六代目の丸谷誠慶さんに加賀棒茶の歴史や魅力、味わいの特徴などを伺いました。

白山連峰を望む自然豊かな地にある丸八製茶場。本社、工場のほか、喫茶・ギャラリー・物販のある直営店「実生」、茶室「双嶽軒」を併設しています。

「良い食品を作る会」との出合いと昭和天皇への献上が転機に

加賀・金沢では普段使いの番茶といえば、茎を焙じた「棒茶」を指すほど日常的なお茶です。丸八製茶場の「加賀棒茶」は、新茶である一番茶の茎を、旨みを損なわないように浅く焙じており、芳ばしい香りとすっきりとした飲みやすさが特徴です。

“品質よりも安さ”だったほうじ茶を、安全で質の高いお茶に転換させ、全国に知られるブランド茶に変えたのが「加賀棒茶」です。

京都や静岡などの先取的なお茶の産地では、茎の部分も「雁ヶ音(かりがね)」のような茎茶として商品化されていますが、石川県では金沢にある茶舗が明治中期に、茎を焙煎して「棒茶」として最初に商品化しました。

「お茶の葉を摘む時、葉に傷をつけないために新芽のときに葉がついた状態で茎を折りますが、緑茶に使うのは葉の部分だけで、残った茎は余りものになってしまいます。余った茎を焙煎して芳ばしいお茶にしたのが棒茶です。

原料が余りものなので非常に安く作ることができ、家庭で飲むお茶としてちょうどよいと石川県内で棒茶は浸透しました。他の茶舗も後追いして棒茶を作り、うちもそのひとつでした。茶舗がそれぞれ名前を付けて売り出しましたが、うちは大正時代から始めて、そのときに『加賀棒茶』と名付けました」(丸谷社長)

お話をしてくださった丸八製茶場 代表取締役・丸谷誠慶さん。

丸谷社長の祖父(四代目 丸谷誠長さん)が社長だった当時、茶業界の中でも棒茶は品質よりもその安さゆえに売れていて、メインの加賀棒茶は200gで198円という低価格。当時はアジア圏のお茶の茎を大量に輸入して、いかに安く作るかというのが常識だったそうです。

「昭和50年代に入り、高度成長期も安定期となり作れば売れる時代から、より良いものが求められる時代になりました。祖父の代までやっていた商品が売れなくなり今までの商売のやり方では思うように成果が上がらない状況に苦しむ中、1982年(昭和57年)の『良い食品を作る会』との出合いが、大きな転機となりました。

食品本来のおいしさと安全性、食品を家庭に供給する者としての良心を大切にし、企業の利益を優先するかのような食品生産に対して誠実な批判をする『良い食品を作る会』の理念に、父である五代目の丸谷誠一郎は感銘を受けます。

そんな折、大きな転換点となったのが、1983年(昭和58年)に全国植樹祭で昭和天皇が加賀に宿泊されたことでした。宿泊先の『ホテル百万石』(当時)と取引があったことから、旅館から陛下にお届けするお茶を用意して欲しいという依頼を受けました。

当初は玉露をお持ちしようと思いましたが、ご高齢の陛下は刺激のあるお茶は飲めないが、ほうじ茶はお好きだと伺い、地元で作っている茎のほうじ茶である加賀棒茶をお届けすることになりました。

しかし当時の加賀棒茶はいわゆる“安物”であったため、社長だった祖父が機転を利かせて、今まで作ったことのない高品質の加賀棒茶を作ることになりました。最高の原料を求めてたどり着いた鹿児島の一番摘み茶の茎を使い、焙煎の方法もこのために考案しました。この棒茶は商品ではなかったのですが、後日旅館から、残ったお茶を陛下がお気に召して持ち帰られたと聞き、翌年から献上加賀棒茶として商品化することになりました」(丸谷社長)

左と中央の「献上加賀棒茶」のパッケージデザインと文字は四代目によるもの。

「良い食品を作る会」の出合いと昭和天皇への献上が転機となり、五代目の丸谷誠一郎さんの時代から安いものではなく品質の良いものを作り、適正な価格で販売するという方向にシフトした丸八製茶場は、抹茶や玉露に並ぶ良質な棒茶を作ることになりました。

1984年(昭和59年)に付加価値のある「加賀棒茶」の販売を始めましたが、地元の人たちからは受け入れられずまったく売れなかったそうです。理由は価格。以前は200gで198円だった棒茶が、高品質になったことで10倍の100g・1000円で販売されたからでした。

「地元では難しいということで、首都圏で売り出すことにして試飲の機会を重ねました。それでも根付くまで時間がかかり、昭和59年の販売から平成に入るまではまったく売れませんでした。ベテラン社員が次々と離れていき、人員も減ってかなり苦労したと聞いています

1988年(昭和63年)に雑誌『クロワッサン』に小さな記事が掲載されたことがきっかけとなり、1か月で全国から400件の注文がありました。この時に注文された方が現在の直販のお客様のベースとなり、30年以上かけて3万人にまで広がっていきました。

付加価値を高めて自社で製造販売を行う加賀棒茶のブランド化を、時間をかけて進めてきましたが、全国に知られるようになったのは北陸新幹線が金沢まで開業したこと(2015年)が大きいですね」(丸谷社長)

「加賀棒茶」を見て飲んで買って楽しめる「丸八製茶場」

焙煎工場

丸八製茶場の加賀棒茶は、静岡、鹿児島、宮崎などをメインとした産地から緑茶を仕入れて、自社工場で焙煎しています。店舗に隣接した工場に入るとほうじ茶の芳ばしい香りに包まれていました。焙じ機が稼働している月曜、火曜、木曜の午前中は、一般の人でも工場見学が可能です。

茎のほうじ茶「献上加賀棒茶」が焙煎される様子を見学しました。異物除去機で異物が取り除かれた茎を焙煎機に投入。鉄板が階段状になっていて振動でお茶を滑らせながら、バーナーで熱を加えて焙煎します。

焙煎の様子。魚焼きグリルのような構造ですね。

焙煎が済んだものは下段のコンベアまで運ばれ風を通して冷却。細かい穴の開いたふるいを通って、大きさにより上下に分かれていきます。本来お茶の茎は捨てる部分なので、茎の中に棕櫚のような繊維を使ったほうきの毛など、茎以外のものが紛れ込んでいることがあり、異物除去機では取り除けないものはふるい分けをして、最後に目視でより分けるそうです。

焙煎された茎茶が運ばれて行きます。右の画像で下の箱に溜められたのが、異物が紛れている可能性のある大きさのもの。ここから人の目で異物だけを除去します。

「各地の緑茶を使ってここで最終的に焙煎することで『加賀棒茶』となります。工場はこちらの1箇所のみ。ほうじ茶は焙煎する技術がなにより重要なので、ここでほうじ茶の面白さや幅の広さをお伝えできればと思っています」(丸谷社長)

実生(みしょう)

喫茶「実生」では、ほうじ茶、煎茶、玉露といったお茶とお菓子を楽しむことができます。おすすめのお茶はやはりほうじ茶。「献上加賀棒茶」、「加賀ほうじ茶」、「深炒り焙茶 BOTTO!」の3種類から選べます(メニューは時季によって変わります)。

お茶とお菓子のセットは500円、お茶単品300円、お菓子単品200円。温かいお茶は急須にて提供します。

「献上加賀棒茶」は茎を使ったほうじ茶で、すっきりとした味わいで甘みもあります。「加賀ほうじ茶」は葉の部分をメインに使ったほうじ茶で、一般的なほうじ茶のイメージに近いお茶です。新茶の一番摘みの葉だけをつかっており、柑橘のようなさわやかな香りがあります。「深炒り焙茶BOTTO!」は契約農家のお茶の葉を、焙煎度の高い深炒りにしたほうじ茶で、スモーキーな風味が特徴。

お菓子は季節の和菓子、洋菓子の2種類。私が訪れたときは1月の和菓子「うぐいす餅」(湖月堂製)と、「加賀棒茶のロールケーキ」(菓子工房Yodogawa製)が提供されていました。

「献上加賀棒茶」と、うぐいす餅、加賀棒茶のロールケーキの各セット。器は地元の九谷焼を中心に一つ一つ違うものを使っているとのことです。

「献上加賀棒茶」は香りが高く芳ばしさと共に甘みも感じます。すっきりしているので白餡のうぐいす餅と相性抜群でした。「加賀ほうじ茶」は葉を使っているほうじ茶なので、後味に緑茶のような風味もほのかに感じ、さっぱりとした味わいです。「深炒り焙茶BOTTO!」は焦げたようなスモーキーな香りで、冷茶にしてもおいしくいただけそうです。ネーミングの由来は、深炒りなので強い火で「ボッ!」と焙じることから命名したのだとか。

店舗

「献上加賀棒茶」をはじめとした季節限定品など、丸八製茶場内の店舗ではさまざまなお茶を販売しています。また、JR金沢駅の「金沢百番街 あんと」にも店舗があるので、新幹線に乗る前にお土産として購入するのもおすすめです。東京では「エキュート品川」にイートインスペースを併設した店舗があります。公式オンラインショップではネット販売も行っています。

進物用から普段使いできるものまで、ほうじ茶を中心としたさまざまなお茶、茶器を扱っています。

手軽に淹れることができる「献上加賀棒茶 ティーバッグ」(3g×12袋・648円)、友人へのお土産として、一杯分のティーバッグで九谷焼のブランド「KUTANI SEAL」のパッケージが可愛らしい、加賀いろはテトラシリーズの「菫テトラ-献上加賀棒茶-」(2g×6袋・324円)、試飲してすっかり気に入った「深炒り焙茶 BOTTO!」(80g入り・648円)を購入しました。

仕事中、ティータイム、寝る前のリラックスタイムと、味わいが異なる加賀棒茶を日々楽しんでいます。

加賀棒茶 丸八製茶場:https://www.kagaboucha.co.jp/ 
実生: https://misho.kagaboucha.com/
丸八製茶場 オンラインショップ:https://www.kagaboucha.co.jp/web/shopping/ 

文/阿部純子