羽生結弦が「ハマった」ジャンプについて北京五輪で解説も務めるプロスケーター・本田武史氏が分析【写真:AP】

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「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#36 本田武史の「北京五輪解説」男子SP

「THE ANSWER」は北京五輪期間中、選手や関係者の知られざるストーリー、競技の専門家解説や意外と知らない知識を紹介し、五輪を新たな“見方”で楽しむ「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」を連日掲載。注目競技の一つ、フィギュアスケートは「フィギュアを好きな人はもっと好きに、フィギュアを知らない人は初めて好きになる17日間」をコンセプトに総力特集し、競技の“今”を伝え、競技の“これから”につなげる。

 8日に行われた男子ショートプログラム(SP)。世界選手権3連覇のネイサン・チェン(米国)が歴代最高得点で首位に立った一方、五輪3連覇を目指す羽生結弦は冒頭のジャンプにミスが出て、8位と出遅れた。初出場の18歳の鍵山優真は2位、平昌五輪銀メダリストの宇野昌磨は3位と好位置につけた。現地取材する五輪2大会連続出場のプロスケーター・本田武史氏はどう見たのか。(取材・構成=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 ついに始まった男子シングル。全体的にハイレベルで素晴らしい戦いとなりました。

 羽生選手は大きな得点源となるはずだった冒頭の4回転サルコーが1回転に。フィギュア界では「抜ける」と表現されるものです。「抜け」で最も多いのは踏み切りでタイミングが合わず、空中姿勢に持っていけなくなること。加えて、今回のように穴や溝にハマること。

 しかし、これは本当に稀です。ジャンプの本数が多いフリーで、後半のグループになるとリンクコンディションも変わり、穴につまずくようなこともあります。ただ、羽生選手はSPで製氷後の3人目。跳びにいく場所に“たまたま穴があった”としか言えません。

「穴」といっても、なかなかイメージできないかもしれません。原因は選手のジャンプによるもの。人それぞれ違いますが、かなり大きなものもあります。エッジ全体を使うジャンプや、つま先のギザギザの部分を強くつくジャンプでは、かなり深く削られます。

 普通に歩く分にはつまずかない穴でも、リンク上では一度ひっかかると、ジャンプのタイミングも変わります。選手にとっては一瞬の出来事。演技前にリンクに出る際に状況を確認はしますが、実際にプログラムで跳びにいく場所は決まっており、咄嗟に避けるのは難しい。

 他の選手も故意に穴を開けることはありません。今日の羽生選手を見た限り、跳び上がりたいタイミングで穴の影響で一瞬、沈んでしまった印象。最後の最後でつま先にひっかけたいところで、ひっかかってこなかったように映りました。

 しかし、そうしたアクシデントがあっても動じることなく、ジャンプやスピンで多くの加点を獲得したのは羽生選手の凄さ。3本のうちの1本のジャンプがなくなりながら、95.15点という結果は評価されるべきことです。

2位鍵山は「本当にノビノビ」、3位宇野は「団体戦超えの演技」

 2位に躍進した鍵山選手は質の良いジャンプを跳び、スケーティングも滑らか。加点もらえる要素が多い選手。本当にノビノビと滑っていました。すでに団体戦でフリーを滑り、五輪の緊張感はあったと思います。

 しかも、また異なる独特の緊張感がある個人戦で、あれだけのことができたのは、やってきた練習をすべて出せたからでしょう。

 3位に入った宇野選手も団体戦を超える自己ベストをマーク。前半のコンビネーションジャンプの着氷で手をついたものの、その他の要素でしっかりと加点を引き出すことができたから、団体戦を超える演技につながりました。

 そして、113.97点という世界新記録を叩き出し、首位に立ったのはネイサン・チェン選手。4年前の平昌五輪SPで17位となった悔しさがある中で、凄く落ち着いていた。練習通りに力を発揮した印象です。

 アクセル以外の5種類という多くの4回転を跳び、回転速度が抜群。GOE(出来栄え点)も引き出せる。スピンも含め、一つ一つの質が高く、すべての要素を綺麗に動いているところがチェン選手の強さです。

 一方で、会心の演技で9位に入ったカナダのキーガン・メッシング選手が印象に残りました。もともと団体戦に出場予定でしたが、出発前にコロナの検査に引っ掛かり、ようやく昨日到着し、今日この演技。彼の強さを感じました。

 逆に米国のヴィンセント・ジョウ選手は団体戦翌日に陽性判定。見えない敵と闘い、選手はできる限りの対策を尽くし、毎日PCR検査をしていますが、どうしようもできない。その中で、メッシング選手は五輪を滑ることができて良かった。

 中1日が空き、10日はフリーが行われます。フリーでは4回転の本数も増えますが、その分、リスクは高くなります。一つ一つの技をいかに正確に決めていくかがポイントになります。

 羽生選手は4回転アクセルの成功が注目されるが、3位の宇野選手におよそ10点差、2位に鍵山選手におよそ13点差。彼の力であれば、メダル争いに当然食い込んでくる。羽生選手らしい演技をしてほしい。

 鍵山選手は凄く勢いに乗って良い状態。団体戦フリーのようにノビノビと滑ること。宇野選手は4回転5本という高難度のプログラムを準備。宇野選手らしい「ボレロ」の世界観を出し切ることを願っています。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)