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攻めて、ねじ伏せて、勝ち取った銅!

2018年の平昌五輪、日本選手団にも何人か「チカラを出し切れず」に大会を終えた選手がいました。そのなかでも届き得る範囲から一番遠くに降りていったのがモーグル男子の堀島行真さんでした。2017年世界選手権で金を獲得した堀島さんは、当時すでに絶対王者として君臨していたカナダのキングズベリーを唯一倒せるかもしれない存在でした。

個人的にも「金まで届き得る」と思って見つめた平昌の試合でしたが、堀島さんは決勝2回目で転倒し、五輪の戦いを終えました。日本の金候補は名前を覚えられる前に姿を消し、堀島さんではなく同じ日本の原大智さんが銅メダルを獲得したことで存在感ごと上書きされていきました。女子では金メダルを獲得したこともある日本の得意種目です。メダルに届かない第一人者からは注目はすっと引いていきます。たとえ五輪の翌月に王者キングズベリーをすぐまた倒しているほどの実力者であったとしても、です。


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平昌での転倒はにわかには考えづらいようなミスでした。第1エアでフルツイスト(伸身後方1回宙返り1回ひねり)が右側に大きく曲がって飛び出し、隣のフォールラインにはみ出すような乱れた着地となりました。そこから軌道修正することはできず、ミドルセクションで転倒。メダルが決まる決勝3回目に進むこともできませんでした。

それから4年。堀島さんはモーグル以外にも体操やフィギュアスケート、高飛込やパルクールなどに取り組み、自分に足りないものを探してきました。思うにそれは、さまざまな状況への対応力を高めるという意味でもあるでしょうが、同時に「あの時、自分には何が足りなかったんだ?」という答えのない問い、理由のない不安との格闘だったのだろうと思います。

世のなかには大舞台だけやたら強い選手というのが確かにいます。2014年のソチ五輪で優勝候補の大本命であった梨沙羅さんを破って金メダルを獲得したドイツのカリーナ・フォークトさんなどは五輪と世界選手権で個人の金を3つ獲得していますが、ワールドカップでは優勝が2回しかありません。大舞台ブーストがわかりやすく掛かるタイプでした。

その点で、堀島さんは真逆の選手……持っているチカラが大舞台にはすんなり出てこないクチなのかなと思います。今大会でも、本来の力量なら難なく通過して然るべき予選1回目での決勝進出を決められず、予選2回目にまわっていました。予選2回目にまわれば決勝当日に「予選2、決勝1、決勝2、決勝3」と4本滑る必要が出てきます。ほかの上位選手より早い時間から始動し、長い一日を過ごすことになります。不利しかありません。



迎えた決勝の日。チカラを出し切れないことへの不安に加えて、天から降ってくる不運にも堀島さんは苦しめられていました。失敗すればすべてが終わる予選2回目では、スタート直後に猛烈な風が吹き、視界が奪われ、勢いを殺され、エアが横に流されるという厳しい状況に。左側に流された第1エアでは着地で大きくバランスを崩しました。何とか決勝にこそ進んだものの、20人中16番目という順位での進出でした。

決勝1回目では第2エアをコーク720(縦1回転横1回転)⇒コーク1080(縦1回転横2回転)に上げてきますが、第2エアは着地が合わずに乱れ、同じ構成で臨むキングズベリーに対してはターン点でもエア点でも大きく離されました。ベストな滑りを見せれば勝ち負けでき得るはずの相手が、遠くに小さくなっていくようでした。上手くまとまってはいるけれど、頂点に届く感じではない、といった印象。5番手で決勝2回目に進みます。

12人から6人に絞られる決勝2回目。第1エアからミドルセクションにかけては見事な滑りを見せるも、どこかまだ伸びきらない感じの滑り。解説席からは「まだタイムに余裕を残していると思う」という後押しのコメントが出ますが、それは逆に言えば「もっと攻められるはずだ」という物足りなさを示すコメントでもありました。全体3位で勝負の決勝3回目に向かいます。




日本勢でただひとり決勝3回目に残り、6人中4番目で登場した堀島さん。暫定トップに出ればメダルが決まります。大きく息を吐き、緊張の面持ちでのスタート。4年間待った雪辱の機会、しかし、それはまるで4年前の繰り返しのように同じ試練を与えてくる機会でもありました。

第1エアに向かう手前で、硬い雪面でわずかにスキーをとられ、エアに向かう直前で堀島さんの体勢はわずかに乱れます。そのため踏み切りにも着地にも余裕がなくなり、着地からつづけざまにコブに突っ込んでいく形となりました。決勝2回目では右側のコブをしっかりとらえてからミドルセクションに入っていたものが、余裕なく踏み越えながらひとつ先にある左側のコブに真っ直ぐ突っ込んでしまいます。カービングターンの軌道ではあるものの、狙ったコース取りではなかったことでしょう。

その結果、堀島さんはコブに跳ね上げられ、ヒザが開いてバランスを崩しかけます。第1エアで乱れて転倒……4年前の悪夢が甦りました。そこから立て直すまでにさらにコブに引っ掛かり、堀島さんの身体は大きく跳ねます。体重はやや後傾になり、コントロールを失いかけます。実況は思わず「あーーーっ!」「堪えている!」「耐えろ堀島!」と叫んでしまっています。決勝2回目で見せた滞りのないターンとはまったく異なり、明らかに大ピンチを懸命に堪えている状況でした。

このターンがどう評価されるものか。率直に言えば「乱れた」と思いました。モーグル基準で言えばよくないミドルセクションだったはずです。ただ、堀島さんはその危機を「ブレーキをかけておさめる」のではなく「ねじ伏せる」道を選びました。制御しきれずに転げ落ちていきそうなところを、そのスピードで攻め切ることでねじ伏せたのです。そして、「俺はちゃんとコブを制したぞ」と証明するかのように、これまでの構成と変わらず第2エアで1080をしっかりと決めました。

それはモーグルの本質である「コブだらけの斜面を誰が一番早く突破できるのか」という、危険と恐怖心に立ち向かう者の滑りでした。クリーンに滑ることはできていませんでしたが、危険に立ち向かいねじ伏せる「技術」と、恐怖心に立ち向かいねじ伏せる「勇気」とが伴う滑りでした。技術と勇気でコブを乗り越えたなら、乱れてはいても評価はされる。何故ならコブにちゃんと勝ったのだから。この滑りが意図したものかたまたまかはともかく、ジャッジにはきっと勇敢で高い技術の滑りに見えたことでしょう。堀島さんのターン点は決勝進出者のなかで最下位でしたが、大きく見劣りする採点にはならなかったのですから。

そして攻め切ったことでの副産物も。ここまで4本滑っていずれも25秒台だったタイムが、この土壇場で23秒台に跳ね上がったのです。ターンでは得点を失っているはずですが、そのぶんをタイムで補うこととなり、結果的に帳尻を合わせることができました。得点は81.48点という高い評価。この時点で暫定トップ、メダル確定。あとから滑った2選手がそれぞれミスなく攻め切っていたので、そこを上回るには至りませんでしたが、「金を狙える。最低でもメダル」という本来の位置には踏みとどまることができました。

4年越しの雪辱、見事な銅。

4年前の自分と、北京のコブに勝ってつかんだ、勝ち取った銅メダルでした!

↓このメダルが今大会日本勢第1号!決勝開始初日にメダルが生まれました!


表彰式に臨んだ堀島さんは、安堵したような笑顔を見せました。贈呈されたマスコット人形は、最初は左手側の人形を取りましたが、思い直したように真ん中のものを選びました。人形の顔が気に入らなかっただけかもしれませんが、何となく「人形くらいは金の位置から取ってやろう」というさらなる挑戦への意欲のようにも見えました。

堀島さんは現在24歳。絶対王者とうたわれるキングズベリーは29歳。ならば4年後にも、まだまだこの位置で戦える年齢ということです。まだ出し切れていないチカラを今度はミラノ・コルティナ大会で発揮して、今度こそ目指した金メダルをつかんで欲しいもの。五輪の銅を持っている選手です。金を目指すと言えば、誰もが認め、支えてくれるはず。

日本モーグル界には大舞台ブーストで華麗に金を獲っていった選手もいますが、「なんで一段一段なんだろう」と苦しみながら長く現役をつづけた選手もいます。一段ずつしか登れないタイプであったとしても、銅の上には2段しかありません。今度はきっと目指した場所にたどりつける、そう思って次の機会を待ちたいと思います。そして、そのときは結果的にではなく自らの決断で、この日見せたような限界の攻めを見せてくれたらいいなと思います。狙ったターンでこのタイムが出せていれば、金は堀島さんのものだったはずですから。

4年後にまた金を目指す実力者がいる。

早くも4年後の楽しみがひとつ得られた。

見守った甲斐のある素晴らしい試合でした!

↓NHKによるハイライト動画はコチラです!




開会式でバク転してふざけていたこともナイスな武勇伝になりますね!