アメリカ・ニューヨークを拠点とする「Bokksu(ボックス)」は、日本のお菓子を詰め込んだ箱をサブスクリプションで販売する。アメリカを中心に人気が広がっている(写真:Bokksu)

日本のお菓子に惚れ込んだアメリカ人が始めたサブスクリプション(定期購入)サービスが今、全米で人気を博している。その名も「Bokksu(ボックス)」。英語の「Box」を日本語読みにした社名が特徴的だ。

2015年創業のボックスは、アメリカでは手に入りづらいものを中心に、大手メーカーの人気商品から地方の名物など、累計1000種類以上の日本のお菓子を取り扱う。その中から厳選し、20個ほどのお菓子とお茶のパックを詰め込んだ箱を毎月ユーザーの自宅に届ける。

月額料金は49.95ドル(約5700円)で、3、6、12カ月の継続利用プランでは割引が適用される。会員数は現在非公開だが、これまで世界100カ国に100万箱以上を販売済みだ。

アメリカ人社長が「日本の銘菓」にほれた

音楽グループ「BTS」の大ヒットや動画配信サービス・ネットフリックスでの韓国ドラマ人気をきっかけに、アメリカでは今アジア人気が高まっている。こと日本に関しては、食への関心が大きい。

市場調査会社IBISワールドによれば、アメリカでの日本食レストランの市場規模は2022年に293億ドル(約3.3兆円)と予測。過去5年の成長率が4.8%だったのに対し、2022年だけで6.5%の伸びとなる見込みだ。

そうした日本食人気の波に乗ろうとボックスを創業したのが、中国系カンボジア人の両親を持つダニー・タンCEOだ。タン氏はスタンフォード大学で心理学と日本語を学び、卒業後はグーグルに就職。だが「一度日本に住んでみたかった」というタン氏は仕事を辞め、早稲田大学への留学を決めた。

1年の留学後にアメリカに戻る予定だったが、就職活動をしてみたところ、外国人採用を広げていた楽天での仕事を得た。その後4年ほど日本に住む間、日本中を旅行し、その土地でしか食べられない食べ物に触れた。

楽天を退職し故郷ニューヨークへと戻ったのが2013年。当たり前ではあるが、日本で楽しんでいたお菓子が手に入らなくなってしまった。ちまたで売られているのは「ポッキー」や「ハイチュウ」のような商品だけ。「小さな家族経営のメーカーが作っているお菓子や地方のお土産品のようなものがほしかった」(タン氏)。

さらにタン氏は、アメリカ人の固定観念を改めて感じたという。「日本に対するイメージはとても画一的だった。多くの人は日本といえば芸者を想像し、日本人が毎日寿司を食べると思っている。だがそのことを嘆くのではなく、(固定観念を)変えられるだけのインパクトを与えたいと考えた」。こうしてボックスを立ち上げたのだ。

とはいえ、メーカーとの取引実績ゼロからのスタートだ。そこでまずは新宿高島屋のデパ地下などの小売店でお菓子を調達。古巣である楽天や、アマゾンなどのネット通販(EC)を使うこともあったという。

だが、ユーザーが増えてくるとそれも限界に達した。日本中のメーカーに直接連絡を取り始めたが、当初ボックスには日本法人がなく、数百社に連絡しても取引に応じてくれたのは5%に満たなかったという。

アメリカ国内ユーザーの5割が白人

そんな中、最初に取引先になってくれたのはラスク専門店の「東京ラスク」だった。2016年4月、購入者はまだ40人ほどだったという。「100個ほどしか購入しなかったにもかかわらず、卸売価格で提供してもらい、クレジットカードで決済させてくれた」(タン氏)。

2018年には日本法人を設立し、「メーカーからの信頼を得やすくなった」(タン氏)。今では100以上の菓子メーカーと取引関係にある。


中国系カンボジア人を両親に持つダニー・タンCEOは、地道に日本の菓子メーカーを開拓してきた(写真:Bokksu)

課題は商品調達だけではない。日本からアメリカ、さらに世界各国へと展開するための物流体制を一から構築しなければならなかった。当初は小売店で購入したものを新宿に住む友人のマンションへと送り、そこで大きな箱に詰め直し、EMS(国際スピード郵便)でアメリカへ発送していた。

当然それも長くは続かず、物流のパートナー企業を見つけ世界100カ国へと配送する体制を築いた。その後も紆余曲折あり、現在はアメリカの倉庫にまとめて配送し、そこから各家庭に届ける体制にしている。

現在ユーザーの8割はアメリカ在住で、残りの20%はカナダ、オーストラリア、イギリス、シンガポール、ドイツなどで構成されている。

日本のお菓子に興味を持つのは主にアジア系の人、と思うかもしれない。だがボックスのアメリカにおけるユーザーを見ると、50%は白人が占め、25%はヒスパニックや黒人、残りがアジア系だ。「アジア系以外が多いからこそ、(アメリカ社会への)インパクトも大きい。日本の食べ物を知ってもらえれば、文化自体が身近になる」とタン氏は強調する。

人種を超えて広がった背景には、日本の文化を過度にエキゾチックなものとして描かなかったことがあるという。

ボックスのような日本のお菓子のサブスクビジネスに参入する競合も増えているが、彼らは日本のアニメキャラクターを起用したり、オタク文化を表す「Weird(奇妙)」「Wacky(奇抜)」といった言葉をマーケティングに使ったりしているが、それでは「多くの人になじみのないものになってしまうだけ」(タン氏)。

日本でも「クールジャパン」信仰は強く、キャラクターなどを描いたパッケージでなければアメリカ人に売れないのではとの考えも根強い。ただタン氏は、「伝統的なものこそ売れるし、原料や味、パッケージも変える必要はない。長年続けてきたように作ればわかってもらえる」と指摘する。

成長を続けるボックスは昨年末、アジアの食料品を販売する北米向けのネットスーパー事業「ボックス・グローサリー」を開始した。これに合わせて初めて大型の資金調達も実施。これまではサブスク事業で出た利益を運転資金にしてきたが、アメリカのベンチャーキャピタルなどから2200万ドル(約25億円)を調達し、ネットスーパーの強化に充てる。

ネットスーパーで日本食をより身近に


ネットスーパー事業「ボックス・グローサリー」では、お菓子だけでなくコメや調味料、インスタント食品など食料品全般を扱う(写真:Bokksu )

ニューヨーク近郊のニュージャージー州に倉庫を設け、そこからアメリカとカナダの全域に発送する。まずは常温保存可能な商品から始め、今年半ばには冷凍品や酒類の取り扱いも始める予定だ。現地のスーパーで流通している商品だけでなく、ボックスが独占的に取り扱う商品もそろえる。

今回の資金調達では、食品専門店「久世福商店」などを展開するサンクゼールと資本業務提携を締結。ネットスーパーでは同社の人気商品「あんバター」や「なめ茸」など多数の商材を導入し、共同のプライベートブランドを開発する方針だ。

「私はゲイのアジア人。今回2200万ドルを調達し、1億ドルの企業価値がついた。それを10億ドル以上に育てて、マイノリティでも大企業がひしめくアメリカで成功できることを示したい」。創業者タン氏は大きなアメリカンドリームを抱き、挑戦を続ける。