若者の自動車離れは国内だけでなく、アメリカでも(写真:yamahide/PIXTA)

原油価格の高騰が世界を騒がせているが、長期的には石油の需要は減少すると言われている。その原因として「電気自動車」「自動運転車」「移動のサービス化と言われる送迎サービスや相乗り」がある。自家用車を所有するのではなく、必要なときにサービスを利用する流れのなかで、石油産業や自動車産業はどうなるのか? 人々の新しい移動の形はどのようなものなのか? エネルギー問題の世界的権威であるダニエル・ヤーギン氏の新著『新しい世界の資源地図:エネルギー・気候変動・国家の衝突』より一部抜粋・編集のうえ、お届けする。

自家用車の所有とウーバーの利用を比較すると

将来、車が所有するもの(「移動の製品化」)ではなく、利用するだけのもの(「移動のサービス化」) になれば、自動車産業と石油産業は大きく変わるだろう。


まず、ライドヘイリング(配車サービス)の急速な普及は自動車の保有にどういう影響をもたらすだろうか。これは自動車産業にとって、自動車産業とその周辺産業で働くアメリカの750万人にとって、世界の何千万人という人々にとって、重大な問題だ。すでに前兆と思しき傾向も見られる。アメリカでは、16歳から44歳までの年齢層の運転免許の取得率が1980年代初頭以来、下がり続けている。若い世代ではとりわけ顕著だ。1983年には、20歳から24歳までの92%が運転免許を持っていた。2018年にはそれが80%まで低下した。

この減少の理由の1つには、車を持つことが以前ほど、自分らしさや、ステータスや、一人前になるという面で、切実に必要とされなくなったことがある。自動車はもはや自由と自立の象徴ではなくなっている。デジタル世界とソーシャルメディアが今ではそのための場を提供しており、自動車はますます実用的な道具と化し、野心とか、達成とか、「自己」とかの表現ではなくなっている。もはや若者を家や親のもとから解き放つ「一人前のおとな」の乗り物ではない。かつては、恋愛生活の中心に自動車があった。アメリカでは結婚のプロポーズのおよそ4割が車の中でされていると言われた。現在、結婚の3分の1は、オンラインでの出会いやデートアプリによってもたらされている。

もう1つの理由は、お金だ。自動車は買うときにお金がかかるだけでなく、買ってからも、毎年、燃料代や、保険料や、修理代など、かなりの維持費がかかる。奨学金を返済している若者や、「ギグ」の仕事で糊口をしのいでいる若者にとって、そのような負担は余計だろう。

経済性を比較してみよう。例えば、年間の平均走行距離が2万キロほどだとする。そうすると、燃料代などもろもろの費用を合わせた年間の維持費は、だいたい7000ドルくらいになる。7000ドルあれば、ライドヘイリングのサービスを(平均的な利用距離で)約600回、つまり1週間に約12回、毎日約2回、利用できる。もちろん、ウーバーやリフトの車にいくら乗っても、中古車として売ることのできる自家用車と違って、残余価値は生じないし、所有の喜びもない。

電気自動車、配車サービス、自動運転車

運転免許の取得と自動車の購入は避けられているのではなく、先に延ばされているだけという可能性も、もちろんある。今の30代以下が年を取って、経済的に余裕ができれば、自動車を買うようになるかもしれない。結婚するのも遅く、子どもを授かるのも遅くなってはいても、やがては結婚して、子どもを授かり、郊外へ引っ越し、SUVを購入して、子どもの送り迎えをしたり、車で出かけたりするようになる。加えて、車を「所有」したいと思う人も多いかもしれない。また、それとは別に1つ注意したいのは、ライドヘイリングによって総走行距離が減るとは限らないことだ。むしろ逆に、総走行距離は増える可能性が高い。ライドヘイリングのサービスがどこでも簡単に使えるようになれば、そのぶん車の利用は促される。バスや地下鉄に乗る人は減って、自分で運転しなくても、個々の自動車で移動する人が増えるかもしれない。

自動車は石油同様、世界的な産業だ。アメリカや、欧州や、日本の情勢だけでは話はすまない。中国では、徹底的な渋滞対策が講じられていながら、今なお、人々が車を所有したいという強い願望を抱いている。そして、忘れてならない大きな国がもう1つある。インドだ。

インドには現在、4800万台の自動車しかない。これは人口がほぼ同じである中国の2億4000万台に遠く及ばない。しかしインドは巨大な新興市場であり、なおかつ、人口に占める若年層の比率が中国より格段に高い。道路網の整備も中国よりはるかに遅れている。今後、経済成長に伴って、所得が増え、インフラの整備が進めば、とてつもない数のインドの若年人口が、世界の自動車産業や石油産業に大きな影響を及ぼすことになるだろう。

「トライアド」(三本柱)と呼ばれる電気自動車、ライドヘイリング、自動運転車の融合は、実現にはまだほど遠い。電気自動車が市場シェアでガソリン車に追い付くにはかなりの時間がかかるだろう。今後も、人々は自分の車を所有し、自分で車を運転したいと思うかもしれない。自動運転車の大規模な実用化は緒に就いたばかりだ。

それでも、この新たな融合の予兆と言える動き──提携、買収、投資──はすでに目まぐるしくなってきている。参加プレーヤーには、アップルやグーグルといった大企業のほか、新しいライドヘイリング会社や、既存のテクノロジー企業、ベンチャーキャピタリストの出資を受けるスタートアップ、大学、それにもちろん、将来も中心的な存在であろうとしている自動車会社が名を連ねる。

自動車会社がリスク回避的な理由

ラリー・バーンズの考えでは、伝統的な自動車会社は「移動革命」に対応するのが5年遅れた。

「自動車会社はハードウェアを作る会社だ」とバーンズは言う。「ハンドルや、ヘッドライトや、ドアの取っ手を設計している。そういう作業をすべて同じ建物の中で同時に行って、暑くても寒くても、夜でも昼でも、何十万キロでも走れる自動車を組み立てるのを得意とする。しかし、自動運転は基本的にソフトウェアとマッピングの問題になる。そのためにはたくさんのコンピュータコードを書かなくてはならない。それは自動車会社が得意とするところではない。自動車産業の動きが鈍かったのは、デジタル技術に精通していなかったことや、コンピュータやビッグデータに関する能力が足りなかったことが原因だ」。

ほかにも大きな要因があった。自動車メーカーは厳しい規制のもとに置かれており、へたをすると、莫大な罰金を科されたり、集団訴訟を起こされたりする。したがって、製品の特性上、どうしても用心深く、慎重になり、リスク回避的になる。

「数年前、あちこちで『この戦いではテクノロジー企業が勝ち、古いプレーヤーが負ける──以上』という記事が書かれました」と、ビル・フォードは言う。「ですが、話はそんなに単純ではありません。車両アーキテクチャと頭脳部、つまり自動運転システムとを、適切に組み合わせる必要があります。一方を変えたら、もう一方も変えなくてはなりません。そうしないとミスマッチが起こります。2つをうまく連携させる必要があります」。

最近相次いでいる数々のタイアップには、新しい世界に備えようとする切迫感と同時に、その複雑さが示されている。「存亡に関わる問題」と、トヨタのCEO豊田章男は言う。トヨタは自動運転の研究でマサチューセッツ工科大学およびスタンフォード大学と10億ドルのパートナーシップを結び、さらにウーバーにも出資する。グーグルは自動運転車の開発部門を分社化して、アルファベットの子会社とし、ウェイモを設立した。そのウェイモはリフトと提携して、アリゾナ州フェニックスで自動運転タクシーサービスを立ち上げている。

フォードは一連の買収に加え、10億ドルを投じて、AIの開発企業アルゴAIを買収した。アップルは中国のディディに10億ドル出資し、アウディと、ダイムラー、BMWの3社はノキアから地図情報事業を31億ドルで取得している。GMはリフトに5億ドル出資したほか、起業してからわずか3年ほどのスタートアップ、クルーズ・オートメーションを10億ドルと報じられる金額で買収した。

テクノロジーだけでなく投資の規模も、提携を推し進める理由になっている。フォードは自動運転車や電気自動車の開発でフォルクスワーゲンと提携した。「同じ認識にたどり着いた」とビル・フォードは言う。「巨大な世界に我々は入ろうとしています。市場の潜在的な規模はまさに巨大です。ですが、必要とされる資金の潜在的な規模もまた巨大です。どんなにバランスシートの規模が大きくても、1社では到底手がけられません」。

自動運転車に休憩は必要ない

自動運転車とライドヘイリングの融合を図る大きな理由の1つは、経済性だ。ライドヘイリングでは、ドライバーの人件費に一番お金がかかる。ドライバーを省けば、移動サービスの提供コストを下げられる。もちろん、「自家用車持ち込み」のドライバーへの支払いをなくしても、それによって得られるコストの削減効果は、車を購入しなくてはならないことによって、ある程度相殺されるだろう。それでも自動運転車には、ほぼ一日中、昼も夜も、サービスを提供できるという大きなメリットがある。自動運転車は休憩したり、睡眠を取ったりする必要がない。

ここで生きてくるのが電気自動車の強みだ。電気自動車は車両の価格ではガソリン車より高いが、1マイルの走行にかかる費用はガソリンより安い(内燃機関の燃費が大幅に改善されない限りは)。したがって、たくさんの車をほとんど休みなく走らせ続けるというときには、電気自動車の魅力が増す。加えて、再充電の問題も、大規模充電ステーションの設置で解決できる。

「人間が、ある場所からある場所への物理的な移動を必要とすることは、これからも変わらないでしょう」とGMのメアリー・バーラは言う。「ですが、移動の手段は多様化します」。バーラが最終的に目指しているのは、「事故ゼロ、排出ゼロ、渋滞ゼロの世界」だ。彼女に言わせると、その世界では自動電気自動車が中心になるという。とはいえ、GMにとってそのような目標の実現はたやすいことではない。ほかの自動車メーカーと同様、毎年世界中で何百万台という車を販売していて、そのほとんどすべてが従来型の車──ドライバーを必要とし、石油で走る車──で占められている。

世界の大手自動車メーカーは生き残りをかけて、新しい移動の世界で地位を死守しようとするだろう。一方、中国やインドの自動車メーカーにとっては、世界に打って出てグローバルな企業になる道が開かれる。

しかし次の1兆ドル市場を探す大手テクノロジー企業が、ソフトウェアやプラットフォームの知識と豊富な資金力にものを言わせて、移動産業の盟主になるかもしれない。必ずしも製造ではそうならなくても、産業全体の覇者にはなりうる。現に、アップルは今もスマホを製造しているわけではない。

「オートテック」企業の誕生

ここから誕生するのが、自動車技術とITを組み合わせた「オートテック」と呼ばれる新しい分野の企業だ。自動車の製造から、フリートマネジメント〔商用車両の調達・運用・管理〕やライドヘイリングまで、垂直統合される場合もあれば、戦略的な企業連合が形成される場合もあるだろう。この新しい企業のもとでは、さまざまな能力──製造、データとサプライチェーンの管理、機械学習、ソフトウェアとシステムの統合、世界各地での品質の高い「移動サービス」の提供──が巧みに組み合わされることになるだろう。

今のところ、まだ、転換点には達していない。新しい技術と新しいビジネスモデルの恩恵が大きく勝って、石油燃料の自家用車という長年の支配モデルが廃れるという段階にはいたっていない。いまだに大量の車が自家用車として購入されているし、従来型の企業も営業を続けている。それに、エンジン車の燃費の大幅な向上という「帝国の逆襲」もありうる。

ひと言で言えば、自動車──と燃料供給者──の世界が、新しい競争の舞台になったということだ。もはや単に消費者に自家用車を販売するだけの競争ではなくなっている。単なる自動車メーカー同士の競争でもなければ、ガソリンブランド同士の競争でもない。

競争は多元化している。ガソリン車と電気自動車の競争であり、自動車の個人所有と移動サービスの競争であり、人間が運転する車と無人の自動運転車の競争でもある。その結果が、技術とビジネスモデルの闘いであり、市場シェアをめぐる争いだ。変化は徐々にだが、確実に起こっている。攻勢をかけているのは電気だ。石油はもはや無敵の王者ではない。ただし、もうしばらく、運輸産業は広く石油の影響下に置かれるだろう。

新しい移動は大きな混乱も招くだろう。「移動の製品化」から「移動のサービス化」への移行が進めば、個人による車の購入は著しく減る。一方で増えるのは、業者による車の購入だ。その車の稼働率は5%ではなく、70%や80%だから、業者による車の購入台数の増加によって、個人による車の購入台数の減少は補えない。世界中に張りめぐらされている従来型の自動車のサプライチェーンは、商売の競争よりも、ロボット工学や3Dプリンタといったイノベーションやテクノロジーによって大打撃を被りうる。

タクシードライバーの大量失業

「移動のサービス化」は利用者には便利である反面、自動運転車が導入されれば、労働力に甚大な影響を及ぼすだろう。タクシードライバーや、ウーバーやリフトやディディのドライバー、ガソリンスタンドの店員、自動車ディーラーの販売員、自動車工場の労働者、乗客が減る公共交通機関の職員といった人々が大量に失業する。それらの人にはどういう新しい職が用意されるのか。失業の責任は誰が負うのか。年金はどうなるのか。

今後、どういうことが起こりうるかは、営業許可証(メダリオン)を購入して商売をしているタクシードライバーたちの身にすでに起こっていることに、はっきり示されている。従来、タクシードライバーは廃業の際、メダリオンを高い値段で売って、退職後の生活資金を得ていた。ところが近年、メダリオンの価格が購入時よりもはるかに下がってしまい、退職後に必要なお金が得られなくなっている。

世界の自動車産業そのものの未来も、まったく不透明だ。自動車産業界のパラダイムでは、新興市場の成長と成熟市場の買い替え需要が前提にされている。自動車の新しいモデルは、普通、5年から7年の周期で投入される。しかしそれを上回る速度で未来図は変化している。

現在の自動車産業のビジネスモデルは誰よりもヘンリー・フォードによって築かれたものだ。フォードが言ったように、当時、顧客に何が欲しいかを尋ねていたら、顧客は速い馬が欲しいと答えていただろう。

ヘンリー・フォードのビジネスモデルは100年以上、生き延びてきた。「かなりのロングランでしたよね」と、ひ孫のビル・フォードは言う。しかし、このビジネスモデルに関わることが「すべて変化」している。「所有の形態も変化していますし、車両の推進システムも変化しています。我々のビジネスはあらゆる点で変化の波を被っています」。

電気自動車の「需要」は政策に左右される

「いくつかのことは、とてもはっきりしています」と、フォードは付け加える。「1つは、時代の流れが電動化に向かっていること。もう1つは、自動運転が実現しようとしていること。ただし、いつになるかは議論が分かれるところです。ですが、この新しい世界の周りでどういう関連事業が発達するかは、はっきりしていません。いまだにすべて可能性の段階、実験の段階です」。

「わたしはさらに100年、フォードを存続させたいと思っています。ですが、我々のビジネスは小回りが利くものではありません。確実なことが多いほど、都合がいいビジネスです。残念ながら、我々は今、確実なことが多いとは言えない世界に生きているようです」

自動車メーカーは何を、どれくらいのペースで作ればいいか、何に資金を投じればいいか、模索を続けることになるだろう。政府の政策にも対処しなくてはいけない。政府の規制でエンジン車の値段が上昇する一方、電気自動車に補助金が出されたり、電気自動車の生産割り当てが定められたりしている。

しかし電気自動車の販売台数が増えるにつれ、補助金の総額は膨らむ。政府はいずれ補助金を削らざるをえなくなるかもしれない。コロナ禍で政府負担が急増している状況ではなおさらだ。そのとき、電気自動車に対する消費者の購買意欲にどういう影響が出るかを、自動車メーカーは考えておかなくてはならない。しかし少なくとも今のところ、電気自動車の「需要」は消費者によってではなく、おもに政府によって、気候問題や都市の大気汚染や渋滞の問題をめぐる政府の政策によって支えられている。

今後、自動車の製造と、フリートマネジメントやライドヘイリングやソフトウェアプラットフォームが、何らかの仕方で組み合わさるようになるだろう。その形態はさまざまなものになりうる。しかしその中からきっと、これまでになかったタイプの企業、すなわちオートテックによって変貌を遂げた世界を体現する大規模なモビリティ企業が、登場するはずだ。

(ダニエル・ヤーギン : IHSマークイット副会長)