スーパーエース・西田有志 
がむしゃらバレーボールLIFE  Vol.2(3)

(第2回:「海外だけが正解じゃない」と話す理由>>)

 バレーボール世界最高峰のリーグ、セリエAのヴィボ・ヴァレンティアでプレーする日本代表の西田有志。ケガによる離脱もあったが、1月13日の約2カ月ぶりの実戦でいきなりサービスエースを決めるなどド派手に復帰。12得点を記録して健在ぶりをアピールした。


セリエAのヴィボでチームメイトとハイタッチする西田

 西田は昨夏の東京五輪終了後の9月にイタリアへと出発した。当日の様子を伝えた自身のYou Tubeチャンネルの動画の中では「緊張ばかりであまり楽しくなくなってきた」とコメントしていたが、実際はどうだったのか。

「すべてが初めてだったので、『無事にイタリアに着くのか』というところから心配でした。案の定、ワクチン接種を受けていればPCR検査はいらなかったはずが、いきなりルールが変わって『渡航前に陰性証明書がいる』と言われて。あやうく渡航日が変わるところでしたよ(笑)。いろんなことがあって家族と話す時間もなかったですし、出発の頃には疲れていましたね」

 ようやく乗り込んだ飛行機の中ではコミュニケーションも心配していたようだが、チームが歓迎会を開いてくれ、「アットホームに受け入れてくれて、すごくやりやすかったです」とすぐに溶け込むことができた。ただ、到着から約1週間はインターネットがつながらず、やることがなさすぎて寂しい思いをしていたという。

 その頃、セリエAで7年目のシーズンを送る石川祐希(ミラノ)と話す機会があり、現地の生活に必要な"あるもの"を買ってもらうことになった。

「調味料ですね。イタリアはオリーブオイルと塩とブラックペッパーというのが主で、それでもよかったんですが、やっぱり他の調味料もほしかったので。最初は『服がないから、なんか買ってください』と頼んだんですが、『服はちょっとアレだけど、食べ物系だったらいいよ』という話になり、『じゃあお願いします』と」

 日本代表の主将である石川とのフランクなやりとりを明かした西田だが、買ってもらった調味料を使って作るのは「やっぱりパスタ」で、「栄養にこだわって、とかではなく、自分の食べたいものを作ってます。レストランにも行きますが、パスタはすごく美味しいですよ」と、イタリアでの食事に満足しているようだ。

【石川と初めて敵チームとして対決】

 バレーに関しては、練習から大きな違いがあったという。イタリアではボールを使っての練習が1時間半くらいしかなく、「その代わり練習の中身が濃い」と口にした。

「チームにもよるでしょうが、日本での練習はもっと長く、ケガにつながる原因のひとつなので見直すべきところがあると思います。練習に"質"を求めるのが当たり前になっているなかで、"量"を求めるのは時代に逆行している。昔より試合数も増えていますからね。それをどう受け止めるかは各チームの考え次第かもしれないですけど、イタリアでの練習方式には取り入れるべきところがある」

 イタリア式の練習で状態を高め、セリエAの第1節でいきなりデビュー。その試合では開始直後に初得点を奪い、第4セットには3連続サービスエースも決めるなどチームの勝利に貢献した。チーム2位の16得点を挙げたその試合について、西田は次のように語った。

「通常の試合と同じで、ネガティブなイメージはなく、勝つことにしかフォーカスしていませんでした。得点数も大事ですけど、それ以外の数字で見えないところでも貢献しようと。初めての環境でやる初めての試合で、あれだけ(状態が)戻っていてよかったです」

 11月3日には石川との"日本人対決"が実現する。


昨年11月の直接対決で、記念撮影をした西田(左)と石川

 石川が所属するミラノがストレート勝ちした一戦は、日本のバレーボールファンにとって大きなニュースになったが、そこも「特別な意識はなかった」と振り返る。

「祐希さんと別チームで対戦するのは公式戦では初めてでしたが、チームスポーツですからね。個人競技だったらもう少し意識するかもしれないですけど。(サーブで石川を狙うといったことも)まったくせず、選手の間を狙うことしか考えていませんでした。だから、ファンの方々が期待するような感想はないんです(笑)。

 でも、試合後は『今日のプレーこうだった』といった話をしました。その日の試合以外でも、お互いの状況については連絡をちょくちょく取り合っていますよ」

【美容院で経験した"日本人あるある"】

 そんな西田も、イタリアですぐに"先輩"になった。昨年12月、日体大2年の高橋藍がセリエAのパドバに加入。西田は郄橋がイタリアに着いた時に電話をかけ、アドバイスをしたという。

「藍が英語を話しているところをあまり見たことがなかったので、『コミュニケーションは大丈夫かな』と思ったんですが、通訳がいるとのことだったので、じゃあ大丈夫だろうと。もともと、すごくコミュニケーション能力がある選手ですから、今は溶け込んでいるでしょうね」

 当の西田に通訳がついていたのは、チーム合流後の3日間だけ。それでも「心配でしたけど、普通にコミュニケーションできましたね。最初は英語で、最近はバレーに関することはイタリア語でやり取りすることができます」と順応しているようだ。

 ただ、当初は思わぬところで言葉の壁を感じたという。西田は現在、金髪に近い形でパーマをかけている。美容院では自分でオーダーしているそうだが、初めて訪れた時は「角刈りにされました」と苦笑いした。実は、石川もイタリアに渡ったばかりの時は美容師に要望が伝わらず、同じように角刈りにされてしまった過去がある。

「最初はカットに関するイタリア語を覚えて、わからないところは英語で伝えたんですが、『日本人は頭の形がこうだから、この髪型は似合わないよ』と言われ、『じゃあ、もう勝手にして』と任せたら角刈りに......。イタリアでの"日本人あるある"なのかもしれませんね(笑)。いい経験になりました。2回目以降はうまくいっていますよ」

 プレーは最初から好調で、第6戦では、第7節11月21日のルーベ・チヴィタノーヴァ戦の第2セットで左足を負傷。そのまま途中退場となった。

「調子よくやれてると思っていた矢先でした。自分としては、ストレッチやウォームアップも十分にやって臨んだんですけどね。試合前は痛みもなく、その箇所が張っていたわけでもなかった。それでも、ああいうことが起こり得るんだと思いました」

 インタビューを行なった時点ではまだ復帰前だったが、「ジャンプもできて、高さも落ちているわけではなくいい形に戻ってきています。日本からトレーナーさんに来てもらって治療してもらっていましたが、昨日、ちょうど帰られたところです」と状況を語った。

【「サポーター」に届けたいこと】

 同時に、ケガをした原因については次のように考察した。

「こっちの体育館は暖房がつかず、冬の試合時の気温は10度前後。チェンジコートした時に体が冷えたことがケガの原因なんじゃないかと考えています。ただ、海外ではそれが普通なんでしょうし、対応できなかった自分が悪い。

 ケガをしてすぐ、(西田とスポンサーシップ契約を結んでいる)ザムストさんから、ふくらはぎのサポーターを送っていただきました。ふくらはぎを冷やさないように、筋肉をいいテンション(筋力が発揮できる状態)で保つために、今ではそのサポーターを練習やトレーニングで必ず着けるようにしています」

 復帰を目指している最中の昨年12月には、自らの「サポーターズクラブ」を開設した。月額680円については「微妙なところかもしれませんが、自分を安売りしたくはなかった」とし、「その金額でも満足してもらえるようなサービスにします」と宣言した。

「日記、限定動画、オンライン配信、グッズの先行販売など、さまざまなことをやっていきたいです。さらに先になると思いますが、僕のファンには海外の方も多いので、海外バージョンも作る予定です。いつか、また僕が日本でプレーすることになったら、海外のファンたちに向けたツアーを企画するなどもいいですよね。

 これまでのオンライン配信では、技術やメンタル、プライベートな話も結構しています。サポーターズクラブに入ってくださるのは、自分にそれだけ価値を感じていただいているということなので、本当にうれしいです」

 YouTubeチャンネルでもプライベートについて明け透けに話す西田だが、イタリアでの初めてのクリスマスについては、「チームにコロナの陽性者が出たので、選手全員が自宅隔離になった」という。ただ、「僕は今までもずっと"クリぼっち"でしたからね(笑)。一昨年は天皇杯の決勝があったし、クリスマスを誰かと過ごすのは憧れです。羨ましいな、と思いますよ」と笑顔で語った。

 迎えた2022年。早々にコートに復帰し、さらなる飛躍を期す今年の抱負として「自分らしくやっていくこと」を挙げた。

「昨年は、東京五輪は最高でしたけど、それ以外はケガとリハビリばかりで、プレーよりリハビリをしている時間のほうが長かった。昨年より状況が悪くなることはさすがにないと思うので、この1年は前を向いてやっていきたいです!」