『ドクター・フー』ラッセル・T・デイヴィスが手掛ける異色の英国ドラマ『2034 今そこにある未来』とは

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英EU離脱(ブレグジット)後、2019年〜2034年までの15年間の社会情勢と、4世代にまたがるライオンズ家の変化を風刺とブラックユーモアで描いた異色の家族ドラマ『2034 今そこにある未来』。英BBCとHBOの共同製作による刺激的かつ痛烈なアイロニーに満ちた大問題作が、現在スターチャンネルEXで独占配信中だ。

批評家からも高い評価を獲得した本作は、トランプ前大統領を思わせる政治家をエマ・トンプソンが演じるほか、ロリー・キニア、ジェシカ・ハインズ、ラッセル・トーヴィーといった英国ドラマでもおなじみの演技派俳優が共演。

思わずどのキャラクターにも「わかるなあ」と共感を覚える等身大の一般市民を体現する一方で、ドラマは現実の政治や世界情勢を反映した冒頭から、時代は未来へと進んで行く。巧みな脚本による仮定としての未来の悪夢は、ぞっとするほどのリアリティに視聴者が思わず不安を覚えてしまう作りが秀逸だ。

物議を醸しながらも非常に優れた脚本を執筆し、製作総指揮を手がけた本作のクリエイターがラッセル・T・デイヴィスである。デイヴィスと言えば、英国が誇る国民的番組にして世界中に熱心なファンを持つ長寿SFシリーズ『ドクター・フー』。そう思った人は間違いなく英国ドラマ贔屓に違いない。無類のテレビっ子だったデイヴィスは、1963年から始まった同シリーズの大ファンだったという。

その情熱から連続ドラマとしては16年ぶりとなる新シリーズ『ドクター・フー』の実現に尽力し、現在まで続くヒットシリーズへと番組を牽引した。いわばデイヴィスがいなければ現代の『ドクター・フー』は存在しなかったと言っても過言ではないのだ。2010年からはスティーヴン・モファットにバトンタッチしていたが、2023年からは再び同シリーズの製作総指揮に戻ってくることが2021年9月に発表されて大きなニュースになった。

ここで、現代の海外ドラマを語る上で欠かすことのできないヒットメイカーにして、優れたクリエイターの一人であるデイヴィスについて少し説明したいと思う。映画なら監督の名前で作品を選ぶ人も多いと思うが、TVシリーズの場合はクリエイター、ショーランナーの名前が作風や質を担保する指標となる。ライアン・マーフィー、ションダ・ライムズなどのビッグネームと同じく、「デイヴィスの作品だから観る」という海外ドラマ上級者も少なくないはずだ。

デイヴィスの初期の代表作として、1999〜2000年に放送された同性愛をテーマにした伝説的なドラマ『Queer as Folk(原題)』がよく知られている。この作品はアメリカでリメイクされて大ヒットを記録し、時代を先取りする意欲作として今日に至るまで高い支持を得ている。

また『ドクター・フー』のスピンオフ『秘密情報部 トーチウッド』や『サラ・ジェーン・アドベンチャー』なども手がけて成功に導いている。SFが目立つが人間ドラマに定評があるデイヴィス作品の特徴は、人種や性的マイノリティ、障害者やジェンダーなどに関して、もう20以上も前から今日的な価値観がしっかりと作品のベースにあることだ。それは前述のSFシリーズにも言えるし、近年の賞レースを席巻した『IT'S A SIN 哀しみの天使たち』といった秀作ドラマを見てもよくわかる。

ちなみに『2034 今そこにある未来』ではシングルザマーで生まれつき脊髄に問題があり車椅子生活のロージー役に、実際に肢体不自由である俳優のルース・マデリーを起用している。また映像業界が現在のように人種や性的マイノリティの人材も包括的に考えるようになるずっと前から、デイヴィスは自身の作品に積極的に起用している。

そんなデイヴィスの思い入れが感じられるスターチャンネルEXで配信中)は、"ソープ事件"と呼ばれる政治スキャンダルをヒュー・グラントとベン・ウィショー共演で描いた風刺ドラマ。同性愛が違法だった時代に元恋人の殺害を共謀したとして裁判にかけられた国会議員の物語は、コーエン兄弟風のシニカルなユーモアに満ちたブラックコメディ調ではあるが、同性愛者に対する世間の偏見や憶測で書き立てるマスメディアの罪深さへの痛烈な批判が効いている。

スターチャンネルEXで独占配信中)は、1980年代のロンドンを舞台にHIV/エイズの大流行に翻弄される若者たちの10年を描き、イギリスで社会現象を巻き起こした話題作。デイヴィス自身の経験を反映しながら、困難な時代を支え合って精一杯生き抜いた若者たちの青春は、ただ悲劇的なだけでなく夢も希望も幸せな瞬間もたくさんあったことを伝えるからこそ、胸を打つ群像劇として人気評価ともに高い。

こうした流れの中で生まれた『2034 今そこにある未来』は、『IT'S A SIN』ほかの作品のようにとりわけ性的マイノリティの苦境を伝える強烈なエピソードも描かれている。いわばデイヴィスらしいメッセージ性や作風がわかりやすい一方で、かつてないほど挑戦的でもある。その過激さやとりわけテクノロジーを皮肉ったダークさは、『ブラックミラー』や『ウエストワールド』に通じるSFの要素、テーマも読み取れるかもしれない。

こうした非常に多岐にわたる要素を盛り込みながら一つの物語としてまとめ上げる脚本こそが、デイヴィスの底力と言えるだろう。そして彼の物語から強く感じられるのは、過激な発言で注目を集める人気コメンテーターから政界へ進出し、首相にまで上り詰める本作の影の主役とも言うべきヴィヴィアン・ルックのような、国家を破綻へと導くナショナリストの予備軍はいくらでもいるのだというリアルな恐怖だ。

このドラマは最初から最後まで"家族の物語"として描かれているが、なんとなく遠いことのように感じられる首相や世界情勢が、一般市民にどれほど大きな影響を与えるのかということを視聴者に再認識させる点が肝と言える。社会に不穏な空気が蔓延し、世界が悪い方向へ向かう中で、ライオンズ家の暮らしもまた問題が次々と生じて悪化するわけだが、本作でデイヴィスが訴えているのは、一般市民が政治や社会に対する無関心や無知が何を招くのかということなのだ。

ヴィヴィアン・ルックは最悪の指導者ではあるが、そもそもそのような人物を首相に選んだのは誰なのか? 今ある社会はすべて自分たちが作り上げたものであり、その責任は主に大人にあるのではないのか。そして一度去っても危機はまたいつでも何度でもやってくるのだと現代社会へ警鐘を鳴らす。それはCOVID-19で世界が大きく変わり、世界中の人々が目の前にある日々の生活に気を取られることがより多くなった今だからこそ、改めて心に留めておくべき重要なメッセージでもあるだろう。

『2034 今そこにある未来』(全6話)配信・放送情報

■配信:「スターチャンネルEX」
<字幕版>配信中
※1月7日〜2月5日(土)は第1話を無料配信
<吹替版>3月より全話配信開始
HP:https://ex.star-ch.jp/special_drama/STufq

■放送:BS10 スターチャンネル
【STAR1 字幕版】1月26日(水)よりスタート 毎週水曜日23:00ほか
※1月23日(日)18:00に第1話を先行無料放送
【STAR3 吹替版】1月25日(火)よりスタート 毎週火曜日22:00 ほか
※第1話は初回無料放送
HP:https://www.star-ch.jp/drama/2034/sid=1/p=t/

(今 祥枝/Sachie Ima)

Photo:

『2034 今そこにある未来』© Years and Years Limited 2019
『英国スキャンダル〜セックスと陰謀のソープ事件』(c)2018 Sony Pictures Television Inc. All Rights Reserved.
『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』© RED Production Company & all3media international