筋金入りの「オタク」の男性が結婚したお相手とは?(イラスト:堀江篤史)

新宿駅から電車で40分ほどかけて東京郊外のターミナル駅に着いた。目指したのは大通りから少し入ったところにある雑居ビル。今回の取材先男性が経営する特殊な飲食店を見つけた。

ドアをノックすると、長い金髪に白髪交じりのヒゲをたくわえたメガネ姿の男性が現れた。ダメージジーンズに謎の文字がたくさん入ったシャツ。ただものではない。市原栄一さん(仮名、55歳)は中学生時代からの筋金入りの「オタク」なのだ。

離婚の理由は「人付き合いの下手さ」

店の中にもフィギュアなどのアニメやマンガ関連グッズなどがたくさん置かれている。この店は愛好家たちの社会人サークルと化しているらしい。


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「自宅も同じ市内にあるのでドラクエウォークをしながら歩いて通勤しています。以前、夜中に5時間ほど歩き回ってから帰宅したら、妻から浮気を疑われました。家も犬も私が引き取って別れる、と。浮気なんてしようがないんですが……」

強烈な外見をしているのに言葉を選びながら小さめの声で話す栄一さん。集中力はあるけれど人間関係には不器用な人物のようだ。31歳のときに前妻と結婚するまでは女性との交際経験がほとんどなく、離婚の理由も「人付き合いの下手さ」だったと赤裸々に語ってくれた。

「出版関係の仕事をしていて、仲間と会社を立ち上げたことがあります。ケンカをして私だけ辞めてしまったのですが、『お前が辞めて忙しいんだから手伝え』と言われてやりたくない仕事を嫌々続けていました。あの頃の私は断るのが苦手だったんです。前妻も同じ業界にいる人なので、ウジウジしている私に愛想を尽かしたのでしょう。2人の子どもを連れて出て行ってしまいました」

養育費の支払いを含めて、栄一さんと前妻および息子たちとの交流は続いた。別居したことで関係性はむしろ改善し、「このまま70歳になって、お互いにまだ独身だったら再婚しようか」と軽口をたたくこともあった。

「子どもたちが高校を卒業するまでは(どちらも別の人と)結婚しないという約束をしていました」

これだけなら美しいストーリー展開を想像できるが、この約束を逆手にとって栄一さんは女性遊びを始めた。当時、出版関係のフリーランサーとしてオタク関連の仕事をたくさん引き受け、一時は年収1500万円に到達。地元の「お姉さん系」のお店を飲み歩くことを覚えたのだ。

「夜の11時ごろに仕事を終えてから飲みに行くような毎日でした。収入が増えて気が大きくなっていたんですね。カードの引き落としが月に90万円ぐらいあった時期もありました。複数の女性と同時に付き合いつつ、『こういう事情があるから結婚はできない』と言い訳もできます。正直に言うと、50歳ぐらいまではそういう生活を続けていました」

フワフワしたまま老後を迎え、一人きりになるのは嫌

ただし、「仕事がバンバン来る」状況は45歳の頃には終わっていた。栄一さんは惰性で遊び続けながらも「次に付き合う女性で最後にしよう」と思っていたと明かす。

「フワフワしたままで老後を迎えて一人きりになるのは嫌だからです」

二股三股をかけて遊んできたのにずいぶんな言いようである。その自分勝手さを相手の女性たちにも見抜かれたのかもしれない。こちらが本気を示すと姿を消してしまう女性もいた。

どこかで心の拠り所にしていた前妻もこの頃には栄一さんと距離を置くようになり、成長した息子たちとも会いにくくなった。栄一さんが自分たちの存在を言い訳にして遊び歩いていたことを察していたのかもしれない。

そんなときに馴染みのスナックで出会って親しくなったのが現在の妻である美里さん(仮名、43歳)だった。長くホステス業をしてきた女性で、スナックの中では「オタク客担当」。他の女性よりはアニメやマンガに詳しいと栄一さんも認める。栄一さんはエロ系の仕事もしているが、それも笑って認めてくれた。

「妹みたいな存在でしたね。気にはなるけれど、女性としては見ていませんでした」

なぜか上から目線の栄一さん。50歳の頃には一念発起して現在の飲食店を開業した。当初、美里さんもアルバイトとして手伝ってくれ、辞める頃に付き合い始めた。

「彼女がアルバイトを辞めた理由は、私の接客姿勢の悪さです(笑)。彼女は接客業でのキャリアが20年もあるので、客の注文を忘れたりする雑な私が我慢ならないのでしょう」

美里さんが結婚を決めた理由

ではなぜ美里さんは栄一さんと結婚することに決めたのか。栄一さんが飼っているオスのミニチュアダックスに惚れ込んだらしい。この家庭は今でも犬をかすがいにして成り立っているようだ。

「夫婦で犬を猫かわいがりしているので、毎日の会話は楽しいですよ。犬が思っているだろうことを想像してアテレコするんです。『お姉さんはずっと寝ているんだから、まったく!』とか『お兄さんと散歩に行ったらウンチが止まらなくて大変だったんだよ〜』とかですね。ちなみに私たちのことはお兄さん、お姉さんと呼ばせています(笑)」

アニメオタクの面目躍如な会話である。なお、2人が住んでいるのは栄一さんの実家であり、87歳の母親も同居している。認知症を患いつつも、息子のために洗濯をしたり朝食を作ったりすることを張り合いにしているようだ。夜型で生活習慣も異なる美里さんは義母とぶつからないためにも朝食などには参加せず、夜遅くに店から帰ってくる栄一さんのために食事を作ってくれるという。そして、彼らの間にはつねに愛犬がいる。

「もう14歳です。私たちの子どものような存在なので、いなくなってしまったらどうすればいいのでしょうか。怖すぎて話題にもできていません」

やがては犬だけでなく母親も旅立ち、広い家に栄一さんと美里さんが残される。夫婦だからと言って2人だけで向き合い続けているわけにもいかない。それぞれが志を持ち、お互いを尊重していたわり合う関係でありたいものだ。

ホステス業を辞めた美里さんはアクセサリー作家として活動中。一方の栄一さんにも目標ができた。店に来る客たちはマンガやアニメのファンでありながらも職業はバラバラで、さまざまな話を聞かせてくれる。それを参考にしながらマンガの原作を書くのだ。

「実は、原作は昔からずっとやりたかったことなんです」

今日の取材でいちばん元気な声で話してくれる栄一さん。50歳までは長すぎる青春時代を過ごしていた。いま、家計を支えつつ、自らの夢も追いかけ、美里さんの作家活動も応援したいという。この姿勢があれば、試練があっても夫婦関係は揺るがない気がする。

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