4Aは間違いなく存在します!

全日本フィギュアスケート選手権、男子シングルフリー。僕はようやく羽生結弦氏の「天と地と」をこの目で見る機会を得ました。初めて実際に見る、いつの日か「すべてを超える」だろうプログラム。素晴らしい出来栄えと、国内参考記録ながらも自己ベストに迫る高得点。それでいて、いまだ未完成であるという「夢」の演技でした。未来に視線を惹きつけられました。この夢の行く末を見逃すわけにはいかない、頑張って生きよう、そう思いました。素晴らしい演技をありがとうございました!


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この日は公式練習に間に合うように僕も早めの現地入りを心がけました。すると、すでにさいたまスーパーアリーナの周囲には驚くほどの数の人が列を作っています。折からの寒波はビルとビルの間で加速し、凍てつく吹雪となって列に吹きつけてきます。しかし、誰も心萎えるものなどいません。「絶対に公式練習から見る!」という熱気で寒さを跳ね返していました。

羽生氏の公式練習はいたって静かなもの。トリプルアクセルからトリプルループというコンビネーションを何度か試し、サルコウやトゥループの確認をし、そしてリンクが大きく開けたタイミングには4回転アクセルの軌道でタイミングを計っていました。その軌道は「天と地と」の演技冒頭部分のようでした。動き出してから少し加速をつけ、リンク中央を縦断するように滑っていきます。

数度トライし決まらず。何やらつぶやきながら胸を叩く姿が見えましたが、どうやらそのときは「マジで驚かせてやりたいんだよ!」「今は本番じゃねぇ!」「信じろ!」などと自分自身を鼓舞していた模様。ほかの選手に聞けば「挑む気にもならない」「想像もできない」「怖い」という答えが返ってくるジャンプに挑む羽生氏の発奮材料が、「驚かせてやりたい」だなんて、ありがたくて嬉しくて泣けてきます。

そして、実際に見る最新の4回転アクセルには少しの驚きもありました。4回転半もするのですから、てっきり大きく弧を描いて勢いをつけて跳ぶものとばかり思っていましたが、むしろスピード自体はゆっくりで、軌道もほぼ真っ直ぐ。「天と地と」に合わせる余裕はまだないでしょうから、一番跳べるバランスがこのぐらいのスピードと角度ということなのか。ほほぉ、と唸ります。これまでのアクセルとはまったく違うことをゼロから作っているのだなと改めて思います。

誰かが跳べば一斉に皆が跳び始めるのは、参考になるお手本が誕生するから。羽生氏自身もハビエル・フェルナンデスというお手本を見て、自分のサルコウを磨き上げました。しかし、今挑んでいるのは前人未到の荒野。「本当に3Aの延長線上にあるのか?」という段階からひとつずつ独力で謎を解いてきたものです。近くて遠い道のりが思われます。その道は誰も歩こうとしていない道なのに、その向こうに何が見えるかをたったひとり探しに行ってくれているのです。

マジで驚かせてやりたいから。

諦めてもいいけれど、言っちゃったから。

僕らがキラキラした目で「4A!」「待ってます!」「見てみたい!」と言うものだから、やっぱり見せてやらねばならんなと思ってくれている。コチラも驚く準備をして待たないといけないなと思います。いつ決まるかわからないですが、いつ決まったとしても「今!決めましたよね!うぉおおおお!」と言ってあげなくてはと思います。見せて欲しいとせがんでおいて、「あ、ごめん、見てなかった」とは言えないですものね。いつか来るその日まで見つづける、それはもう羽生氏とファンとの約束だなと思います。




迎えた最終グループ、リンクにやってきた羽生氏は少し装いを新たにした模様。衣装そのものは大きく違っては見えませんが、帯と手袋は紫から黒に変わったようです。「アクセル黒帯」というフレーズがパッと浮かびます。昨年からの演技の進化はいかなるものか。優勝争い、五輪の切符獲りのことは一瞬頭から消え、どんな「天と地と」が描かれ、4Aがどうなるのかに集中します。

冒頭、いきなりの変化が。甲冑を意識したという両腕をクロスさせるポーズこそ変わらないものの、昨年は前へ進んだ滑り出しが、今年は後ろへと下がっていきます。そこからリンクの端まで緩やかに移動すると、ゆったりと反対サイドまでステップを刻みながら滑走し、ほぼ真っ直ぐに4回転アクセルへ。両足着氷で、回転も完全ではありませんが、とにもかくにも実戦の4回転アクセルで立ちました。観衆からは早くも大きな拍手が上がります。

アクセルへの入りの軌道が反転していたことで、以降の演技もちょうどリンク上の位置が反転したような形になっています。昨年は右にいた場面では左に。左にいた場面は右に。テレビ中継の映像などもジャッジ側から映す基本の映像では逆向きが映る格好となり、新鮮さがあります。なるほど、これもまた「魅せる」テクニックですね。

つづくサルコウは出色のデキ。「アクセルを失敗してサルコウも失敗したら負ける」という計算もあったようで(※そんなこたぁないと思うが…)、羽生氏自身のなかでも「勝負所」だったこのサルコウ。これを見事に決め、神演技が本格的に幕を開けます。

中盤の見せ場、トリプルアクセルから始まるコンビネーションジャンプ+トリプルループの連続の場面。ここも入りの軌道は逆位置からでしたが、コンボからループまでの間をさらに詰めることで、立ち位置を昨年の演技の流れに戻してきました。もともと「こんなに連続して大丈夫ですか?」となる局面をさらに詰めるとは。自在力が高い。

ステップシークエンスでは上半身の動きも地面すれすれまで繰り出すなど、表現もさらに雄大に。演技後半に入っての4回転トゥループ+3回転トゥループのコンビネーション、4回転トゥループから始まる3連続ジャンプも鋭い軸で難なく決めます。最後のトリプルアクセルまでどのジャンプも実に美しい。冒頭の4回転アクセルはマイナスがあるとしても、それ以外はほぼ非の打ちどころがありません。歴代屈指です。

終盤は見せ場しかないコレオシークエンス、腕を背中にまわす動きでアレンジしたフライング足換えシットスピン、琵琶の音に合わせてじょじょに羽生氏が天に昇っていくコンビネーションスピンとつなぎます。冒頭の4回転アクセル以外は、どの要素もベストベストで来ているんじゃないかという素晴らしいものでした。昨年の全日本での「天と地と」も素晴らしかったですが、それすら上回る出来だったと確信します。

ジャッジもそう思ったのでしょうか、ジャッジ1番とジャッジ9番は12ある構成要素のうち10個に「5」をつけ、さらに演技構成点でも3項目に「10.00」をつけています。採点表を見ていると何だか僕もジャッジができそうな気分になる演技です。「これは神がかりや…5」「何と美しい…5」「魂震えた…5」「細かいのはもう全部10.00でええわ…」と泣いていればいいような採点じゃないですか。ジャッジ1番とジャッジ9番と座談会でも開きたいような気分です!

↓羽生氏の公式演技動画のコメント欄が歓喜に満ちたロシア語だらけ!


世界が4Aの夢を見始めた!


演技終了を示す最後の琵琶の音を合図に一斉に立ち上がる観客たち。僕の両隣のご婦人は泣いています。僕は足を踏み鳴らしながらガッツポーズをしています。4Aがどう認定されているかは肉眼ではわからなかったものの、これは歴代でもベストの演技だと感じました。それぐらいすべてが美しかった。気になるのは4Aだけです。

スローで見守る4Aの着氷。ひいき目に見ても、これはちょっと苦しいかなとは思いましたが、やはり4Aはダウングレード判定に。さらに出来栄えにもマイナスがついており、得点はわずか4.11点にとどまりました。基礎点12.50点の段階でも「世界初」に対しては評価が低いのに、それがトリプルアクセルのスコアに下げられ、さらに半分になる。挑戦者に対して厳しいルールですが、まぁ致し方ありません。それでも決めたい、そういう夢があるのですから。

ただ、そんな大きな減点がありながらスコアは211.05点を記録しました。単純に冒頭のジャンプが4回転ループでそこそこのデキであったならここから10点以上は増えるわけで、フリーで220点台、トータルでは330点台が出ていた内容でした。今季世界最高記録であることはもちろんですが、新たな世界記録も自然と見えてきます。4Aの進化だけでなく、全体的な仕上がりという意味でも、「羽生結弦2021」が最強だなと大納得です。

予感が確信に変わった、そう思います。夢の4回転アクセルは存在する。確かにある。夢ではなく実行できる。この演技を見て確信しました。現時点でも「気圧の低いとこ行けばいけるのでは?」と思いますし、全日本優勝で正式に切符を手にした北京五輪であれば、さらなるチカラが成功へと導くだろうと思います。

僕の胸にはアルベールビル五輪での伊藤みどりさんの姿が甦っています。五輪において、女子選手が初めてトリプルアクセルを成功させたあの演技。演技全体を振り返る機会は今ではあまり多くはありませんが、あのトリプルアクセルの瞬間は何度も何度も振り返られ、決めた瞬間のみどりさんの弾ける笑顔は胸に焼きついています。

次の五輪、再びそんな名場面が生まれるだろう、そう思います。そのときには「世界初の4A成功、94年ぶりの五輪3連覇、世界最高記録」のすべてが一度に達成されてしまうだろうと思います。4Aが成れば当然そうなります。そんなよくできた話はないだろうと思うかもしれませんが、これまでに成し遂げてきたことを思えば、むしろ、それぐらい上手い話でないと物語がつながらないだろうと思います。

出来栄え不十分で負けすら覚悟したソチ。

怪我によりすべてを出せなかった平昌。

三度目の正直を北京で成し遂げる。

これが生涯最高の演技だと思えるものを歴史に刻みつける。

すべてを超える準備、整いました!



羽生結弦史に残る伝説の試合、見ることができて一生の思い出になりました!