天皇杯準決勝。大分トリニータが川崎フロンターレに延長PK戦の末、勝利した一戦についてひとこと言わせてもらえば、なにを隠そう、試合開始直後、閃いたのだった。この試合は延長戦に行ってしまうかもしれないと。

 後からはなんとでも言えるので、大多数の人は筆者をホラ吹きかと怪しんでいると推測するが、実は誰しもが、そうした経験を持ち合わせているのではないだろうか。スタンドで歌ったり踊ったりせず、独り静かにピッチに漂う気配をうかがいながら生観戦していれば、試合展開が何となく読める瞬間に出くわすことがあるはずなのだ。

 筆者の場合は何試合かに1度、開始直後にしばしば閃く。どういう場合に多いかと言えば、両者間に力関係がある場合だ。川崎対大分はまさにその典型になる。絶対的に優位なのは川崎だ。昨季こそ1勝1敗ながら、今季は川崎の2戦2勝。順位的には1位対18位の対戦だ。予想スコアは2-0。3-0もあり得るとすれば、両者が相まみえた瞬間、それなりの差となって表れるものだ。両者の力関係がそのまま目に飛び込んでくるはずだが、この試合は必ずしもそうではなかった。互角に近い雰囲気を漂わせていた。両者間に存在するそれなりの差を確認することが出来なければ、アレッと違和感に襲われる。その違和感が大きければ、予想を接戦に変更せざるを得なくなる。

 J2降格が決まっているチームだ。蜂の一刺しではないが、爪痕を残そうとする意地もあるだろうが、チームは必ずしも一枚岩ではない。来季の去就が定かでははい選手同士がプレーするデメリットも抱えている。早々に失点し、実力の違いをスコアで見せつけられれば、粘り腰はないと考えるのが自然だ。

 だが川崎は、大分の弱点に付け込むことができなかった。逆に、やりにくそうな表情を浮かべてしまった。右ウイングの家長昭博が、開始早々から持ち場を離れ、逆サイドに出張していった動きにそれは表れている。自身の判断なのか、ベンチからの指示なのか定かではないが、家長はこの動きを、チームの流れが悪いときによく行う。左サイドに多くの人数を割き、そこでボールを保持し、ひとまず落ち着こうとする。だが瞬間、左右のバランスは大きく崩れる。右は山根視来1人になる。チームとしてバランスを崩しながら息を整えようとするわけだ。リスクの大きな対処法と言える。

 功を奏す場合もあれば、奏さない場合もある。この場合はいかんせん、行う時間が早すぎた。試合の流れが悪くなったから行ったと言うより、堪え性がなかったという印象だ。しかも、その表情をこちらのみならず、大分側にまで探られてしまった。精神的によいノリでプレーしていないことが、白日の下に晒される格好になった。

 スタンドから観戦していたこちらも若干、苦戦を強いられた。それは大分の布陣が通常と異なっていたからだ。大分と言えば、布陣は9割方3-4-2-1だ。5バックになりやすい攻撃的とは言えない3バックを専売特許にしているが、この日は中盤ダイヤモンド型の4-4-2だった。その事実を確認するのに少々、時間を費やされたのだ。

 とはいえ、大分は川崎に攻撃的な姿勢で向かってきたわけではない。相手ボールになれば、その中盤ダイヤモンド型4-4-2は、4-3-1-2に変化する。4人の最終ラインと、3人の守備的MFで後方を固めようとする。低い位置で二段に構える布陣だ。

 川崎もこちら同様、その実態を掴むまで、少しばかり時間を費やしたはずだ。家長が逆サイドまで出張することになった理由かもしれない。一発勝負のカップ戦である。普段のリーグ戦より得られる効果は大きい。こう言ってはなんだが、負けてもともとなのは大分だ。思いきった手を打てる立場にある。弱者であるメリットを、片野坂監督は布陣を変更する手段で、最大限活用した。