出前館 取締役/COO 藤原彰二が語る「フードデリバリー戦国時代を勝ち抜くために必要なマーケターの考え方」

50%以下だった認知率が84%へ
――出前館の取締役/COOに就任したのがコロナ禍の2020年6月。就任の話を聞いたとき、どんな感想を持ちましたか。
出前館には営業担当がたくさんいて、私が所属していたLINEにはない強みを持っていると感じました。当時のLINEはサービスを作り出すことが得意な会社で、営業部隊は自社で多く保持せず、他社とのアライアンスに任せるという戦略がありました。その点、出前館は本格的に営業を動かせるのが魅力的でありますが、逆に何か問題が起きても全て自社でクリアにしていかなければならないプレッシャーを感じました。地方拠点を立ち上げてローカライズを進める重要施策においても、営業担当がいま全国で活躍しています。
――課題についてはどうですか。
課題として私が最初に着手したのはマーケティングでした。外部に発表していませんが、入社したときの認知率は50%以下で、知る人ぞ知るサービスだったからです。現在の認知率は84%まで上がりました。
――すごいですね。よく利用するので、認知率が50%以下だったことも驚きです。
私が出前館に行くと家族に伝えたときも、「出前館?何の会社?」という反応でした。認知率の通り全国的には知らない人のほうが多くて、社内にも「競合のUber Eatsさんに負けている」との意識が広がっており、自信喪失気味だったことも課題に感じました。まず自分たちが誇りを持てないと、営業担当も加盟店営業で自信を持った提案ができません。そこでコミュニケーションを活性化させて社内のムードづくりに努めました。
――藤原さんがCOOに就任してから出前館はどう変わりましたか。
私が関与したわけではないですが、まず株主構成が変わりました(大株主はLINE)。私も取締役なので株主の意向に沿った経営をしていますが、まずはフードデリバリー市場のシェアを取りに行く方針に振り切ったのは、大きな変化です。我々が振り切ったタイミングの後でWoltさんやfoodpandaさんら競合が続々と出てきたのを見ると、タイミングがもう少し遅れていたら、トップ2強(Uber Eats、出前館)が抜けた現在の状況を作れず、熾烈な戦国時代になっていたおそれがあります。
次に、会議体を改革しました。先ほど「コミュニケーションの活性化」と申し上げましたが、それまでは会社が少しレガシーな体質で、トップダウンでないと話が進まない傾向にありましたので、ボトムアップの組織に切り替えるとともに無駄な会議を減らして全員が話せる1本の会議体に変更しました。作成した議事録や資料も公開して社内の情報格差がなるべく出ないように配慮しています。
――社員の方が藤原さんになかなか物申せない雰囲気はないですか。
いまだに少しありますね(笑)。近い部署の人は話しかけてきますが、遠い事業部はマネージャー陣くらいまでで、マネージャー以下の人とはなかなかコミュニケーションが取れていないです。テレビ会議はその辺に難しさもありますが、課題として認識しています。
――市場を取りに行くと方針を振り切ったことで、流通取引総額(商品代金と配送料)や加盟店舗数、アクティブユーザー数が伸びたのが1つ。もう1つは社内コミュニケーションの活性化。大きくはこの2つが成果ということですか。
はい。方針が決まっていると社内の認識を統一して取り組めるため、成果につながりやすいと思います。
※出前館2021年8月期 通期決算説明会資料より引用。数字はいずれも発表時。
大人気タレントやトップYouTuberを起用したプロモーションの背景
――次に認知率向上に大きく貢献したCMの話をお聞きします。ダウンタウンの浜田雅功さん、めるる(生見愛瑠)さん、最近ではHIKAKINさん、はじめしゃちょーさんのコラボと、人気者ばかりですね。あらためてなぜ浜田さんを起用したのですか。
起用したというか、実際は私がCOOに就任する前から出前館が浜田さんと契約していたのです。ただ、それまではあまり成果につながっていなかったので、浜田さんの良さが出るようにCMをアレンジしたらオーダーや加盟店の数が伸び、成功事例として受け止められるようになりました。
CM制作にあたっては、課題である認知率の低さを解消するために、「出前館」の連呼を徹底しました。もう1つは20年以上の歴史に基づく安心感と親しみやすさを出前館の強みとして打ち出すため、浜田さんの「親しみやすい大御所」感とうまく合わせることを意識しました。浜田さんが歌う「♪ 出前がスイスイス~イ」というスーダラ節の替え歌効果もあって、認知率は大きく向上。それだけでなく、競合の攻勢に押され気味だった社員の士気も上がり、「ダウンタウン浜田さんのCMでおなじみの出前館です」と自信を持って加盟店営業できるようになりました。
――浜田さんと比較すると、めるるさんのターゲットは若年層に偏っている印象があります。
めるるさんは、テレビに少しずつ出始めた頃に「これから人気が出そう」とピンときて契約した方で、全国の加盟店を紹介するCMに出演いただいています。大御所の浜田さんに対して、「加盟店を育てる」意味で、「加盟店と一緒に育っていく伸びしろのある人」と考えて起用しました。いまではメジャーな存在に成長され、良かったと思います。
――最近はHIKAKINさんとはじめしゃちょーさんのコラボが話題です。急にYouTuberを持ってきましたけど、どういう意図ですか。
2人に関しては私自身がCM制作に携わっておらず、担当したのはアサインまでです。大きな広告宣伝費をかけたプロモーションはもともと3~4カ年計画で考えていて、最初はテレビCMで認知を取り、次はWebに行くと決めていました。認知率が今84%に達したため、Webに強い方に一気に振り切ろうと考えたわけです。調査の結果、Uber Eatsさんとの差の1つに出前館がソーシャルメディアや動画に強くないことがあるとわかりましたので、YouTube、Twitter、TikTokなどから有力な候補者をリストアップして、影響力やリスクなどを調べた上で、HIKAKINさんとはじめしゃちょーさんが適任だと判断しました。後は成果につなげてほしいと思います。
「営業赤字500億円予想」に対する本音
――次に話題の「営業赤字500億円予想」についてお聞きします。いろいろと言われていますが、藤原さん自身はどう捉えていますか。
500億円を使っていくことには大きな責任を感じておりますが、昨今、単身世帯の増加や共働きの家庭も増えていて、着実にデリバリー市場は成長しています。まず一度デリバリービジネスを体験して利便性を感じてもらうフェーズだと思っていますので、一度ご利用いただけるような戦略にコストを投下しております。出前館のサービス自体は大きく成長していますし、競合さんの赤字の状況も概ね把握していて、我々も同じ軸で攻め続けている認識です。海外の事例を見ても、フードデリバリー業界で生き残る事業者は3社くらいですから、ここで後れを取るわけにはいきません。いまはブレずに市場を取ることに集中投資しています。
――著書には「2022年度も赤字は続く見込みですが、2023年度には120億円の黒字を目指しています」とあります。その目標に変化はないという認識でよろしいですか。
そうですね。日本のデリバリー比率は海外と比べて低いので、市場はこれからどんどん伸びていくと思います。仮に今の広告宣伝費ベースでも、流通取引総額が増えれば黒字になります。流通取引総額は2021年8月期で前年比58%増の1627億円、2022年8月期にはさらに約2倍の3300億円を目指していて、あくまで僕の感覚ですが、外食市場20兆円に対して浸透率が10%になったら、市場規模が約2兆円程度で、そのときに出前館はシェアの50%=1兆円を取れているのが理想ですよね。ですから、この先1兆円くらいまで伸ばせるのではと考えています。広告宣伝費はこれ以上使いようがないくらい最大限投資していますので、広告を頻繁に打たなくてもオーダーの伸びにほとんど影響がない状態になれば、後は売り上げが自然と伸びていくはずです。
日本の外食市場、中でもイートインタイプの店舗の売り上げは、コロナや人口減少の影響などで右肩下がりが続いています。そんな厳しいフード業界の中で伸びているのはデリバリーなどごくわずか。我々が市場を作っていくという使命感を持って臨みます。
――次はUIUXのところをお聞きします。ここはヘビーユーザーの1人として言いたいですね(笑)。Uber Eatsは配達員の位置が比較的正確にわかるので自宅インターホンの前で到着を待っていたりできるのですが、出前館は改善の余地がまだ大きいと感じます。確かに出前館はUber Eatsに比べて配達ミスが少ないし丁寧だと思いますが、自分の場合、Uber Eatsを利用しがちなのは、UIUXの滑らかさによるところが大きいです。その点いかがですか。
もちろん現状を認識していて、先ほど「いまは私自身、CMの制作にほとんど関わっていない」と言ったのは、UIUXの改善に重きを置いているからです。ただ、Uber Eatsさんのもともとの母体はタクシーで、位置情報の領域に慣れていらっしゃいます。一方、出前館はまだ1~2年目の認識です。いま急いでキャッチアップに努めているところです。
加えて、我々はいまレビューに注力しています。美味しいものを食べて共有する文化は日本が際立っていて、海外にもあるとはいえ、日本のほうが精度高く運用されていると感じます。デリバリーはお店に行かないので、隣の人が食べているのを美味そうに感じて頼むことができない分、レビューがその代替になり得ます。
また、お店で写真とあまりにも違う料理が出てくると店員に直接クレームを伝えられますが、デリバリーはお店と1つ遠くなる分、「届いた料理が写真と違いすぎる」とクレームを出しにくい状況が起こり得ます。そこで、レビュー機能を強化してユーザーの投稿写真をUIに載せることで、例えば「いくら丼なのにいくらが少なすぎる」のような事態を防ぎ、出前館の信頼性向上につなげたいと考えています。そのように、お客さまの元へ届けるだけでなく、デリバリー前の段階も日本らしくローカライズすべく改善中です。
地域経済を活性化するNo.1プラットフォームに
――CM効果や営業の頑張りで加盟店舗数が9万5000店を突破(2021年11月現在)。ユーザーには店舗の選択肢の豊富さはとても重要で、私自身、料理を選ぶのが楽しくなったと感じます。ただ、サービス成長の背景にはコロナ禍の影響も大きかったはず。コロナ収束後の継続利用について不安はないですか。
コロナの影響で成長がより加速したのは事実ですが、海外を見るとコロナ前からデリバリー市場は右肩上がりでした。日本も共働きや単身者の増加で時間を買うユーザーが増えるのに伴い、シェアリングデリバリー(※)という出前館のビジネスモデルも右肩で上がっていくと予測しています。
また、海外を見ると、フードデリバリーのDoorDashやUberの時価総額は約8兆円。そうしたグローバル企業と比較しても遜色のないサービスを出前館は築いていますので、いずれは世界一を目指す企業になりたいですね。
※シェアリングデリバリー
デリバリー機能を持たないお店でも、『出前館』に加盟する複数店舗で、『出前館』が連携した配達網を利用することによりデリバリーが可能になるサービス。
https://corporate.demae-can.com/business/sharingdelivery.html
――LINEだけでなく、Yahoo ! JAPAN、PayPayとの連携、アスクル商品のデリバリーなどZホールディングスの強みを活かした多様化が進んでいます。流通取引総額1兆円以外に藤原さんが考える出前館の目標は何ですか。
出前館は半径5キロの地域経済を活性化するビジネスモデルだと思っていて、アスクルさんとの取り組みもその一環です。地域の集合体である日本の全ての食を支えると捉え、ローカルサービスのNo.1を目指します。
――ローカル経済を支えるデリバリーサービスのトップということですか。
そうですね、EC化率を全業種で見ると、食品とコスメが低い印象です。その2つは出前館のビジネスモデルと相性が良いので、今後取り込んでいければと考えています。我々の使命の1つはプラットフォーム業としてローカルのEコマースを促進することと認識していますので、大株主から頂いたコストを最適な形で活用して規模拡大を進めます。
優秀なマーケターに共通する欲の大きさ
――最後に、藤原さん個人のことをお伺いします。37歳にして有名企業のCMO、COO、取締役と歴任されていて、若手のマーケティング従事者の中には憧れる人もいると思います。ご自身では他の人と比べてどこが優れていたと自己分析していますか。
なるほど…難しい質問ですね(苦笑)。1つ言えるとしたら、自分の仕事をCMOやCOOではなく、「問題解決業」と捉えてきたことでしょうか。出前館については問題解決手段の1つとして、広告が注目されているということです。常に問題解決のために何をすべきかを考えて取り組んできたのがおそらく多くの方との違いだと思いますが、他人の思考まではわからず、何とも言えません。
また、大学でマーケティングを勉強したり、社会人になってからもマーケティングのフレームワークを学んだりした結果、いまでも鉄板のフレームワークのいくつかを問題解決の際に活用しています。「一日に1つ問題を解決する」をルーティンにして、それをずっと続けてきたのが良かったかもしれません。
現場では日々いろいろな問題が生じます。加盟店営業も同様で、「値引きしてくれないと加盟しない」と言ってくる店への対処法などは、個々の事例で細かい点が異なるとはいえ、どうすれば良いかは決まっているわけです。フレームワークを基に問題解決に当たる重要性を背景から理解できていれば、都度誰かに確認しなくても自分で説得材料の選択肢をいくつか考えて対処できるようになると思います。
――なるほど、マーケティングの知識を学んで問題解決をずっと繰り返してきたことが良かったわけですね。では、一緒に働いていて優秀だと感じる部下の特徴は何ですか。
俯瞰して全体像を捉え、問題解決のための選択肢と優先順位まで全部決めてから報告を上げてくる人はいいですね。そうすると私は「それでいきましょう」「いや、こちらを先にお願いします」と判断しやすくなります。例えば、「売り上げが上がっていない」といっても、対策すべき課題はたくさんあります。「集客が足りない」「サイトが使いにくい」「コンセプトがそもそもダメ」など、全体像から対策すべき課題を洗い出し、データやファクトを基に優先順位をつけてから報告を上げられるようになると、評価も上がると思います。
――著書では「マーケター不在の日本」という記述もあります。それはなぜだと思いますか。
マーケターの定義が今ひとつ明確でないところが原因の1つだと思います。アメリカならマーケターは経営に近い人が多い印象で、日本でもWebサービスが中心の出前館のような企業ならマーケターが経営の近くで集客から売り上げまでをカバーします。一方、リアル店舗の場合は各業種によって異なりますが、営業の下でプロモーションを担当するのがマーケターという企業も少なくなく、定義が曖昧な分、立ち位置も定まっていないと感じます。
私自身は「目標達成までの数字が足りない中で、何を優先してどう解決するかを考え、実行するのがマーケター」だと思います。また、目標を達成したときでも「さらに売り上げ・利益を増やすにはどうすれば良いか?」と新たな問題が次々と生じます。ですから、市場調査したり、アンケートを取って改善の優先順位を決めたり、開発側と調整したりするのもマーケターの仕事だと思っていて、その意味では部署を横断して最適な問題解決策を導き出すのがマーケターであり、それはすなわち経営に近い仕事です。そういう人が出前館に増えてくれば、私も1から10まで指示を出すことが少なくなると思います。
――日頃の業務において部下、または読者へのアドバイスがあれば教えてください。
やはり基本的な知識は身に付けたほうがいいですね。知識が増えてくると、日々の業務の中で問題を発見しやすくなり、どのように解決して成果につなげるかという方向に思考を向けられます。
例えば、先日の会議でオプションメニューの話が出ました。商品に卵をオプションで1個つけるのと、初めから卵付きのラーメンを価格を上げて出す方法の2つの選択肢があって、「初めから卵付きのラーメンで提案してきました」と言われたのですが、「ちょっと待ってください。どうすれば売り上げへの貢献を最大化できるか考えましたか」という話をしました。卵をオプションで外に出したほうが見られる回数が増える分、インプレッションも増えます。ラーメンをタップした後に卵を注文してくれたらクロスセルになるわけです。一方、価格を上げた卵付きのラーメンはアップセルになるわけで、その2つの考え方の違いから図解で説明し、その上でアップセルとクロスセルの両方を獲得するにはどうすれば良いかを考えようと伝えました。そういう知識が身に付いていると、日々の業務で適切な判断がしやすくなると思います。
――「こういう人は今いちだな」と感じる人の特徴はありますか。
欲がない人ですね。お金だけでなく、出世欲や知識欲もそうです。私も昔は「評価が最高のAなのに怒っている」と言われたこともありました。それくらい常に欲があります。
――欲の薄い人が多いという印象ですか。
そうですね。ただ、本人の自由ですから否定はしません。その代わりまた私が全部持っていきますよ、それでもいいんですかと感じるだけです。
優秀な先輩マーケターを見ても、本当に欲があるなと思います。やはり欲があるからこそ精力的に仕事に取り組めるのではないでしょうか。
――日頃からギラギラしていないとダメなのですか。
内に秘めていてもいいんじゃないですか。私は外に出ているかもしれないですね(笑)
――本日はありがとうございました。
Profile
藤原 彰二(ふじわら・しょうじ)
株式会社出前館取締役/COO。
元プロキックボクサー。2006年からマーケターとしてのキャリアをスタートし、複数のWebコンサルティング会社で実務責任者を歴任。その後アメリカでO2O事業の投資とR&Dに従事。2015年LINE入社。ショッピング、グルメ、トラベルの領域で6サービスの立ち上げを推進し、2000億円超の市場創造に貢献。LINE Pay CMOを経て、2020年より出前館取締役/COO。著書は『それっておかしくね?「素朴な問い」から始める出前館のマーケティング思考』(ダイヤモンド社)。
記事執筆者
早川巧
Twitter:@hayakawaMN
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