行政DXはなぜ進まない?「文通費100万円問題」発起人に学ぶ“現代のリーダーシップ”

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IT技術の進化によって私たちの生活にはさまざまな変化が訪れています。銀行のインターネットバンキングや、映画のチケット購入をオンライン上で完結できるシステムなど。これらはDXが進んだことで実現した事例です。

ただその一方で、特例定額給付金を始めとする政府の助成金支給の遅れなど、行政のDXの歩みの遅さは日々ニュースで見聞きします。

多くの人は「なぜ行政のDXはこんなに進まないのだろう?」と首を傾げていることでしょう。その疑問に対し、衆議院議員の小野たいすけ氏は「DXのプロセス設計のまずさ」と、その根本にある「リーダーシップ不足」を理由に挙げます。

仕組みを作るだけでは意味がない

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小野氏は自身が副知事を含めた熊本県の「くまもとメディカルネットワーク」の事例を例に挙げながら、仕組みだけを作っても多くの人が参入・利用しないと意味がないと指摘します。そのためには、お願いベースのプロセス設計ではなく、ある程度強い力で人々の行動を変容させるリーダーシップが必要と述べています。

リーダーシップは1990年代から各種研究が進み、「PM理論」や「チェンジ・リーダーシップ」など時代の変遷に伴いさまざまなリーダー像が語られてきました。

ただ、リーダーシップの根底には普遍的な要素もあります。現代経営学の発明者といわれるピーター・ドラッカーは、リーダーシップを「仕事」「責任」「信頼」の3つの要素で定義しています(※1)。

リーダーシップとは「仕事」である……リーダーシップは天性の力ではない。優れたリーダーは“仕事”として的確に目標や優先順位などを定め、行動すべきリーダーシップとは「責任」である……リーダーは地位や権力を誇示するのではなく、部下を激励して行動を支援し、失敗したときは“責任”を背負う胆力を持つべきリーダーシップとは「信頼」である……リーダーには周囲からの協力が不可欠。そのためにリーダーはきちんと方向性を示し、責任を取る行動や姿勢によって周囲からの“信頼”を得なければならない

小野氏のくまもとネットワークの取り組みをドラッカーの定義にあてはめると、「仕事」と認識し必要な手続きや仕組みを構築し、「責任」を負う覚悟を示し、「信頼」を勝ち取ったうえで賛同者の輪を広げていったと解釈ができます。

今の時代に求められる「さらけ出す」リーダーシップ

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ところで小野氏といえば、衆議院議員総選挙の初当選直後に「文書通信交通滞在費問題」について声を発した人物としてお馴染みでしょう。在職したのが当選した日1日にも関わらず満額100万円支払われたことに、新人議員らしく素朴な疑問を抱き「国会の常識、世間の非常識」と発信しました。その勇気ある発言に端を発して、自民党や立憲民主党も動かす大きなうねりとなりました。

小野氏のその姿を見て、筆者は2021年8月に開催された国際的なHRのイベントATD(Association for Talent Development)の新しいリーダー像に関する発表を思い出しました。基調講演でPatrick Lencioni氏(コンサルタントでベストセラー『The Five Dysfunctions of a Team』の著者)は、今の時代に求められるリーダーシップの要素として、「バルネラビリティ(Vulnerability:弱さをさらけ出せること)」を挙げていたのです。

新型コロナウイルスなどで不確実性が増す現代社会においては、本音をさらけ出すリーダーはチームの“心理的安全性”を高める重要なファクターとなります。ただ、自分にあてはめて考えても「これはおかしい」や「自分には理解できない」という素朴な疑問は、場に出すのは案外難しいもの。リーダーの立場なら、なおさら躊躇してしまうことでしょう。

小野氏の言動も絡めて考えると、リーダーの持つ普遍的な「仕事」「責任」「信頼」の要素に加えて、今の時代のリーダーとして求められるのは「さらけ出す」勇気を持つことなのかもしれません。