911カレラ2台分を軽く超える値をつける「911 ターボ S カブリオレ」(筆者撮影)

ポルシェのウェブサイトを見ると、ものすごい数のラインナップが並んでいる。1つひとつ数えたところ、75種類におよぶ。その中でも価格において、トップに君臨するのが「911 ターボ S カブリオレ」である。モデルによっては1円単位の表示ゆえ、桁数がよくわからなくなってしまう車両本体価格は、このケースではきっかり3235万円だ。

「ターボ」や「GT」、レーシングスポーツを意味する「RS」といったモデルは、日本のポルシェマニアの間で「役付き」と呼ばれる。役付きといえば、世間一般では管理職の総称である。趣味のクルマをそんなふうに呼ぶのもどうかと思うが、「役」には麻雀とか相撲における上位をあらわす意味もあるから、そちらから発展した通称かもしれない。

ともかく、現在最高額のポルシェは、「911」であり「ターボ」であり「S」であり「カブリオレ」でもある。麻雀はあまりしない筆者だが、たとえるなら「大三元・四暗刻・字一色」みたいな、そんな最高峰のテストカーが広報車として用意されているので、味見してきた。

過酷なレースにも強い911の素性

911は現代のクルマの中で唯一、リアエンジン・リアドライブの基本構成を守っている。「911 ターボ」はその高性能バージョンとして1975年に登場。車体の後方に大きく重いエンジンを置き、その直下にある後輪を駆動する方式であればこそ、260ps/35.0kgmというビッグパワーを制御することができるという、その時代のポルシェの主張がかたちとなった。

911の基本構成の優秀さ、すなわち軽量コンパクトで、堅牢に作られ、空気抵抗が少なく、かつ信頼性も高いというアドバンテージは、ル・マン24時間で108回もクラス優勝を飾ったこと(総合優勝も最多の19回)、過酷さで知られるニュルブルクリンク24時間レースにおける13回の総合優勝に、象徴される。

「S」はハイパワー・バージョンの証だ。現代の「ターボ」(580ps)と「ターボ S」(650ps)ではソフトウェアのチューニングの違いにより、パワーが70馬力も異なる。

911のような本格的なスポーツカーの世界で、パワーが上がるということは、それ相応の装備のグレードアップを施さねばならないということだ。トランスミッションやサスペンション、ブレーキなど、すべてに容量アップが要求される。

たとえば「ターボ S」にはPCCB(ポルシェ セラミック コンポジット ブレーキ)が標準装着される。ディスクの素材がカーボンセラミックなので、放熱性に優れ、高速から繰り返しのブレーキングにも耐える。おまけに、重量は鋳鉄製のおよそ半分と、圧倒的に軽量である。それゆえ、サスペンションの動きが軽快で乗り心地も目に見えてよくなる。

カブリオレは電動式のソフトトップを備え、オープンエアも楽しむことができる。わずか12秒でオープンにもクローズドにもなるため、信号待ちの間でも余裕を持って操作できるし、50km/h以下なら走行中でも開閉できる。運転席と助手席の背後にはドラフトストップと呼ばれる衝立を設置することも可能だ。

そもそも存在感が大きいが輪をかけて主張が強い

田舎の農道で写真を撮影していたら、軽トラに乗ったおじいちゃんから声をかけられたが、街中では男性よりも、クルマに興味のなさそうな女子から熱い視線を浴びた。この迫力あるクルマは何なのか、それにどんな人が乗っているのかという興味だろう。

その外装は、ターボ伝統のワイドフェンダーにエアインテークが口を開け、後部には昇降式の大型ウィングが備わる。三社の神輿もかくや、の迫力がある。タイプ992と呼ばれる現行型はこれまでの911と比べて前後ともに幅広く、リアも腰高なため、そもそも存在感が大きいのだが、輪をかけて主張が強い。


極限まで空力性能を高めている(写真:ポルシェ

ターボ Sは最高速のレベルが330km/hと、ベーシックな911カレラ(293km/h)と比べて明らかに高い領域にあるので、際立った外観とする=空力性能を高めておかなければ、操縦安定性を担保できないのだ。

スポーツエグゾーストをオプションで装備するエンジンは、誰にでも超高性能車だとわかるサウンドを、エンジン始動時から放つ。その反面、普段の移動時は静かで、3000rpmまでは従順かつ黒子に徹するが、ある程度以上にスロットル開度が高まるや、デュアルクラッチ式トランスミッション(DCT)がダウンシフトし、一瞬のターボ加圧音を経て強烈な加速を見せる。

乗員の存在を押しつぶす問答無用の激しさ。バケツをひっくり返したような雨、という表現も思い出す。ジェット機の離陸やジェットコースターの加速など、誰もが体感できる急加速がある。しかし多くの人は、これほどの加速度を経験したことがないはずだ。

マニュアルシフトにして調和を味わうことも

前が開けたシーンでスロットル全開を試みると、バイクではなく4輪の自動車にもかかわらず、前輪が一瞬浮くようなウィリー状態になるのではないかと心配になる。フラットシックスの官能性がどうとか、感じる暇はいっさいない。7000rpmのトップエンドまで、脳みそが圧縮されるような加速が何度かのシフトアップとともにもたらされ、気づいたときには途方もない速度域に達している。

本当は、DCTをマニュアルシフトしてスロットルの開度を調節し、ゆっくり回転数を上げていけば、このエンジンが持っている精密さと6気筒の調和を味わうこともできる。けれども、機械任せのドライブモードにしたままでは、強烈すぎて味わうどころではない急加速か、もしくは燃費低減のために低回転が保たれて、地味にエンジンが唸る状況かのどちらかにしかならない。


4WDでなければこのハイパワーは受け止められない(写真:ポルシェ

サスペンションの第一義は、この強烈なエンジンパワーを収めることだ。ドライバーの意図どおりの操縦性を実現するために、高性能タイヤと、固められたスプリング、寸分の路面状況の変化も見逃さない電子制御4WDシステムが組み合わせられている。試乗車にはオプションの電子制御ダンパーPASMも搭載されていた。

そもそも重量感があって、地面に張り付くようだし、ハイスピードでも空力性能が高く路面をつかんで離さない。昔の911カブリオレは、ボディー剛性が鉄の屋根を持つクーペに比べて緩いことを時折意識させられたものだが、最新モデルはそうしたデメリットがほとんど感じられない。ドラフトストップを展開すれば、高速道路でオープンにしても髪の毛が乱されないほど、室内は平穏に保たれる。

「値段が高いから快適性も最上級」ではない

ただし、PASMによる減衰力最適化とPCCBによるバネ下重量低減による路面追従性アップをもってしても、突出したハイパワーを手なずけるために固められた足まわりが示す乗り心地は、快適性を追求した高級セダンには及ばないことも断っておきたい。時には高速道路の路面の継ぎ目などで強いショックにおどろかされることもある。もしも大切な人をデートに誘うのだとすれば、値段が高いから快適性も最上級というわけにはいかないことを、あらかじめ説明しておいたほうがいい。


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途方もないパワーを発生させる技術と、それを制御不能にしないための技術、さらにオープンエアまで楽しみたいという欲求まで満たすために、ポルシェが持てるノウハウをすべて注ぎ込んだのが911 ターボ S カブリオレである。結果として、その価格は素の911カレラ(1429万円)の2台分を軽く超える。

トップで上がる、つまり自分の要求を満たすために、役満が必要なのか、満貫でも構わないのか。ポルシェの購入においても、そこをよく見極めて、自らの要望に合うモデルを賢く選ぶことをおすすめする。