途中出場のNO8テビタ・タタフはスコットランドFW相手にもパワーでチーム唯一のトライをもぎ取った【写真:(C)JRFU】

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ヨーロッパ遠征第3戦、スコットランドに善戦も2021年は“ティア1”勢に全敗

 ラグビー日本代表は、11月20日に英国エディンバラで行われたスコットランド戦(20-29)で2021年シーズンの戦いを終えた。新型コロナウイルスによるパンデミックの影響で、ベスト8に躍進した2019年ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会以来となる活動となった今年は、テストマッチ通算1勝5敗。世界ランキング19位のポルトガルは辛うじて退けたが(11月13日/38-25)、世界トップ8クラスの“ティア1”諸国からの勝利は果たせなかった。

 スコットランド相手に敵地で20-29と食い下がるなど、2021年最終戦で善戦したが、チームの完成度を見れば、2年近い空白の時間を取り戻せていない印象も残した。フランスが舞台となる23年W杯まで残り約22か月。秋のテストマッチシリーズでの戦いぶりを踏まえて、ジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)の遠征中の言葉、そして藤井雄一郎ナショナルチームディレクターのシーズン総括会見から、残された時間で何を目指すのかを読み解く。(文=吉田 宏)

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 空白の2年からの再起を懸けたシーズンが終わった。2019年W杯で撃破したアイルランド、スコットランドに勝てず、ティア1諸国には全英・アイルランド代表のライオンズも含めて5連敗。最終戦の接戦でポテンシャルは見せたものの、勝敗という結果では2年前の輝きを取り戻すことはできなかった。

「勝てなかったのは悔しいが、選手たちは素晴らしいプレーをしてくれたと思う。日本らしいアタックを見せ、対戦相手にプレッシャーをかけることができたが、その一方で、自分たちのミスで相手にチャンスを与えてしまった」

 スコットランド戦後のジョセフHCの言葉が、この日の苦杯と同時に今年の戦いの総括にも聞こえた。19年W杯以来となる国内でのテストマッチとなったオーストラリア戦(10月23日/23-32)から始まった秋の代表戦シリーズ。毎試合後のコラムでデータを交えて指摘したように、センターライン付近に蹴り上げるハイパントを使った新しい戦術は、最後まで対戦相手の脅威にはならなかった。キックボールの競り合いや、捕球した相手選手へのプレッシャーを、十分にできなかったのが原因だ。スキルの精度を高め、組織として機能するには「時間」が足りなかったと考えていいだろう。

 その一方で、最終戦では中盤でのハイパントはほぼ封印して、パスとランを使ってボールを積極的に動かす従来の日本流のスタイルで、スコットランドに揺さぶりをかけて接戦に持ち込んだ。ボールポゼッションと呼ばれるボールを保持できた時間では、秋の4試合で唯一相手を上回ったことからも、日本代表の攻撃面での改善を読み取ることができる。課題だった反則数も、唯一の一桁台だった。

2つの戦術の切り替えは23年W杯を見据えた戦略

 この戦術の切り替えについて、秋のシリーズで司令塔として進化を見せたSO松田力也(埼玉パナソニックワイルドナイツ)は、スコットランド戦後の会見で「日本はキックを中心に考える戦術も持っているが、スコットランドはボールポゼッションを高めてくるという分析をしていた。なので、相手にボールを持たせてしまうキックじゃなく、自分たちのボールポゼッションを意識しながらプレッシャーをかけ続けるプランでアタックをしました」と振り返った。日本代表は今秋のシリーズで2つの戦術に取り組んできたのだが、ハイパントを織り交ぜた戦い方では、2年を切った次回W杯までにどこまで精度を高めることができるかという宿題が残されたまま、シーズンを終えたことになる。

 もちろん、松田も語っていた対戦相手に合わせて2つの戦術を切り替えるのは、2023年のW杯を見据えた戦略だ。藤井ディレクターは、帰国後の24日に行われた総括会見で、さらにこう説明している。

「ヨーロッパ遠征での3試合は、対戦相手により弱いポイント、強いポイントがあった。前の試合でどういう戦い方をしたかを各チームが分析してくると思うので、それに対応できるように、いろいろな戦術を作り出して、その相手にぶつけていくということです。スコットランドの戦い方を、そのままW杯で使うというのではなくて、あくまでも相手ごとに対応できるスキルを身に着けて、このチームにはこう戦おうという考え方。ただし、ハイパントに関しては相手にプレッシャーをかけられなかったのは今回課題になった。この部分では修正が必要だろう」

 23年W杯のプールD組で、日本代表が対戦する相手はイングランド、アルゼンチン、サモアと、「アメリカ地区2位」を除く3チームが確定している。それぞれプレースタイルが異なる相手に勝つためには、日本も戦術を柔軟に変えて対応していく必要がある。このような考え方を背景に、敢えて対照的とも言える戦術を試したのが、今回のテストシリーズだった。このような2つの戦術を切り替える戦略は、15年大会、19年大会でも導入されていたもの。次回大会でも、その可能性を模索しているのだが、熟成にはさらなる時間が必要だ。

「時間」の問題は、次の代表戦が行われるのがW杯開幕1年前のシーズンだという現実からも重要かつ深刻だ。秋の4試合を見て感じたのは、合宿などのトレーニング時間はある程度確保できても、世界トップレベルの相手との実戦機会が少なすぎるということ。W杯で決勝トーナメントを争うレベルのチームであれば、同等の実力を持つ相手との真剣勝負を、より多く重ねることの重要さは、誰もが認めるところだ。南半球やヨーロッパの強豪国が、昨夏、秋からテストマッチを再開して激闘を積み上げているのに対して、日本が19年W杯以降にテストマッチをわずか6試合しか消化できていないという現実が、チームの強化や仕上がりに直結している。

スーパーラグビー参戦の機会がない今、どのように育成するか

 ジョセフHCは大敗したアイルランド戦(11月6日/5-60)後の会見でも、「パンデミックの影響によって試合も少なく、次のW杯へ向けて日本の準備は遅れているのは確か」と厳しい現実を認めている。ポルトガル戦後のコラムでも書いたように、空白の2年は終わったことではないと考えるべきだろう。2年後のフランスへ残された時間で、どこまで空白を取り戻せるか、というチャレンジが重要になる。来年以降にどのように練習、実戦のボリュームを増やせるのか。同HCはエディンバラでの会見で厳しい現状と、勝つために求められるチャレンジに触れている。

「(2020年までの)3、4年の期間は、日本選手はスーパーラグビー(SR)という激しいラグビーを経験する機会があった。だが、それがなくなってしまったことで、そのような激しいゲームを、どうやってこの2年で取り戻していくことができるのか。そこを、しっかりと考えて選手を育成していかないといけない」

 実質、日本代表および候補選手を集めて編成されたサンウルブズが、南半球最高峰のリーグ「SR」に参戦したのは2016年から20年までの5シーズン。結果的に、放映権など収益性の問題などでチーム存続を断念せざるを得なかったが、その活動の中で多くの代表選手が、ニュージーランドら南半球トップレベルの選手との真剣勝負で、世界のパワー、技術、そして試合に向かう姿勢をも体感できたことが、19年W杯での躍進に直結した。

 その代表選手強化につながる最高の舞台を資金難で断念した日本ラグビー協会が、新たな国際舞台として計画したのが、新リーグに併設される「クロスボーダー大会」だ。現時点でこの大会の概要は、来年1月から始まる新リーグ「リーグワン」の上位チームと海外クラブが対戦するものだが、参加チーム数は未定。開催日程も当初のリーグ終了後が来年末に延期されるなど、大会自体の実現すら不透明だ。

 藤井ディレクターも「具体的な話は代表側には来ていない。もし開催されるなら、(代表側から)1、2チームを作りたい」と、リーグワン単独チーム以外に、サンウルブズのような代表候補で編成されたチームの参入というアイデアも持っているが、仮に大会開催が実現したとしても、現在日本代表の中心選手に成長したCTB中村亮土(東京サントリーサンゴリアス)やNO8姫野和樹(トヨタヴェルブリッツ)が、SRで1シーズン16試合前後の激闘を毎週繰り広げた環境は望めないだろう。

戦力の底上げは「一番の心配材料」

 藤井ディレクターは総括会見で、代表以外の選手の国際レベルでの強化の重要さ、深刻さを切実に語っている。まず、ジョセフHCら代表コーチ陣の職務を「今の(代表)選手をどうコーチングして、勝利に結び付けていくかが仕事」とした上で、代表チームに選ばれるまでの選手強化、育成は協会側が受け持っている現状を踏まえて、これからの強化に求められる取り組みを指摘している。

「協会や私たちの仕事は、この(現在の)強化を長く継続していくことだと思う。そのためには、トップリーグ(TL)、リーグワンなどの国内の試合だけではなく、一つのミスで試合が変わるような国際レベルの経験を、より多くの選手に積ませたい。それがないとトップの選手にも(成長するための)プレッシャーがかからない。例えば(世界ランク19位の)ポルトガル代表戦でも、CTB中野将伍(東京SG)ら若い選手がテストマッチを経験できたことは、TLの10試合、20試合分の価値があったと思う」

 次回W杯へ向けて、19年大会当時から代表チーム内外で指摘されている、選手層の厚みをいかに増やしていくかという課題について、同ディレクターは「これが一番の、僕らの中での心配材料というか、次の世代にいい経験をさせてやれていない」と苦しい胸の内も語っている。現時点での具体的な若手育成のロードマップは、先行きが見えてこないのが現実だ。

「もちろん、(若手に)経験させながらやっていかないといけないのだが、僕らの中では(このままで)大丈夫か、もうちょっと頑張って次に繋げていかないと、という思いが強い。(代表が)弱くなり出したら、どんどん弱くなる。なので、今は経験を持つ選手がたくさんいるなかで、徐々に1人、2人を代えていくのか、それともごっそりと代えて戦うか、どちらかにシフトしていかないと23年以降は厳しいのではないかと思う」

 19年W杯でベスト8入りを遂げた日本代表だが、現状から今後の強化を見据えると順風ではないというのだ。大きな決断が必要だと強化責任者が語っている現実を、深刻に、真剣に受け止める必要がある。

 では、具体的にはどのようなチャレンジをしていくべきなのか。同ディレクターは、代表チームとして、どこまでの選手強化に直接関与するべきかに踏み込んでいる。

「(現時点では)基本的に私たちは15人制の日本代表だけです。U20だったり、他の代表チームが、今までバラバラに動いていたので、それを一緒にしてくれとお願いしている。NDSのような形で強化をしていきたい」

藤井ディレクターが描く強化のロードマップ

 NDSとは「ナショナル・デベロップメント・スコッド」の略称で、日本代表に選ばれる前段階の選手らを集めて強化するチームだ。19年W杯までの強化の中で編成され、松田らも参加して、強化合宿や海外遠征で選手の経験値や技術を上げてきた実績がある。このような組織を、代表チームの管轄、責任の下で再び立ち上げて、日本代表とは別で強化、海外遠征を行うことを求めている。

 来年の代表活動は、現時点では例年通りに組まれる予定だ。6、7月の春夏の代表戦期間は、国内ベースで組まれる見通しで、秋には国内戦から今年同様のヨーロッパ遠征が検討されている。ティア1諸国との対戦が中心となるなかで、ポルトガルのようなティア2チームとの対戦も行われる見通しだ。

 同時に藤井ディレクターは、「希望としては、若手の選手がアジア諸国との試合を組めればいいと思っています。NDSという形でできたらいいという希望で、(協会内で)話はしていますが、まだ具体的ではない。コロナの状況もある。南(半球)の方に遠征するほどの資金はないと思う。アジアの中で、どういう選手が、どういう風にプレーするかを見たいなという思いはある。福井(翔太/埼玉)や中野(将伍)のような、まだ試合経験が少ない選手が、所属チームじゃない試合で、どう戦えるかを見てみたい」と、強化のロードマップを思い描く。

 空白の2年による“出遅れ”を、戦術やスキル面で見ることができたのは秋の連戦での収穫と考えたい。23年W杯までに、どこまで空白を取り戻し、選手層に厚みをつけられるか。次に代表チームが集まるのは来年のW杯“プレ”イヤー。果たして、ジェイミージャパンと日本ラグビー協会は、代表メンバー以外の予備軍たちも巻き込んでの、サンウルブズに見合うような選手強化、戦力の底上げに踏み込むことができるのか。

 時間との勝負は待ったなしだ。(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)

吉田 宏

 サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。W杯は1999、2003、07、11、15年と5大会連続で取材。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。