新自由主義から転換… 岸田首相が掲げる「日本型資本主義」とは?

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令和初めての衆院選が2021年10月31日に行われ、与党は自公合わせて12議席減の293議席という結果でした。与党は議席を減らしたとはいえ過半数の勢力を維持しており、NHKの報道によると、岸田首相はこの結果を受けてスピード感をもって政策実行していく、経済対策も大型のものを11月中旬に策定するとの意欲を見せているとのこと(※1)。

岸田首相の経済政策について話題になったのが、岸田首相が掲げる「新しい日本型資本主義」です。くわえて、新自由主義からの転換も謳われています。

新しい日本型資本主義とは何なのか? 転換されるべき新自由主義とはそもそも何か? 今回の記事で明らかにしていきます。

新しい日本型資本主義とは

画像:Fotokon/Shutterstock

まず、岸田首相が掲げている「新しい日本型資本主義」が何なのか、そしてその特徴が何なのかを見ていきます。

岸田首相が過去に自身の公式サイトに掲載していた、新しい日本型資本主義をまとめた資料「新しい日本型資本主義〜新自由主義からの転換〜」によると(※2)、岸田首相が提唱する新しい日本型資本主義とは、3つのマクロ経済運営の原則によって成り立っています。

デフレ脱却に向けた大胆な金融政策・機動的な財政政策・成長戦略コロナ禍では積極財政を重視「経済再生なくして財政健全化なし」と考え、経済の正常化を目指す

新しい日本型資本主義ではそのほかにも「成長と分配の好循環の理念」「国民を幸せにする成長戦略」「令和版所得倍増」「地方の復活」といった政策が掲げられています。

筆者は、岸田首相の提唱する新しい日本型資本主義の特徴は以下の3つにまとめることができると考えています。

分配重視で所得倍増など内需振興を志向四半世紀にわたって行われてきた構造改革に否定的成長戦略では投資を重視

この資料(※2)の中で、「投資」という単語はいずれも肯定的に用いられます。逆に、「改革」という単語は否定的に使用されています。その理由を探るためには、日本が1990年代から行ってきた構造改革について知る必要があります。

構造改革とは効率化・合理化です。たとえば、小選挙区制を導入した政治改革の大目的は、立候補にお金がかからないようにすることでした。郵政民営化は民営化によって経営を効率化しようと試みました。非公務員化と民営化では国家公務員数を減らし、人件費の削減を行いました。

岩盤規制の破壊、発送電分離、水道事業民営化、労働派遣法改正など、これらの構造改革はすべて効率化・合理化のために行われてきました。

効率化・合理化は日本にデフレと所得の下落をもたらしました。デフレとは需要過少のことです。需要とは政府・企業・個人の3つの経済主体に支えられています。政府が効率化し、支出を減らせば需要が減少します。日本は構造改革によってデフレを深刻化させてきました。

デフレは所得の下落をもたらします。1997年の平均所得は467万円でしたが、2020年には433万円となっています。ほかにも、世帯所得は1997年が661万円、2018年は552万円と下落。1人当たりのGDPは1997年が431万円、2020年が428万円でした。GDPは1997年と比較してほとんど伸びていません。

構造改革は1990年代から始まり、デフレは時を同じく1998年から始まりました。デフレは構造改革路線とともにあったのです。

新しい日本型資本主義では構造改革路線から転換し、デフレ脱却を目指すことが重視されています。そのために、構造改革路線の効率化・合理化ではなく、投資による成長戦略や積極財政の活用が謳われています。「新しい日本型資本主義」が投資に肯定的で、改革に否定的な理由はこういったところにあります。

小泉内閣以降の新自由主義とは

画像:Derek Yamashita/Shutterstock

岸田首相は「新しい日本型資本主義」を掲げると同時に、「新自由主義からの転換」も訴えています。この「新自由主義」とは何かを、次に見ていきます。

日本では小泉内閣以降が新自由主義とイメージされますが、日本に新自由主義が輸入されはじめたのは1990年代からです。そもそもの新自由主義の始まりや、思想潮流についてわかりやすく紹介します。

資本主義には2つの思想潮流があります。

小さな政府を支持し、市場競争を重視する大きな政府を支持し、公正や平等を重視する

専門家や有識者、エコノミストがどれだけ難しい言葉を並べても、基本的に資本主義は上記2つに大別されます。たとえば、新自由主義や古典的自由主義、新古典派経済学、ネオリベラリズムといった用語は1.に分類されます。新社会主義や公益資本主義、修正資本主義、ケインズ主義といった用語は2.に分類されます。

第2次世界大戦後、西側諸国は戦前の反省を踏まえてケインズ主義を採用します。ケインズ主義を簡単に言えば「不景気のときは、政府が積極財政で景気を下支えする」という考え方です。

しかし、1970年代初頭にオイルショックが起こり、西側諸国ではスタグフレーションが発生します。スタグフレーションは悪性インフレとも呼ばれ、インフレで物価が上昇しているにもかかわらず所得が上がらない状態です。スタグフレーションの原因はオイルショックであり、アラブ諸国の中東戦争が原因でした。

したがって、どのような経済政策でも解決できません。しかし、スタグフレーションを抑制できなかったとしてケインズ主義の権威は地に落ちます。代わりに台頭してきたのが、ミルトン・フリードマン率いる新古典派経済学で、これが新自由主義です。

新自由主義とは小さな政府を志向し、市場競争を重視する考え方です。市場競争に任せれば見えざる手が働き、均衡が保たれると新自由主義は主張します。政府の抱える水道・電気・鉄道・郵便・医療・農業といった事業は、新自由主義にとっては民営化するべき対象です。同時に、不景気でも政府の支出拡大はつつしむべきと考えます。

くわえて、新自由主義は国境を希薄化させます。国境は政府による経済への介入とみなされ緩和されていきました。その代表例のEUでは、個人の自由な移動保障したシェンゲン協定が結ばれています。

このように、1980年代にアメリカのレーガン大統領やイギリスのサッチャー首相が新自由主義を採用し、世界各国に輸出しました。日本に新自由主義が入ってきたのは1990年代です。

新自由主義を採用した結果は?

新自由主義によれば、市場に競争させれば効率化・合理化が進み、経済が成長していくはずでした。

では、新自由主義が進んだ結果、世界はどうなったのでしょうか?

2008年にリーマンショックが起こり、新自由主義は抱えていた問題を顕在化させました。新自由主義は以下のような問題を抱えていました。

格差の拡大国境の希薄化に伴う移民の増加自由貿易による先進国の製造業の空洞化頻発する金融危機最終的な総需要低下に伴う経済の長期停滞

世界の人々が特に反発したのが移民問題と格差問題です。移民問題は欧州で深刻化し、移民反対を掲げた政党が次々と誕生しました(※3)。フランスの「国民戦線」、ドイツの「ドイツのための選択肢」、イタリアの「同盟」などが有名です。

くわえて、新自由主義による格差拡大も問題視され、先進国を中心に中間層の剥落が目立ちました。日本も昔は一億総中流と言われましたが、今や上級国民というキーワードが世間を賑わしています。

現在、新自由主義からの転換が世界的に行われつつあります。イギリスはブレグジットでEUから離脱し、アメリカは小さな政府であることをやめ、バイデン大統領は200兆円の財政出動を進めています。フランスでは公共サービスの過度な民営化を見直す動きがあります(※4)。

このように、新自由主義は時代遅れとなりつつあります。この新自由主義からの転換を、岸田首相は訴えているのです。

日本型資本主義の是非は

画像:Feel good studio/Shutterstock

では、新自由主義から転換した先にあるものとして岸田首相が掲げる日本型新自由主義は、世間にどのように受け止められているのでしょうか?

ジャーナリストの鮫島浩は「結局はアベノミクスと変わらない。期待できない」と切って捨てます(※5)。分配の目玉政策は次々と先送りし、金融所得課税の見直しを撤回してしまっては、従来のアベノミクスと変わらないのではないかとの批判です。

十倉雅和経団連会長は「サステナブル(持続可能)な資本主義と、岸田首相の掲げる新しい日本型資本主義は一致している」との見解を発表しています(※6)。

楽天グループの三木谷浩史会長兼社長は「新社会主義にしか聞こえない」を批判しています(※7)。元衆院議員の木内孝胤氏も楽天グループの三木谷浩史会長兼社長と同様の意見です。

この「新社会主義」とは何でしょうか?

まず、「新社会主義」なる言葉には学術的・一般的な定義が存在しません。新社会主義を取り上げた書籍は1993年にスコットランドのコンピューター学者が著した『Towards a New Socialism』や、2016年に三橋貴明が著した『日本「新」社会主義宣言』くらいでしょう。

一般的に社会主義と言えばソ連が想像されますが、社会主義の含意は広く、修正資本主義や公益資本主義なども社会主義に入ります。社会主義の定義は「経済自由主義や市場競争、新自由主義の弊害に反対し、より公正で平等な社会にしようとする考え方」です。

資本主義と社会主義は反対概念ではありません。北欧の福祉国家は広義の社会主義ですが、資本主義でもあります。

団塊世代以上が新社会主義という言葉を使うとき、そこにはかつてのソ連や中国といった社会主義国の残影があり批判的に用いられます。しかし、新社会主義はケインズ主義への復帰、修正資本主義、公益資本主義などに換言できます。

筆者はむしろ、新社会主義と言われる新しい日本型資本主義に肯定的です。世界は1980年代からの新自由主義を転換しようとしています。なぜなら、あまりに弊害が大きくなりすぎたからです。日本においても四半世紀に及ぶ経済停滞、所得の下落、デフレなどの弊害は明らかです。

経済成長を取り戻し、所得を向上させ、デフレを脱却するには積極財政・分配・投資を行う新しい日本型資本主義が求められます。

まとめ

資本主義は2つに大別されます。

小さな政府を支持し、市場競争を重視する大きな政府を支持し、公正や平等を重視する

世界的には1980年代から、日本では1990年代から1.の道を新自由主義として歩んできました。しかし、格差拡大、中間層の剥落、移民問題、経済の長期停滞といった弊害が2008年以降に顕在化しました。

アメリカでは大きな政府に転換し、200兆円もの財政出動が行われています。イギリスはブレグジットでEUから離脱し、欧州では移民反対の政党が続出しています。世界は徐々に、新自由主義からの転換を進めています。

日本においても2012年に安倍元首相が「瑞穂の国の資本主義」を掲げました。残念ながら安倍内閣はその後、新自由主義路線に立ち戻ってしまいました。

岸田首相が掲げた新しい日本型資本主義の特徴は以下です。

分配重視で所得倍増など内需振興を志向四半世紀にわたって行われてきた構造改革に否定的成長戦略では投資を重視

敷衍すれば、新しい日本型資本主義とは積極財政や分配を重視し、デフレ脱却を目指すものです。安倍元首相のアベノミクスは途中から変質し、第2の矢である機動的な財政政策が行われませんでした。岸田首相の新しい日本型資本主義もまた、変質してしまう可能性を秘めてします。

しかし、日本の経済成長を阻害してきた新自由主義からの転換は必要欠くべからざるものです。「積極財政」「投資」「分配」を力強く推し進めることが、デフレに近い状況下では求められます。