投票前に知ってほしい「政治と金」問題頻発の根本
政治とカネの問題はなぜなくならないのでしょうか(写真:今井康一)
「金権政治」という言葉が一般に使われるようになったのは、1970年代の田中角栄政権の前後からだった。自民党の総裁選では多額の現金が飛び交い、「金権選挙」と呼ばれた1974年の参院選・全国区は「5億円で当選、4億円なら落選」とうわさされたという。近年も「桜を見る会」「河井夫妻による選挙買収事件」「IR汚職」など、「政治とカネ」に関する問題が後を絶たない。
なぜ、政治とカネの問題は続くのか。この分野での専門家である神戸学院大学法学部の上脇博之教授にイロハから深層までをじっくりと尋ねた。
政治資金パーティーを開く理由
――最初はパーティーの話を。政治家はよくパーティーを開きます。お金を集めるためと言われますが、なぜパーティーで集めるのでしょうか。
政治資金規正法の規定では、政治団体は企業献金を受け取ることができません。他方、政治団体が政治資金パーティーを開催すること、企業がそのパーティー券を購入することは禁止されていません。その隙間をついて、政治資金パーティーを開くことで事実上の企業献金を受け取ろうとしているわけです。政治団体による政治資金パーティーの開催理由は、これが第1です。
2つ目の理由は、直接の寄付よりも透明性がないことです。パーティー券を購入した者のうち、氏名(名称)、住所(所在地)、購入金額、年月日を政治資金収支報告書に記載しなければならないのは、1つの政治資金パーティーにつき、合計20万円を超えた購入者に限定されています。それ未満の購入者は氏名を明かさずすみます。氏名・名称などを公表されたくない購入者にとっては好都合です。
政治団体や政党支部(代表者は国会議員本人やその候補者が大半)が政治資金パーティーを何度も開催するのは、その都度、企業がパーティー券をたくさん買ってくれれば、政治資金が集まるからです。
――儲かるんでしょうか。
例えば、2万円のパーティー券を購入したとしても、会場代や食事代などの経費が1人2万円を超えることはないでしょう。受け取ったパーティー券の代金から、会場費や食事提供などの諸経費を差し引いた額が政治団体の儲けになります。例えば、10人分のパーティー券を企業が買ったとしても、実際のパーティー参加者が1人か2人なら、残りの19人分または18人分は事実上の献金であり、主催者の儲け額は多くなるのです。
――政治団体は企業献金を受け取れないからパーティーを開くわけですね。でも、「政治家は企業からお金をもらっている」とよく聞きます。企業献金です。これはどういうことですか。
先ほども言ったように、政治資金規正法で政治団体は企業献金の受け取りを禁止されています。しかし、政党支部は企業献金の受領を認められていますので、政党に所属している国会議員は支部長(代表)になって、企業献金を政党支部で受け取ろうとするのです。
――もし、パーティー券の販売収入を超える経費がかかり、政治団体側が赤字になってしまったらどうなるのでしょうか。
それが「安倍晋三後援会」が開いた「桜を見る会前夜祭」の場合です。
上脇博之(かみわき・ひろゆき)/1958年7月、鹿児島県生まれ。関西大学法学部卒。神戸大学大学院法学研究科博士課程単位取得。専門は憲法学。北九州大学(現・北九州市立大学)法学部教授を経て、2004年から神戸学院大学大学院実務法学研究科教授、2015年から神戸学院大学法学部教授。著書に『告発!政治とカネ 政党助成金20年、腐敗の深層』『内閣官房長官の裏金 機密費の扉をこじ開けた4183日の闘い』など(筆者撮影)
「桜を見る会前夜祭」は「安倍晋三後援会」という山口県下関市の政治団体が主催し、東京の高級ホテルで開催された政治的事業でした。安倍総理主催の「桜を見る会」の前夜に開催され、安倍事務所が「前夜祭」と「桜を見る会」をワンセットで後援会員らに案内したものです。2013年から2019年まで開催されていました。
ところが、「安倍晋三後援会」は、その会費収入やホテルへの支出を政治資金収支報告書に一切記載していなかったのです。政治資金規正法違反です。また、東京都内での高級ホテルで開いた夕食会(前夜祭)は1人5000円の会費だったとされていますが、これでは明らかに収入が不足しています。食事代や会場費は賄えないでしょう。
だからといって、仮に、不足分を政治資金で補填したとなると、その金額の分は自らの選挙区内の有権者への寄付になってしまいます。これは公職選挙法違反です。
当選9回の大物がなぜ便宜を図るようなことした?
――「桜を見る会」と「前夜祭」では、当時の安倍総理自身の「政治とカネ」問題に発展しました。しかし、安倍氏は当選9回の大物です。地盤も盤石。民主党が政権を奪取した2009年の衆院選・小選挙区でも圧勝でした。それなのに、なぜ、地元の有権者に便宜を図るようなことをしたのか。そこはどう考えますか。
1991年、自民党には約547万人もの党員がいました。しかし、安倍氏が総理に復帰した2012年末は73万人程度。激減です。
自民党が圧勝した2005年のいわゆる郵政総選挙では、自民党は比例代表で2588.8万票を獲得したのに、2009年の総選挙では1881万票まで減らし、野党に転落しました。2012年の総選挙ではさらに減らして1662.4万票です。それでも政権に復帰できたのは、棄権が増え、民主党が大きく得票を減らしたからでした。
つまり、自民党は支持を回復して与党に返り咲いたわけではないのです。そのことをわかっていたからこそ、安倍氏は党員数と得票数を回復したいと思って、「桜を見る会」が総理主催であることに乗じて自民党のために利用しようとしたのではないでしょうか。
――政党には政党助成制度によって税金から毎年、巨額の政党交付金が支払われています。それなのに、国会議員たちはなぜ、企業献金や個人献金、政治資金パーティーなどによってお金を集めようとするのですか。そして、「桜を見る会」「河井夫妻による選挙買収事件」「IR汚職」……。近年、政治とカネに関する問題は後を絶ちません。
まず、政党助成金(政党交付金)のことで言えば、あの資金だけでは不十分なのでしょう。企業献金は本来、政党も含めてすべて禁止されるべきです。そうした議論もずっと昔から行われていますが、今も禁止されていません。ですから、企業は企業のために働いてくれる政党に政治献金するでしょう。
例えば、中国のカジノ会社からお金をもらった議員がいましたが、カジノ会社は日本の医療や教育をよくしようとしてお金を渡したのでしょうか。そうではないですよね。「日本でカジノが解禁されるように」とか、「解禁されたら参入できるようにしてほしい」とか、そういう意味でお金を渡していたはずです。そう考えるのが普通でしょう。
「政治とカネ」の事件が絶たないのは、与党の議員や大臣にその権限を悪用させてでも利益を得ようとする企業が存在するためです。そして、それに応じて権限を濫用してでも裏金や賄賂を欲しがる国会議員がいるからです。この関係を絶たない限り、「政治とカネ」の事件はなくなりません。
なぜ政治にはお金がかかるのか
――これはもう、途方もなく困難ですね……。そもそも、「政治にはお金がかかる」とよく言われます。なぜ、そんなにお金がかかるのですか。
確かに政治にはお金がかかります。そのこと自体は否定しません。ポスターを作成するだけでもお金がかかります。ほかの候補者より少しでも見栄えをよくして、少しでも選挙で有利になるようしように、と。そうすると、余計にお金がかかります。
私たちだって、少しでもカッコよく見せようとか、かわいく見せみせようとして、結果、いつの間にかお金がかかってしまった経験はあるはずです。政治家も同じです。事務所を少しでも良い立地に借りたり、少しでも分かりやすいホームページを作成したり。どうしてもお金はかかってしまいます。
しかし、必要以上にカネをかけている政党や議員もいます。「必要以上」とは何か。
例えば、参議・広島選挙区の河井案里候補側が買収に走ったのは、同じ自民党で安倍総理(当時)を「過去の人と」と批判した現職の溝手顕正候補者を落選させ、案里候補を当選させようとして、従来の溝手支持者をカネの力で杏里支持に変えようとしたからです。カネで政治を動かそうとすることこそが「必要以上」ではないでしょうか。
――どうしたら、「政治とカネ」の問題がなくなると考えますか。法改正によって「政治とカネ」の問題をなくそうという政界の動きは活発になっていないし、今回の総選挙でも主要な争点にはなっていません。
政治とカネの関係では、政治家個人の倫理観が重要になります。しかし、それだけでは金権腐敗政治がなくならない。歴史がそれを証明しています。政治腐敗を防止する法制度を完備させるしかありません。
法制度に欠陥があれば、それに乗じて腐敗が起きます。腐敗をなくすための法改正・制度改革が欠かせないし、国民がいつでも政治とカネを監視できる制度を確保し、実際に監視を続ける必要もあります。
ただし、政治家が自らを縛る法律を率先してつくるかどうか。「泥棒が泥棒を取り締まる」ことはありません。少なくとも、「桜を見る会」や「河合案里議員の選挙買収事件」などを起こした政党が政権与党でいる限り、法改正は進まないでしょう。
収支そのものをチェックする機関はない
――政治資金は総務省の管轄です。政党助成制度に基づく政党交付金は公金ですから、国の会計検査の対象のはずです。なぜ、こういった機関は「政治とカネ」をチェックしないのですか。
総務省は、政党や政治団体の届け出を受け付け、その政治資金収支報告書や政党交付金使途報告書を受け付けます。しかし、その収支そのものをチェックする権限はありません。会計検査院は国(政府)や独立行政法人の公金をチェックしますが、国家機関ではない政党・政治団体の政治資金をチェックする権限はありません。
――ということは、有権者が監視していないと「政治とカネ」の野放図な問題はなくならないと?
一度、政治資金収支報告書を見てはどうでしょうか。総務省のHPや各選挙管理委員会のHPで公開されています。収入の欄には、どの個人から、もしくは、どんな会社や政治団体からいくら寄付をもらった、ということが書かれています。地元の議員だと、あなたが知っている人の名前や会社が出てくるかもしれませんよ。
支出の欄には、地元事務所の家賃のほか、水道代・電気代といった光熱費、交通費、ポスター代といった経費が書かれています。「こんな飲食店で会議をやって、こんなに多額の金額が支払われているんだ」と驚くこともあるでしょう。何が法律違反かわからなくても、普段、政治家がどんなお金の使い方をしているのか知ることができます。そういうところからスタートしてみてはどうでしょうか。
取材:鈴木祐太=フロントラインプレス(Frontline Press)