岡山駅は県下最大の駅にして、多数の特急が発着する。“昭和のターミナル”の一面も(撮影:鼠入昌史)

いつの頃からか、ネットなどで“大都会”と呼ばれるようになった岡山県である。まあこれは地方都市たる岡山を揶揄する言葉なのだろう。確かに、岡山県の両隣であるところの兵庫県や広島県と比べればいささか地味であることは否めない。神戸市や広島市のような大都市に対し、岡山市だって政令指定都市ではあるものの規模では劣る。

だがしかし、である。馬鹿にしてはいけない。いろいろ岡山の魅力はあるだろうが、ここでは主役は鉄道である。岡山県の鉄道は、まさしく瀬戸内の中核、中国・四国地方におけるネットワークの心臓のような存在なのだ。

まずは東西の大動脈から

まず、岡山県をどんな鉄道路線が通っているのか。やはり中心にあるのは、東西を貫く山陽新幹線と山陽本線だろう。


吉井川を渡る山陽本線。115系は瀬戸内の青空に映える(撮影:鼠入昌史)

天下の新幹線は岡山県に限らず、どこに行っても存在感はバツグンなのだが、山陽本線も負けてはいない。兵庫県との県境を船坂峠で越えたばかりの三石駅にはじまり、県都・岡山や観光都市の倉敷などを経て港町の笠岡までが岡山県内だ。広島には新型車両227系が活躍しているところ、岡山県内は国鉄時代の115系が令和のいまもわが物顔で走り続けているのも大きな特徴であろう。ちょっと時代の変化から取り残されているんじゃありませんかね、と突っ込んでしまう気持ちもよくわかる。確かに227系と比べたら乗り心地はいまいちだ。

だが、古いことは悪いことばかりではない。どうして岡山(と山口)だけが国鉄車両を使い続けているのか、その事情までは知らないが、旅人は不満をこぼさずにちょっと昭和にタイムスリップしたような気分になればいいのだ。

昭和を感じるような鉄道スポットは岡山県内にいくつも残っている。山陽本線をはじめ、多くの路線で昔ながらの木造駅舎を見ることができる。倉敷駅の傍ら、倉敷市駅からコンビナートでおなじみ水島方面までを結ぶ水島臨海鉄道には、まさに昭和、骨董品レベルのキハ30形などが在籍中だ。


瀬戸内海を眺めたければ赤穂線も悪くない(撮影:鼠入昌史)

また、何より昔ながらの旅を感じさせてくれるのが県下最大のターミナル・岡山駅。ホームに『瀬戸の花嫁』が流れるのも悪くないが、何より岡山駅は四国方面に向かう特急列車も発着する中国地方最大の鉄道交通の要衝である。さらに岡山市内だけをみても「おかでん」こと岡山電気軌道が走っている。

では、岡山駅を出発する特急列車に何があるのか、見てみよう。

四国方面に向かう特急は「しおかぜ」「南風」「うずしお」。快速の「マリンライナー」を含め、瀬戸大橋を渡って瀬戸内海を越える列車の起点なのが岡山駅なのだ。

山陰地方へ向かう特急も

さらに一旦東に走って智頭急行に乗り入れて山陰方面を目指す「スーパーいなば」、反対に東に向かう陰陽連絡線の主役・伯備線経由の特急「やくも」。いま残っている唯一の定期夜行列車である「サンライズ出雲・瀬戸」も忘れてはならない。山陰に向かう「サンライズ出雲」と瀬戸大橋を渡る「サンライズ瀬戸」は岡山駅で連結したり分割したり。


特急「やくも」も国鉄車両の381系がご活躍(撮影:鼠入昌史)

そのまま西に向かうのか、それとも山陰か、はたまた四国か、まさに岡山がその分かれ目たる要衝であるということがよくわかっていただけるのではないかと思う。

これだけをもってみても、岡山県の鉄道は実に充実しているのだ。山陰や四国、中国地方を鉄道で旅するならば岡山を避けて通るのは難しい。見方を変えれば旅人の生殺与奪をすっかり岡山に握られているといってもいいのである。

もちろん、岡山駅から延びている路線には特急列車が走っていないものもある。ひとつは津山線。その名のとおり中国山地の山の中、津山盆地を目指すローカル線だ。いまもキハ47形が活躍しているという点で、こちらも昭和の面影を色濃く残す。


津山線の快速「ことぶき」に乗ればいいことがあるかも?(撮影:鼠入昌史)

津山線の快速「ことぶき」に乗れば1時間と少しで津山まで。なぜ「ことぶき」なのかというと、福渡・亀甲などいかにも縁起のいい名の駅が津山線にはたくさんあるからなのだとか。縁起は悪いよりもいいほうがいい。

そしてこの津山線の終点である津山駅は、それこそ昭和の昔、蒸気機関車の時代に使われていた扇形機関車庫が保存されており、ちょっとした鉄道博物館として整備されている。こちらに足を運んでみれば、中国山地を走る鉄道が単なるローカル線ではないということがわかるはずだ。

山地にある鉄道の要衝

津山駅も岡山駅に負けない中国山地の要衝で、津山線のほかに北に延びる因美線・山地を分けて東西を結ぶ姫新線が乗り入れる。因美線はかつて岡山と鳥取方面を結ぶ重要路線だったこともあるが、1994年に智頭急行が開業すると存在感が低下。岡山側は運転本数の少ないローカル線になった。


岡山・兵庫・鳥取の3県を跨ぐ智頭急行は陰陽連絡の大動脈(撮影:鼠入昌史)

智頭急行は高架やトンネルが大半という新幹線のごとくハイスペック路線。特急「スーパーいなば」「スーパーはくと」が行き交う大動脈になっている。


因美線は智頭駅を境に岡山側では超のつくローカル線(撮影:鼠入昌史)

それに対して岡山県内の因美線は地味に過ぎる存在になってしまった。が、それでも『男はつらいよ』の最終作で寅さんが旅をした美作滝尾駅など、味わい深い駅舎がいまも残っているから訪れる価値は充分だ。

姫新線はその名のとおり姫路から新見までを結ぶ長大ローカル線。これまた運転本数が少なく旅をするのに一苦労の路線ではあるが、なだらかな山が続く吉備高原らしい光景を車窓から楽しめる。

姫新線の終点の新見駅も中国山地のターミナル。南北には伯備線が通り、東西には東は姫新線、西は芸備線。いまではほとんど跡形もないが、ここにも津山同様に機関区が置かれていて、蒸気機関車が必死に山越えに挑む手前の休息所でもあった。ちなみに、かつての新見機関区は、下山事件の“犯人”になった蒸気機関車D51があちこちへの異動を経て最後を迎えた場所でもある。


中国山地の中をのんびり走る姫新線(撮影:鼠入昌史)

このように、大動脈も大ターミナルもローカル線も盛りだくさんの岡山県。ほかにも岡山市内には路面電車が走っているし、東に向かえば山側の山陽本線だけでなく海沿いをゆく赤穂線も大きな存在感を放つ。総社駅から県境を越えて広島方面に走る三セク路線・井原鉄道だってある。


日本三大稲荷の1つとされる最上稲荷の大鳥居を横目に吉備線がゆく(撮影:鼠入昌史)

また、岡山市に近いところを走っているローカル線・吉備線。こちらは沿線に吉備津神社・吉備津彦神社・最上稲荷といった有名寺社が目白押し。さらには羽柴秀吉の“水攻め”でおなじみの備中高松城跡も沿線スポットの1つだ。岡山、つまり吉備がかつて中央のヤマト王権にも負けない勢力を誇っていた時代がしのばれる。岡山では古代ロマンの風に吹かれることもできるのだ。

選択肢がありすぎて迷う?

そうして岡山の鉄道を巡り終えたら、次にどこに向かうのか。やはり定跡どおりならば広島方面を目指すのか。いやいや瀬戸大橋を渡って四国か、それとも山陰か。この次の行き先に迷うほどというのも岡山ならではといっていい。こんなに次の選択肢に恵まれている鉄道ネットワークも、他の都道府県ではめったにないのではないか。


宇野駅は宇高連絡線の接続駅だった。いまは面影はない(撮影:鼠入昌史)

ちなみに筆者の場合はどうしたって四国に向かいたくなる。宇野線の終点、宇野駅はかつての宇高連絡線の接続駅だ。いまはその面影はないけれど、なんとなく港町の雰囲気が漂っている。瀬戸大橋に通じる児島駅は日本で初めて国産デニムを生産した町だとか。

温暖で過ごしやすい瀬戸内に面する岡山は、どれだけいても楽しいくらいに見どころが多い。倉敷美観地区ももちろんいいですが、それだけで岡山の旅を終えたらあまりにももったいないのです。