米ノースカロライナ州にあるamazonの配送センター(写真:Rachel Jessen/Bloomberg)

他の追随を許さないアメリカの巨大IT企業群、GAFAM(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフト)。この5社の株式時価総額だけで日本株全体の時価総額を上回るほどのビッグ・テックが、世界経済に大きな影響を与えていることは誰もが知るとおりだ。

そんなGAFAMの中から、「創業初日」を合い言葉にして新たなビジネスを創出し続けるアマゾンをピックアップ。創始者でありCEOであるジェフ・ベゾスが従業員たちの変革の力をどのように導いてきたのか、『GAFAMのエンジニア思考』(アレックス・カントロウィッツ著)より一部抜粋・編集してお届けする。

アマゾン本社ビル1階に「最先端コンビニ」

アマゾンは、デイワン(創業初日)オフィス棟の1階に、アマゾンGOというレジのない新形式のコンビニエンスストアを運営している。

GOで何かを買うときは、入口でまずアプリをスキャンして、欲しいものを棚からとって、あとは……出ていくだけだ。しばらくすると、買った品物の代金が記載された領収書がアマゾンからスマートフォンに届く。GOには行列も順番待ちもレジも必要ない。まるで未来を見ているかのようだ。おそらく未来はこうなるのだろう。

GOでは、あらゆる方向に向いたカメラやセンサーが天井に並び、陳列棚の間を歩く人の身体とその動きをとらえている。

コンピューター・ビジョン(機械学習の1種)を利用して、GOはあなたが誰で、何を手にとり、何を棚に戻したかを把握する。それから課金する。何度も試した経験からいって、GOはほぼ間違えることがない。

GOの背景にある物語は、ハードウェアとプログラムにとどまらない。それは何よりも、目には見えないアマゾンならではの企業文化の成果なのだ。

アマゾンでは、ジェフ・ベゾスが変革を社内に行き渡らせていて、GOなどの新しい実験的企画の創造を会社のビジネスの中心にすえて、主要なアマゾン・ドットコム(ドットコム)の運用と並べて重要視している。

アマゾンに属するすべての人はヒエラルキーの最上層から最下層に至るまで、誰もがアイデアを出せる。そしてベゾスはできる限りすべてを自動化することで、変革の余地をさらに増やす。

ベゾスの仕事は、ただ創意工夫をうながすことだけではない。ベゾスはアイデアが大量に生まれるような仕組みをつくり、一度採用したアイデアに対しては成功に向けてあらゆるチャンスを与えてきた。

たとえばGOは当初、巨大な自動販売機として提案された。それがベゾスの検討を経て、人間の購買行動を変える力を持った存在に変身したのだ。

私たちがスピーカーや電子レンジ、時計に話しかけるようになったのは、ベゾスの変革の文化がきっかけだ。どれもアマゾンの音声AI「アレクサ」が組み込まれている機器である。

本をモニターで読むようになり、会社をクラウド上でつくるようになり、インターネットで思うままに買い物をするようになったのもアマゾンの影響だ。おそらくもうすぐ、レジに寄らずにどの店からも出ていくようになるだろう。

「変革はベゾスの燃料、彼の知性を刺激するものです。変革は彼の体に組み込まれ、アマゾンという企業の基礎になっています」と、アマゾンのワールドワイド・コンシューマー部門CEOでベゾスの片腕のジェフ・ウィルクは言う。「彼がいちばん楽しそうに見えるのは、創意工夫や洞察、革新、それから先進的な思考に出合ったときですからね」

2004年「パワポ」を全社で禁止

アマゾン内のすべての新プロジェクトは文書で始まる。2004年に、ジェフ・ベゾスがパワーポイントの使用を全社で禁止したからだ。ベゾスによればパワーポイントは「アイデアをもっともらしく言いつくろうことができる」ため、欠点があったり不完全なコンセプトでも、プレゼンテーションの時点では気づかないことが多いという。代わりに、新しい製品やサービスについてのアイデアを完全な文と段落で構成された文章にするようにとアマゾニアン(アマゾンで働く人々)に求めた。

新プロジェクトの文書は、未来を舞台に提案する製品がどんなものかについて、まだ誰も何もしていないうちに事細かに説明するものだ。

アマゾニアンたちは、これを「さかのぼって作業する」と呼ぶ。まず完成品を思い描いて、そこからさかのぼって取り組んでいくわけだ。

この文書は上限6ページで、行間を空けずに11ポイントのカリブリ・フォントで印字され、提案する新製品やサービスについて伝えたいことがすべて詳細に書かれる。

6ページ文書を書くのはSF小説を書くのに似ていると、ある元アマゾニアンは言った。

「それは、未来を舞台にした将来そうなると信じているものの物語、存在しないものについての物語です」

実際、6ページ文書にはフィクションも含まれる。提案する製品を世界に向けて発表するプレスリリースや、その製品の導入を歓迎する経営陣の声などが創作されることも多い。

6ページ文書が承認されると、提案者に予算が与えられ、人員を集めて、描いた夢を形づくることになる。そして変革をうながすために、6ページ文書を書いた本人をそのアイデアを実現するための責任者にする。それが重要なのだ。

この仕組みのなかで、アマゾニアンはプロジェクトの成功に向けて励む。6ページ文書を通してつねに改善し、調整し、創意工夫する。そしてベゾスは、彼らの活動をうながす役割を果たす。

アマゾンを支える20万台のロボット

アマゾンが変革に集中するために活用しているのが、ロボットだ。

ベゾスは、より創造的な仕事をする自由を従業員に与えるために、できる限りあらゆるものを自動化しようとする。

アマゾンは過去8年にわたって、人間とロボットの協働の方法を探ってきた。2012年3月には、配送センターで使われるロボットのメーカー「キバ・システムズ」を買収し、それ以来驚くべきスピードでロボットの配備を進めてきた。

現在は約80万人の人間の従業員に加えて、20万台以上のロボットを「雇用」している。近隣のニューアーク・リバティ国際空港のコード名をとってEWR9と名づけられた倉庫では、約2000人が数百台のロボットと働いている。

さらにロボット技術の進歩によって、アマゾンは配送センター以外の配送業務の中核部分も自動化しようとしている。

EWR9では、これまで存在しなかった職種を次から次へと耳にすることになった。

ロボティクスフロア・テクニシャン、アメニティー・プロフェッショナル(ロボットが落とした商品を掃除する)、ICQAメンバー(棚の品物を数えて、システム上の数と合っていることを確認する)、クォーターバック(上階からロボティクスフロアを監視する)など。

アマゾンは20万台のロボットを増やしたと同時に、人間の仕事も30万個増やしたのだ。

アマゾンの自動化推進は必ずしもアソシエイトを解雇することにはつながらないが、彼らに対してつねに変わりつづけることを強制する。変わりつづけることは退屈しない反面、消耗するものだ。アマゾンでは、ある日やっていた仕事が次の日にはコンピューターやロボットに置きかえられても不思議ではない。

つねに変わりつづけることは、変化にうまく対応できない人には過酷かもしれないとベゾスも認めている。

「花形職種」にも自動化の波

アマゾンは「ハンズオフ・ザ・ホイール(ハンドルから手を放す)」構想のもとで、社内の多種多様な事務作業を自動化している。

アマゾンには、フルフィルメントセンターでの処理をスムーズに進めるため「ベンダーマネジャー」という職位がある。

たとえばある洗剤メーカーを担当するベンダーマネジャーは、各フルフィルメントセンターに「どのくらいの量の洗剤を配置するか」「必要な時期はいつか」「1ユニットいくらで仕入れるか」などを割り出す。それから、メーカーと価格交渉をして発注する。

この職位は以前、社内であこがれのものだった。面白くて人間関係が築けて、世界トップクラスのブランドと接するきっかけになる仕事だったからだ。

しかしアマゾンではつねに、変化が近くに潜んでいる。

アマゾン幹部たちは「予測・値付け・購入」を含む旧来のベンダーマネジャーの仕事を自動化することに決めた。

アマゾンのベンダーマネジャーは、決定の際に単に機械学習アルゴリズムの予測を参考にするだけでなく、自動化システムに仕事をやらせるように指示された。

このようにして、ベンダーマネジャーの仕事は大幅に変わった。ベンダーマネジャーは、いまや実行者というより監査人だ。

ハンズオフ・ザ・ホイールのおかげで、アマゾンの小売部門は現在、以前よりもずっと堅実で効率的に運営されている。アマゾン・マーケットプレイスもこのコンセプトに沿って運営されていて、中間業者としてのアマゾンが販売を請け負うのではなく、アマゾンのサイト上にベンダーが直接リストアップされる。

急増する2つの職種

いまではベンダーマネジャーという仕事の人気も少し下がって、多くのベンダーマネジャーがアマゾン内の別の職位に移った。主に、プログラムマネジャーとプロダクトマネジャーという2種類の職種のどちらかだ。


どちらも、アマゾン内で創意工夫を担当する仕事である。新しいことを構想し、実現までの面倒を見る。プロダクトマネジャーは個別の商品開発を担当し、プログラムマネジャーは複数の関連するプロジェクトに関わることが多い。

リンクトインのデータによれば、この2つは現在アマゾン内で最も急速に増えている職種だ。

小売り部門の仕事を自動化することで、アマゾンは新しい変革の機会を開いている。ウィルクによれば、それはずっと前から計画されてきたという。

「こういうつまらない繰り返される仕事をしていた人たちは、いまや解放されて変革に関わる仕事に就いています。機械には難しすぎる仕事にね」

現在の社会には、技術志向の人間は創造的に考えず、創造的な人間は技術的に考えないという思い込みがある。片方にアーティストやミュージシャンをおき、他方にプログラマーや数学者をおく。右脳対左脳というやつだ。

しかしアマゾンでは、ベゾスが両者を統合する方法を教えてくれる。彼に後押しされてアマゾニアンは未来を想像し、SFを書き、プログラミングし、自動化し、次を想像するのだ。