諸星大二郎先生が自作について語ってくれた

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諸星大二郎先生が自作について語ってくれた
現在、デビュー50周年を記念した大展覧会「諸星大二郎展 異界への扉」が開催中の漫画家・諸星大二郎先生。漫画ファンのみならず、数々の有名漫画家からも熱烈な支持を受ける、レジェンド中のレジェンドにインタビューが実現! 

後編の記事では、現在も連載中の『西遊妖猿伝』など、近年の人気作を中心に話を伺った。(前編⇒デビュー50周年・諸星大二郎。「ジャンプ」から飛び出した異端の漫画家インタビュー【前編】)

【画像】展覧会で展示されている諸星大二郎先生の貴重な原画

■「天竺には着かないかもしれない(笑)」

――先生は50年のキャリアの中で、怪奇、ホラー、SF、ギャグなど、実にさまざまなジャンルに挑戦されてきました。その中でも描いていて特に楽しいジャンルはあるのでしょうか?

諸星 やっぱり新しいジャンルを描くと楽しいですね。その意味で『西遊妖猿伝』(※1)は少し飽きちゃっているかもしれない(笑)。

――途中で掲載誌の移動や休止を挟んでいるとはいえ、同作の連載は1983年からと、先生の作品の中で最長シリーズとなっています。もう38年目です。三蔵法師一行が天竺に着く気配はまだまだないですか、予定ではどのくらいで......?

諸星 うーん、このペースだと無理かもしれない(笑)。だいたい原作に出てくる面白いキャラクターは連載でほとんど使ってしまったんですよね。だから、これからどうしようかなとは。

――先生の未完の長編といえば、4世紀の日本を舞台にした『海神記』(1990年〜1991年)も第3部が予告されながら中断しています。

諸星 ほんとはどんな作品も完結させたいんですけどね......。ただ、『海神記』は群像劇みたいなところがあって描くのが大変で、ほかの長編と2本の連載は無理だから、『西遊妖猿伝』を終えられたら、もしかしたら、という感じでしょうか。

――『西遊妖猿伝』も終わらせるつもりはあると。

諸星 そうですね。場合によっては(原作の)途中まで描いて、「そして数年後......」みたいなことをやってもいいかもしれないとは思っています。

※1:1983年に「月刊スーパーアクション」で連載開始。『西遊記』で有名な三蔵法師や孫悟空たちの冒険を描く。現在も「モーニングtwo」で連載中の人気シリーズ


諸星大二郎「西遊妖猿伝」カラー原画(1998年)/©諸星大二郎

■諸星大二郎が「失敗したジャンル」

――2000年代に入ってからは『グリムのような物語』(※2)で西洋ファンタジーの世界にも挑戦されました。

諸星 あれは描いていて面白かったですね。最近だと『BOX〜箱の中に何かいる〜』(※3)もノッて描きました。

――そうやって定期的に新しいジャンルに挑戦することが、先生にとっては仕事の中での息抜きにもなっているんでしょうか。

諸星 それはあるかもしれない。『BOX』もエッシャーのだまし絵を盛り込んだりして、絵の遊びみたいなことをかなりやりましたから。

――反対に「このジャンルは失敗したな」というものは?

諸星 うーん......、ギャグかな。

――『ど次元世界物語』(※4)とかダメですか?

諸星 僕のギャグセンスはもう、古いでしょう(笑)。

――名作だと思いますが......。実際、ホラー的な題材をコメディタッチで描いた『栞と紙魚子』シリーズ(1995年〜不定期)が、第12回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で優秀賞を受賞しているなど、こういった路線も高く評価されています。

諸星 時々違ったものを描いてみたくなって、それがうまくいくこともあるということじゃないですか。

――最近は短編集の『諸星大二郎劇場』を読んでいても、先生の青春時代の音楽や映画をモチーフにした連作(『オリオンラジオの夜』2017年〜2018年)に挑戦されていて、意図的にこれまで扱ってこなかったジャンルを描く機会を増やしている印象がありました。

諸星 あれは昭和ものを描いてみようと思って始めたんですけど、いまいち昭和らしさが出せなかった。どうしても子どもたちが垢抜けてしまって、「こんなじゃなかったよな」と思うんです。みんな鼻垂らしてばっかりで汚かったはずで(笑)。

――でも、ホラーでもSFでもない、ノスタルジックな諸星作品は新鮮でした。

諸星 最初は昭和の流行歌に仮託した短編シリーズのつもりだったんですけど、それに限界を感じて、昔の映画をモチーフに変更してしばらく続けてみたんですよね。ただ、有名な映画をネタにはしたくなったから、音楽に比べて、随分とマニアックなB級映画ばかりが登場してしまいました。

――ロジャー・コーマン監督の『原子力怪獣と裸女』(1956年)とか。

諸星 誰も知らないようなね。

※2:『グリム童話』を原作に諸星大二郎が自由なアレンジを加えて漫画化した短編シリーズ(2002年〜2006年)。

※3:差出人不明の「パズル」を受け取った7人の物語を、エッシャーのだまし絵をふんだんに登場させた錯視空間において描いたミステリー(2015年〜2017年)。

※4:脱力系ギャグを盛り込んだナンセンスギャグ漫画シリーズ(1975年)。特に登場人物の「怒々山博士」は諸星作品の中でも根強いファンが多い。


諸星大二郎「栞と紙魚子」カラー原画(2015年)/©諸星大二郎

■自作はあくまで「普通の漫画だと思っている」

――しかし、これだけ多様なジャンルで、数多くの作品を描いていらっしゃると、「これは前にも描いた気がする」と思うことはないでしょうか?

諸星 それでいうと、大きな顔をした女は何回も描いてきたから、似たものを知らず知らずに描いてしまっているかもしれない。

――カラダは怪物なのに、顔は人間という造形のキャラクターは、諸星作品の代名詞でもありますね。

諸星 気が付くと、大体そうなってしまうんですよ。

――それはなぜだと?

諸星 一度も見たことがないものだけで怪物を作ったとしても、それは怖くないと思うんですよね。異様なものの中に、見たことのあるものが含まれている。怪物のカラダに人間の顔というバランスだから怖くなるんじゃないでしょうか。

――そういった数々の"異様なもの"を考えるときは、「これまでの漫画では見たことがないものを」などと考えられるんでしょうか?

諸星 そういうことは考えてないですね。僕としては、どれも普通の漫画だと思っているので。

――今あらためて読み返しても。

諸星 僕はそう思うけど。普通の漫画じゃないかな。

――先生の漫画はオチがなく、謎が謎のまま終わることが珍しくない。それが商業誌では決して多くはないというか。作家によってはオチを印象づけるために結末から逆算して描く人もいるくらい、読後感は商業誌では重視されるので、必然的に先生の作品が異端になっているのだと思うんです。

諸星 オチですか。確かに、オチを決めて描くっていうことはないかな。変なものが好きではあるから、ストーリー自体は宙ぶらりんのままにしてしまうことがけっこうありますね。

――では、作品の中で重視している要素は?

諸星 絵のイメージでしょうね。描きたい絵が思い浮かんで、そこに向かって描いていくことが多いと思います。

■諸星大二郎が自分で好きな絵とは

――それでいうと、今回の展覧会で先生ご自身が好きな絵は?

諸星 えーっ、なんだろう? 『BOX』みたいに遊び心がある絵は好きですね。『グリムのような物語』も好きです。あとは「カオカオ様」(※5)かな。なぜかあれを好きな人がけっこういるんです。

――おそらく、カオカオ様が登場する『遠い国から』という短編シリーズは、オチがない不思議な物語が並んでいて、まさに諸星先生らしい作品群だからじゃないでしょうか。

諸星 これはアンリ・ミショーという詩人がいて、彼の『幻想旅行記』という詩集がイメージの元になっているんですよね。いろんな奇妙な風習がある国を見て回るだけの本で、謎解きも説明もない。そのスタイルをちょっと借りたところがあります。

――実際、先生の『遠い国から』も主人公の目を通した旅行記というだけなんですよね。不思議なものがあった、それだけを報告している。こういった明確な物語のない物語を考える際にも、まずは描きたい絵から浮かんでくるのでしょうか?

諸星 そうですね。その次がストーリーかな。

――よくエンターテインメント作品では、「キャラクターこそが大事だ」と言われますが、そこは重視していない?

諸星 キャラクターから考えることはまずないですね。僕はキャラクターは無理をしないタチですから。ストーリーの流れの中で、ごく自然に出てくるキャラクターが、いいキャラクターだと思っています。

――ちなみに、先生はこういう怪異とかは信じているタイプですか?

諸星 怖いとは思うけど、信じてはいないですね。怖がりではあるんですよ。だからこそ、ほんとにいると信じてしまったら描けなくなりそうで。まあ、でも、いるかいないかはそんなに関係ないかな(笑)。そういうのとは別に、エンターテインメント作品として成立してればいいって考え方だから。

※5:『カオカオ様が通る』(『遠い国から』シリーズ所収)に登場する謎の存在。砂漠の中のとある町では、黄昏時になると、カラダの前後に顔があり、そこから生えた2本の脚で歩く「カオカオ様」が通り過ぎる。カオカオ様の目的も理由も明かされず、不思議な読後感だけを残す諸星作品の真骨頂といえるキャラクター。

■「そもそも原画展はあまり好きではない(笑)」

――ご自身の作品を読み返すことはあるんですか?

諸星 ありますね。デキの悪いものは読みませんけど(笑)。

――では、デキがいい作品は?

諸星 ......個人的なことで言うと、先ほどの『グリムのような物語』はやっぱり好きですね。この頃から丸ペンを使い始めたこともあって、ちょっとタッチが変わっているんです。前と違う絵が描けるようになると、ノッて描けるところがあるので。

――その前の画材は?

諸星 主にカブラペンを使ってました。最近は画材屋がなくなって、カブラのペン先もなかなか手に入らなくて......。今はあるものを使っているけど、これがなくなったらネット通販で買おうか、いっそ全部変えてしまおうか悩んでいます。

――近年は筆や鉛筆も使われていますよね。今回の展覧会のメインビジュアルも鉛筆で描き下ろしています。展覧会の最後にはアクリル絵の具を使った「少年とペット」という絵画作品も展示されていましたが、こういった絵の実験のようなことは今後も意欲的にやられていくのでしょうか?

諸星 そうですね、いつもと違った画材を使うと新鮮で面白いですから。趣味としてこういうのは描いていきたいと思っています。

――前編の記事から、先生の50年にわたる画業をざっと振り返ってきました。そこであらためてお聞きします。先生がデビューした際にイメージしていた「漫画家」の姿と、現在の先生ご自身の姿は、どのくらい重なっていますか?

諸星 いやー......、僕が若い頃の漫画家といえば、手塚治虫さんとか石ノ森章太郎さんみたいに、週刊誌連載で人気者になるのが王道でしたから。そこから比べると、随分と違う道に来てしまったなあって気がしますね。

――でも、それは先生がこの道を切り拓いてきたということでもあると思うんですよ。先生の存在によってあとに続く人がたくさん出られるようになった面は絶対あると思います。

諸星 そうなんですかねえ。

――50年はあっという間だったという感覚でしょうか?

諸星 ずっと〆切があって、20代でデビューした頃と生活が特に変わってない(笑)。

――では、今後の野望はありますか? 「もっと売れてやるぞ!」とか。

諸星 むしろ、どんどん売れなくなってきているから、野望は持たないほうがいいかなって(笑)。絵描きとしては鉛筆画にハマっているもので、いつか全ページを鉛筆でやってみたいとは思っていますね。

――今回の展覧会をきっかけに新しい先生の作品に触れたという人もいると思います。そういった新しい世代のファンにメッセージがあれば。

諸星 まず、僕は原画展ってそんなに好きではない。

――そうなんですか(笑)。

諸星 漫画は複製文化なので、本になって初めて商品になると思っているんです。だから商品になる前の原画を見せるのは、どうも恥ずかしくって......。あちこち荒っぽいところが見えたり、修正の跡が見えたりして、いやだなってなるんですよね。もちろん、ここまで大規模な展覧会をやっていただいたのはうれしいですけど。

まあ、僕の原画を抜きにすれば、資料はとても面白い。だから、僕の絵は資料のついでに見てください。そうしたら面白いですよ(笑)。

■諸星大二郎(もろほし・だいじろう)
漫画家。1949年生まれ。1970年、雑誌『COM』に掲載された『ジュン子・恐喝』でデビューを果たし、1974年には『生物都市』で第7回手塚賞を受賞。その後、「週刊少年ジャンプ」で『妖怪ハンター』を連載し人気を博す。代表作に『暗黒神話』『マッドメン』『西遊妖猿伝』など。2000年に第4回手塚治虫文化賞漫画大賞、2008年に第12回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、2016年に第64回芸術選奨文部科学大臣賞、2018年に第47回日本漫画家協会賞コミック部門大賞など受賞歴多数。

■「デビュー50周年記念 諸星大二郎展 異界への扉」
現在、デビュー50周年を記念した豪華大展覧会「諸星大二郎展 異界への扉」が全国巡回中。代表作の原画約350点を中心に、作品世界に関わりの深い美術作品や歴史・民俗資料などをあわせて展示。読む者を「異界」へと導く魅力の原点に迫ります。

●2021年8月7日〜10月10日 東京・三鷹市美術ギャラリー
https://mitaka-sportsandculture.or.jp/gallery/event/20210807/

●2021年10月23日〜12月26日 栃木・足利市立美術館
http://www.watv.ne.jp/~ashi-bi/profile.html

取材・文/小山田裕哉