カローラのSUVモデル「カローラクロス」が日本発売されましたが、イメージを覆すためか「カローラな要素は?」との声も。ベース車に対してSUVは車名を変える例もあるなか、「カローラ」を名乗ったのはなぜでしょうか。

カローラを名乗らなくてもおかしくなかった?

 2021年9月14日、ついにトヨタから「カローラクロス」が発売となりました。昨年の7月にタイ市場向けとして、その存在が知られるようになってから1年と2か月。待ちに待った地元である日本に登場したのです。


日本仕様カローラクロス(左)。カローラで初めて全幅が1800mmを越えたことも話題になった。右はワゴンのカローラツーリング(画像:トヨタ)。

 そこで気になるのが「カローラ」という名前です。カローラクロスの顔つきは、いかにもトヨタらしいものといえますが、既存のカローラそっくりというわけではありません。また、カローラクロスはカローラと同じTNGAのGA-Cプラットフォームを使っていますが、実のところ「プリウス」や「C-HR」も同じものを使っています。また、ホンダで言えば「フィット」のSUV版が「ヴェゼル」ですし、マツダ「デミオ(現・マツダ2)」のSUV版は「CX-3」という別の名前になっています。

 つまり、今回のカローラクロスも、「カローラ」ではない、別の新たな名前になってもおかしくなかったはずです。

 1966(昭和41)年の初代誕生から55年にもなるカローラの歴史の中では、数多くのバリエーションが生まれています。今回の「クロス」と同様ストレートに「カローラ・クーペ」や「カローラ・ワゴン(カラゴン)」などと呼ばれたモデルもありましたが、一方で、「レビン」や「スパシオ」「アクシオ」など追加の名前が与えられることもありました。また1980年代から90年代にかけては、いわゆるRVとして姉妹車「スプリンター」に「カリブ」という、4WD機能を持たせたワゴン派生モデルも存在していました。そのように、「カローラ」以外の名称や、「カローラ」の後につく、新たなペットネーム(愛称)があってもよいでしょう。

 しかし、今回はストレートにSUVをイメージさせる「クロス」が使われています。なぜ、新たな名前を与えずに、シンプルなものとなったのでしょうか。

使えるならば使うべき? 「カローラ」の名

 その理由は何でしょうか。考えるに2つほど思い浮かびます。ひとつは「カローラ・ブランドの強化」であり、もうひとつが「トヨタ全体のブランド再構築」です。

 まず、新しいカローラクロスが「カローラ」の名前を使うことに、大きなメリットがあります。それは「まったくの新しい名前を世間に認知させるよりも、カローラを使ったほうが圧倒的に楽である」ということ。なんといっても、「カローラ」は世界累計生産台数4750万台以上という世界的なベストセラーカーです。日本では1968(昭和43)年から33年連続で国内販売ナンバー1という偉大な記録を打ち立てています。クルマのことを多少聞きかじったことにある人であれば「カローラ」の名前を知らないことはないでしょう。知名度は抜群であり、商品を買ってもらうためにも、これはものすごく大きなプラス作用となります。

 さらにカローラクロスは「カローラ・シリーズ」の一員ということで、発表される販売台数は「カローラ」に含まれます。つまり、カローラクロスが売れるほど、「カローラ」の“ベストセラーカー”という名声が高まり、同じ名前を使うことで、「カローラ・ブランド」の強化になるわけです。


トヨタのSUVでは最小のライズ。1モデルのみで、2020年は約12万6000台を売り上げた(画像:トヨタ)。

 ちなみに、カローラのひとつ下のクラスである「ヤリス」も、昨年に「ヤリスクロス」を追加しており、見事2020年の年間販売ナンバー1(登録車のみ)に輝きました。ところが1位ヤリスと2位の「ライズ」の差は3万台弱しかなく、もしもヤリスクロスの上乗せがなかったら、順位が逆転していたはずです。ヤリスクロスを投入することで「ヤリス」が「年間ナンバー1」という勲章を手に入れることができたと言えるでしょう。まさにブランド強化の実例です。

 そして、もうひとつの理由が「トヨタ全体のブランドの再構築」です。振り返れば、数年前に「トヨタは2020年代半ばまでに国内で販売する車種を半分に減らす」という報道がなされました。実際、その後は「オーリス」をはじめ「マークX」「タンク」などの名前が消えています。そうした方針を考えれば、ヤリスやカローラのSUV版に新しい名前を使わないのも道理。車種を減らすというのに、新たに加えるわけにはいきません。

控えているもうひとつの「クロス」?

 さらに、「トヨタは、セダンやハッチバックのSUV版に〜クロスと名付ける」というのが周知されれば、他のモデルにSUVを追加することにも抵抗がなくなります。それが意味するのは、「クラウンクロス」の日本導入です。

 昨年、「クラウンがSUVになるのでは」との報道が話題になった際、筆者(鈴木ケンイチ:モータージャーナリスト)は「冗談でしょ」と思いました。ところが、昨年と今年と2年連続でヤリスクロスとカローラクロスが登場。さらに、この夏には中国市場に「クラウンクルーガー」と名付けられたSUVが発表されたのです。


ヤリスクロス(左)とヤリス(画像:トヨタ)。

 海外で売っているのであれば、いつか日本にやってくる可能性もあります。つまり、ヤリスクロスとカローラクロスは、日本市場に「クラウンクロス」を導入するための、地ならしという意味合いもあるのでは、と勘ぐってしまうわけです。

 どのような理由があるにせよ、今の世の中はSUVが大ブーム。自動車メーカーは、市場が求める=売れるクルマを、世に送るのが仕事です。たくさんのクルマを売るために、長い時間をかけて育ててきたブランドを上手に利用するのも、メーカーの腕の見せ所です。カローラクロスの名前は、そうしたトヨタの商売感覚からの選択だったことも間違いないでしょう。