日本記者クラブ主催の公開討論会では、河野氏の年金改革案に対して次々と他候補者からの異論が巻き起こった(写真・時事通信)

河野太郎規制改革相が打ち出した「年金の抜本的改革案」。それが波紋を呼ぶ理由と問題点、そして今後の政策議論に生かすための教訓は何かについて2回にわたってお届けする。前編の今回は、河野氏と他候補者の間に距離ができた背景状況を読み解く。

自民党総裁選は9月29日の投開票に向け、政策をめぐる討論会が花盛りだ。そうした中で、河野氏が掲げる年金改革案をめぐって、岸田文雄前政調会長や高市早苗前総務相などが問題点を次々と指摘し、議論が白熱している。

4人の総裁選候補の中で河野氏の主張が他候補者とかみ合わないのはなぜか。この対比は、実は年金制度や制度改革の流れを理解するうえで非常に興味深いものだ。どういうことか、以下に見ていこう。

河野氏は、基礎年金を全額消費税財源に替えた最低保障年金や積立方式所得比例年金の導入を主張している。その理由として、「年金制度の改革をやらなければ、若い人たちの将来の年金生活が維持できない。今の年金制度は維持できても、将来の若者の受け取る金額は減ってしまう」と話す。

こうした将来像は、一般の人たちにはスッと受け入れられるが、実は年金制度に詳しい人であればあるほど、「そんなに単純ではない」と受け止められることが多い。

政府の試算はどうなっているか

たとえば、2019年に厚生労働省が公表した公的年金の財政検証結果を見ると、将来世代の「実質年金額」(将来の物価変動を調整した実質的な購買力ベース)は6つの経済前提ケース(成長、物価、賃金などの想定を変えたもの)のうち、4つで増加する見通しになっている。現役世代の手取り収入額(ボーナス込み)に対する年金額の割合を示す「所得代替率」では全6ケースで現在水準より低下することが見込まれるものの、この所得代替率と、多少の伸びは期待される将来の実質賃金とのかけ算で決まる実質年金額は増える見通しが多くなっているからだ。

一方、経済前提がより厳しい2つのケースでは、将来世代の実質年金額も減少することが見込まれている。

最悪ケースのみに着目する河野氏

端的に言って、河野氏がほかの候補と決定的に違うのは、こうした多数のシナリオに対する受け止め方だ。河野氏は、最悪の経済前提ケースだけにフォーカスし、そこから年金改革の道筋を考えている。かつて厚労省は、「もっと悲観的なシナリオを含めた経済前提ケースでの試算を公表すべきだ」との批判を受け、2014年の年金財政検証からそうした試算を開始した。そして、この悲観的なシナリオでの試算公表を高く評価した1人が河野氏だった。

一方、幅広い経済前提ケースでの試算に対しては、将来予測が難しい中で、悲観的なシナリオも念頭に置きつつ、状況を見ながら一定の幅を持って考えていくのが、河野氏以外の候補者を含めた、一般的なスタンスだろう。

さらに河野氏以外の他の候補者は河野氏とは違って、すでに政府が次のような年金改革案を提示し、それを実施した場合、将来世代の年金給付はどれだけ改善するかという試算も示していることを重視している。

●国民年金に加入する非正規雇用への厚生年金の適用拡大
●基礎年金の保険料拠出期間延長(40年→45年)
●現在世代と将来世代の年金の取り分を調整する「マクロ経済スライド」の適用強化
●基礎年金と厚生年金(所得比例部分)のマクロ経済スライド調整期間の一致(低所得者ほど将来給付改善効果が大きい)

こうした改革を実行に移せば、6つの全経済前提ケースで将来の所得代替率や実質年金額は大きく改善することが見込まれ、ケースによっては現在の給付水準を上回る可能性もが示されている。また、個々人の自由選択で年金の受給開始時期を遅らせれば年金額が増える「繰り下げ受給制度」(1カ月遅らせるごとに0.7%増額)というものもあり、政府は高齢期の就労促進とともに繰り下げ受給の広報活動にも力を入れている。

こうした取り組みを考慮すれば、「若い人たちは年金で生活できないので、抜本的改革が必要だ」という河野氏の主張は性急すぎると映るだろう。

一方、上記のような方向が示されているとはいえ、これまでの実際の年金改革の歩みは「一歩ずつ前進」であり、遅い感じは否めない。例えば、非正規雇用への厚生年金適用拡大では外食・小売り業や中小企業が、マクロ経済スライドの適用強化では現在の高齢世代などが反発しているため、政治的には一気に制度変更を進めにくい。これまでの政権は選挙を意識しすぎて、気概の乏しかった面もある。一方で、反対者に対して1つひとつ丁寧に説得していく時間が必要であるということも事実だろう。

他候補者が河野氏に違和感を持つ訳

そうした中、河野氏がこうした取り組みを無視するように「抜本的改革を行わなければ、若者は将来、年金で生活できない」と叫べば、「やっぱりこれまでの政府の改革案はウソだったのか」と国民に不信感を植え付けるのは必至だ。自民党は政務調査会・厚生労働部会を中心としてさまざまな意見を集約して年金改革のコンセンサスを作ってきた。討論会などにおける、河野氏の年金改革案に対する他候補者の批判を見ると、それは河野案の持つ問題点のみならず、「わが道を行く」河野氏の姿勢への違和感も含まれていることが感じられる。

総裁選で河野氏支持に回った小泉進次郎環境相は、かつて自民党政調会・厚生労働部会長として現在の年金改革案に深く関わった人物だ。河野氏の持つ「改革派」「世代交代」といった立ち位置を重視していると見られるが、年金改革をめぐっては今後、河野氏とどうすり合わせていくのか、あるいは政策の不一致が後々尾を引くことになるのかが注目される。

河野案はかつての民主党案と類似

河野氏は2008年12月に当時の民主党議員らと「いまこそ、年金制度の抜本改革を。 ―超党派による年金制度改革に関する提言―」を公表した。民主党が年金の抜本改革などを争点にした衆議院選挙で自民党を倒し、政権を獲得する9カ月前のことだった。その後、民主党政権は同提言に沿って、消費税財源による月7万円の最低保障年金(現在の基礎年金は満額月6.5万円)創設を検討したが、それには7〜8%の消費増税が必要との試算が出て、負担増への嫌気から改革案は雲散霧消した。


河野太郎氏の年金改革案は、2010年前後に当時の民主党が出した改革案と似ている

今回の河野案は、こうした提言での改革案や民主党案と非常に似ている。改革の内容について異論が強い点も、他候補者が河野案と距離を置く理由だ。総裁選は絶好の政策論争の機会でもある。次回の後編では、河野案の問題点を整理するとともに、その主張を前向きに捉え、そこから今後の政策議論に何が生かせるかという視点で考えていく。