4人の候補のうち、誰が勝つのか。経済政策にも考え方やニュアンスには無視できない差がある(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

9月3日にアメリカの雇用統計が発表された後に、それまで上昇が続いた同国の株式市場(S&P500種株価指数)は5日連続で下落した。まだ最高値圏を保っているが上値が重くなり、調整局面に入ったと見られる。

上値が重くなってきたアメリカ株の行方は?

決定的な材料があったわけではないが、新型コロナウイルスの感染再拡大、経済成長のピークアウト、財政政策を巡る議会動向、近づくFRB(連邦準備制度理事会)による資産買い入れ縮小、などの要因が重なった。また、9月にアメリカ株が下げる傾向があるというアノマリー(効率的な市場仮説では説明のつかない証券価格の変則性)も意識されている模様である。

こうした中で、夏場の経済成長減速を主たる理由に、複数のストラテジストが目標株価を下方修正したことも、市場心理を慎重化させたとみられる。9月4日のコラム「日本株は岸田首相誕生なら米国株を急追できるか」で「大統領選挙が行われた2020年同様に、秋にアメリカ政治に起因する不確実性が、株式市場の上値を抑える場面は増えるかもしれない」と述べたが、これが現実になっているのだろう。

有名な「シラーPER」という重要な「物差し」がある。これはノーベル経済学賞受賞者のロバート・シラー教授が考案した指数で、CAPEレシオとも呼ばれている。株価の割高・割安を測る指標の一種で、過去10年間の1株当たり純利益の平均値をインフレ率で調整した実質純利益でPER(株価収益率)を計算するものだ。

現在はこの数値が歴史的にかなり高まっている局面であり、上記のような悪材料が重なれば、株価の上値が重くなるのはやむをえない。問題は、夏場に新型コロナでブレーキがかかったアメリカ経済の減速の程度で、これが今後の企業利益の増益ペースを屈折させるほど大きいかどうかである。

実際には、8月に景気減速の兆候はいくつか見られたが、新型コロナ感染再拡大を受けた航空など一部のサービス業に限定されており、経済全体に対する下押しは一時的にとどまると筆者は判断している。新型コロナ感染者数などは、9月初旬から早くも減少に転じている。この経済状況に関する筆者の認識が正しければ、目先はアメリカ株が下げる場面があっても、それは買い場を提供することになるとみている。

アメリカ株の上値が重くなるいっぽうで、9月3日に菅義偉首相が事実上の辞任を表明したことで政局が大きく動き、日本株(TOPIX=東証株価指数)は8月中旬の安値から9月13日には10%を越える大幅高となっている。戦後最低水準更新が続いていた「日米相対株価指数」は大きくリバウンドして、今年4月以来の水準まで戻し、アメリカ株対比での日本株の劣後度合いは和らいだ。

自民党総裁選挙は9月29日だが、事実上の次の首相候補による論戦が行われるなかで、経済正常化を期待させる議論が好感される可能性が高い。もともと、8月中旬から東京都の新型コロナ新規感染者がピークアウトしており、先行してワクチン接種を進めたアメリカやヨーロッパに遅れて、経済正常化が始まるシナリオが見えていたことも株高要因になっている。いまだに残っているアメリカ株との年初来リターンの格差を埋めながら、日本株の上昇が続く可能性があると筆者は考えている。

新首相就任で経済運営に変化は起きるか

今後1年などの中期的時間軸での日本株の行方は、次期政権の経済政策運営が大きく影響するだろう。野田聖子氏も立候補したが、総合的に見て次期自民党総裁はほぼ岸田文雄氏、高市早苗氏、河野太郎氏の3候補に絞られた。誰が勝つかに多くの方の関心や思いがあるのだろうが、いずれの候補が勝利してもおかしくない選挙情勢と筆者はみている。政策論争が建設的に行われることを通じて、安倍・菅政権を引き継いで経済成長を重視する自民党中心の政権が続く展開を、やや期待を込めて筆者は予想している。

ただ、4名の候補者の発言を踏まえると、経済政策に対する考え方やニュアンスには無視できない差がある。例えば、河野太郎氏は、金融財政政策を公約に掲げておらず、また最新著書においてもほとんど言及していない。そのうえで、9月10日には日本銀行の物価目標2%について「インフレ率というのは経済成長の結果からくるもの」「こういう状況の中で達成できるかというと、そこはかなり厳しいものがあるのではないか」と述べた。

安倍晋三政権が2013年初にインフレ目標2%を日銀と政府の共同目標にしたことがきっかけとなり、同政権下で日本銀行の政策レジームが大きく変わった。この政策転換が、2013年から2019年までにおよぶ日本の雇用者数拡大の原動力になった事実に対して、河野氏の理解は不十分なのだろう。金融緩和政策については、「マネーを刷る」という表層的な事象しか認識していない可能性がある。

また、安倍氏が保守的な経済官僚に依存してきた経済政策運営に強い不信感を抱いたことが、安倍政権の政策転換につながった。そしてそのことが、憲政史上最長となる長期政権を支えた、大きな政治資源をもたらしたと筆者は総括している。日本の場合、マクロ安定化政策を運営するには、保守的な官僚組織にしっかりと対峙することが政治リーダーに必要な資質であろう。

金融緩和強化後に起きた、雇用回復や経済成長の高まりという成果を否定するのは難しいだろう。だが仮にこの因果関係を理解できない政治家が総裁候補になっているなら、かなり不思議なことだ。

もし「歪んだ経済観」を持つリーダーによって経済政策運営が行われれば、国民経済の向上よりも権益拡大が優先事項になりがちな官僚組織に依存することになる。それでは、経済政策運営上のリスクが大きくなる。こうした筆者の懸念を払しょくしてくれるような、実りのある政策論争を自民党総裁選挙において期待したい。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)