アメリカでは、タイニーハウスと呼ばれる極小住宅がじわりと人気を集めている。写真はフロリダ州にあるタイニーハウス・コミュニティ「オーランド・レイクフロント」(写真:アダム・マネーさん提供)

「30年ローンを組んで家を買い、借金返済のために馬車馬のように働く--。そんな人生を送らないためにどうすればいいのか、自分は14歳の頃からずっと考えて行動してきた」

そう語るのはフロリダ州オーランド市在住、38歳のアダム・マネーさんだ。彼は、ディズニーワールドから車で30分ほどの距離にあるフェアビュー湖のほとりに、36戸の「タイニーハウス」所有者たちが一堂に会し生活する緑豊かなコミュニティ「オーランド・レイクフロント」を10年がかりで建設した。

一般的な一軒家の6分の1の広さ

車輪のついた小さな家、通称タイニーハウスとは、いわゆるRVやキャンピングカーなどのレクリエーション目的の自動車とは違い、小さいながらも「家」の形をしているのが特徴だ。キッチンやトイレやシャワーやリビングもあり、2階部分のロフトが、寝室になっている形が多い。

一般的なタイニーハウスの総面積は100〜400平方フィート。つまり37平方メートル(約20畳)以下の広さで、これはアメリカの一般的な一軒家の面積の6分の1以下に当たる。


マネーさんのコミュニティの敷地内にあるタイニーハウスの窓からは、湖が見え、まるでリゾート地にいる気分になれる(写真:マネーさん提供)

「これまで4つのタイニーハウスを自分で手作りしたんだけど、完成する度に、こんな大変なことは、もうやらないと思う。でも誰かから頼まれると、つい作ってしまうんだ」とマネーさん。

ちなみに、彼が手作りで建てたタイニーハウス1戸あたりの材料費は、約5万5000ドル。日本円にして約600万円ほどだ。個性的な形のタイニーハウスの玄関の入り口には、小さいながらも庭がきちんと整備されている。

10代から石材業で修業し、御影石のキッチン・キャビネットの事業を興したマネーさんは、2009年に荒れ放題だった3万6000平方メートルの広さのこの湖畔の土地を購入した。東京ドームの75%ほど広さの土地に、当時は30台以上の古いRVが駐車されており、RV所有者たちが土地賃料を払って、車の中で生活していた。


窓にはさまれた明るいリビング(写真:マネーさん提供)

いわゆる「RVパーク」や「トレーラーパーク」と呼ばれる居住コミュニティで、フロリダだけでなくアメリカのあちこちにこのような場所が存在する。地価やアパート家賃が高騰する都市では、低所得者が暮らせる数少ない場所でもあるのだ。

「どれだけ豪華な家に住むかで、人間の価値が決まるわけじゃない。古びたRVに住んでいても、人格が素晴らしい人たちはたくさんいる。家は所詮、家に過ぎない。豪邸に住んでいても、ひどい人間もいるし」とマネーさん。RVパークの管理をし、芝生や木を自費で植えて整備をしながら、2011年頃から「将来はタイニーハウス専門のコミュニティを作ってみたい」と思い始めた。

入居は6カ月から10カ月待ち

その後10年間、RV居住者たちを誰も追い出すことなく、彼らのうちの1人がパークを去ってRVと共に他の場所に引っ越すたびに、空いた場所にタイニーハウスの所有者を1人ずつ迎え入れてきた。現在は、5台のRVと36戸のタイニーハウスが敷地内に同居している。


36戸のタイニーハウスが3万6000平方メートルの敷地内に(写真:マネーさん提供)

コミュニティへの入居希望者は多く、入居は6カ月から10カ月待ちだ。土地(ロット)の空きが出ると新しい入居者は自分のタイニーハウスを敷地内に運び入れて、マネーさんに土地の賃料を払って住む仕組みだ。大陸の反対側のカリフォルニア州からタイニーハウスを運んではるばる引っ越してきた住民もいる。

ロットの賃料は1戸あたり月に450ドルから600ドル。水道・下水料金やゴミ収集費、庭の整備費などがこの賃料に含まれている。電気代は別途で、月30ドルほどだ。

コミュニティ内には共同のランドリールームや菜園、たき火ができる炉もある。湖で遊ぶためのボートやカヤックも、敷地内に住むマネーさんから借りることができる。このコミュニティには、「アップルストアの店員から弁護士、医師、学生や看護師など」(マネーさん)さまざまな職業の人が住んでいるという。

ダウンタウンまで車で数分という絶好の立地ゆえに、住民の平均年齢は25歳から45歳と比較的若く、男女はほぼ半々。中には60代や70代のリタイア組もいる。ほとんどの住民が独り暮らしか、カップルで、現在、住民の中に子どもはいない。入居者は、あらかじめ、犯罪歴があるかなどのバックグラウンド調査をパスする必要がある。

住民の多くはコミュニティ内に2〜3年ほど住んで、自分のタイニーハウスと共にほかの土地に移っていくことが多いという。「短期間であちこちを移動するノマドタイプの住民はうちにはあまりいない」とマネーさん。


キッチンもある(写真:マネーさん)

一般的にタイニーハウス・ライフ実現の際に最も難しいのは「土地の確保」と言われており、中には9年間という長期に渡ってこのコミュニティ内に住み続けている電気技師の男性もいる。この男性は、外壁がボロボロに剥がれた古いトレーラーに住んでいたが、マネーさんは見かねて彼のために、新築のタイニーハウスを手作りした。

「独立記念日には湖畔で住民が40人ぐらい集まってパーティーをしたり、ピザを焼いて食べたり。たき火やアウトドアを心から楽しむ仲間が多い。パーティーに参加したくない場合は、誰もしつこくしないから大丈夫」(マネーさん)。敷地内にある菜園では、住民たちが自主的に野菜を栽培しており、温暖なフロリダの気候のため、かなりの量の収穫があるという。

「地に足をつけて生活する感覚」

土の上に直接住むことができる--。これがタイニーハウスの醍醐味のひとつでもあり、通常の一軒家を建てる6分の1ほどの値段でその夢が叶う。部屋の上下に他人が住むアパート生活ではほとんど味わえない「地に足をつけて生活する感覚」を一度経験すると、病みつきになる人が多いようだ。


コミュニティの住民が集まる人気のたき火スペース。マネーさんの手作り(写真:マネーさん提供)

オーナーのマネーさんと管理を担当するマネージャーも、敷地内に住んでいる。住民たちはDIY好きが多く、誰かの家で修理が必要になると、お互いが助け合ってすぐ修理してしまう。ハリケーンの際も、住民総出でタイニーハウスをロープで地面に固定し、暴風で湖に吹き飛ばされないように守った。

ロックダウンによりアメリカ中で多くの人が職を失ったパンデミックの最中も、「土地賃料が払えないから待ってほしい」と懇願に来る住人は1人もいなかった。「シンプルで素朴な暮らしを好む人が多く、モノを買って散財するタイプではないので、ちゃんと計画的に貯蓄してきた人がほとんどだと思う」(マネーさん)。

実際に、2018年の調査では、タイニーハウスを購入した人のうち6割が、クレジットカード負債がゼロで、また、ローンなしでタイニーハウスを購入した所有者が68%だったという。また、全米ホームビルダー協会の2018年の調査では、アメリカ人の半数以上がタイニーハウスに住むことを考慮していると答え、ミレニアル世代に限るとその数は6割と高い。

看護師の資格を取るために大学に通う社会人学生の住民は、「寮費が高額な大学寮で数年暮らすより、タイニーハウスを買って土地のロット賃料を払って住む方が安いし、キッチンつきで独り暮らしのプライベート空間を持てる利点は大きい」と入居理由を語っている。

豪華な車より、温かい関係が欲しかった

土地賃料を比較的低く設定しているため賃料収入は大きくないが、マネーさんは管理の仕事のほかにも敷地内にレンタル用のタイニーハウス13戸を所有し、観光客が宿泊できる「タイニー・ホテル事業」を展開している。


マネーさんが手作りしたタイニーハウス「ベニス」。1泊100ドルで宿泊可能(写真:マネーさん提供)

宿泊料は1泊100ドルほど。タイニーハウスで暮らしてみたいが、まずは泊まって実体験してみたいという人が多く、パンデミック中でも宿泊客が途切れることは1年中なかったそうだ。ディズニーやユニバーサルのテーマパークに近い立地のため、パンデミック以前は日本人観光客の宿泊者も多かったという。

かつて、アメリカンドリームと言えば、白い柵のある、大きなガレージつきの一軒家を買うことだった時代もあるが、マネーさんはこう言う。

「近所の人と張り合って、豪華な家、豪華な車を買って見せびらかすライフスタイルが行き着くのは、借金でがんじがらめになったしんどい人生。自分はそういうタイプではないと、幼い頃からわかっていた。使わない部屋がたくさんある豪華な家も、最新の車も欲しいと思ったことがない。

そのかわり、近所の人とパーティーをしたり助け合ったりする温かい関係の方が欲しかった。 タイニーハウスはひとつのムーブメント。住民たちと自然の中で、経済的不安なく仲良く暮らす方が、自分には合っている」

『タイニーハウス・ネイション』というテレビ番組の製作者の1人で、タイニーハウス設計デザイナーとして働くキム・ルイス氏は、2017年に開催されたロサンゼルス住宅ショーで筆者にこう語っている。

「タイニーハウス・ライフを志向するのは、何も生まれつきのミニマリストだけじゃない。むしろ大量のモノを持ち、モノの置き場所を確保することに縛られてずっと生きてきたけれど、全然幸せじゃない、もうこんな生活は嫌だと気付いた人たちが、タイニーハウス生活に魅力を感じるケースが意外に多い。多くのアメリカ人同様、私もその1人だったから、気持はよくわかる」

ルイス氏に家のデザインを頼む顧客は、「引退してからではなく、若いうちに世界中を旅したいし、そのための資金は絶対にキープしたい。でも同時に、他人と壁を共有するアパートではなく、小さくても自分が所有する個性的なデザインの家に住みたい」という2つの願望を叶えたい人々が多いという。“自由に飛び回りたい鳥たちのための巣”がルイス氏のタイニーハウスのデザインの概念で、全米各地や海外からも注文があるそうだ。

住宅ローンや借金に縛られない生活を実現

中古や作りかけのタイニーハウスを探して購入し、それを自力でリフォームし、完成後に売却する副業も手掛けているマネーさん。彼は、物件はこれまですべて現金払いで購入してきた。住宅ローンや借金に縛られない生活を30代で実現できたことの喜びと開放感をこう語る。


広いデッキが付いた青いタイニーハウス(写真:マネーさん提供)

「ここ数年、頻繁にメキシコやアメリカ中を旅行して楽しんでいるよ。多くの人がそうだと思うけど、年を取って身体にガタがきてから旅行をする時間と資金がやっと手に入るのが普通の人生。でも、自分はそれでは遅すぎると思っていた。

若く、身体が十分動くうちに旅をとことん堪能するのが夢だった。今も早期引退には興味がないし、今後もこのコミュニティを発展させるために一所懸命働く。でも、好きな時に休暇が取れる生活を実現できて嬉しい」

彼のコミュニティの目の前にある美しいフェアビュー湖の反対側の岸には、数億円から数十億円はする豪邸が建ち並ぶ。「湖畔の豪邸に住んで住宅ローンを払うために、湖での釣りやボート遊びを我慢するような生活を送りたくない。今が幸せ」とマネーさんは言う。