中東オマーン沖で石油タンカーが自爆ドローンに攻撃された事件を受け、「自衛隊もこれに備えるべき」「自衛隊も自爆ドローンを」といった声が上がりましたが、実際のところどうなのでしょうか。ドローンにも色々あるというお話です。

オマーン沖でドローンがタンカーを攻撃

 2021年7月29日(木)から30日(金)にかけて、中東のオマーン沖を航行中の石油タンカーがドローンによる攻撃を受け、船員2名が死亡するという事件が発生しました。同船は日本企業がオーナーで、イスラエル系企業が運航するものです。

 事件が発生した地域を担当しているアメリカ中央軍の発表によると、使用されたのはイラン製の機体で、目標に突入して搭載する爆薬による自爆攻撃を行ういわゆる「カミカゼドローン」と呼ばれるタイプだったようです。


自爆ドローンの攻撃を受けた石油タンカー「マーサ・ストリート」の被害の様子(画像:アメリカ中央軍)。

 今回の事件は、最近のイランと欧米諸国、およびイスラエルとの緊張関係の高まりを背景とするものと考えられ、対艦ミサイルよりも圧倒的に威力の小さいドローンによる攻撃を行うことによって、事態の緊張度を大きく上げることを避けつつ、イスラエルなどと関係する民間船舶の通航を脅かすことが狙いであったと筆者(稲葉義泰:軍事ライター)は考えます。

 一方で、この事件を受けて、SNSなどでは「海上自衛隊もこうしたドローン攻撃に備えるべき」という意見が散見されますが、実際のところはどうなのでしょうか。

ドローンは自衛隊にとって本当に脅威なの?

 ひと口にドローンや無人機といっても、航続距離や運搬できるものの重さといった機体性能や誘導方式、さらに価格帯はさまざまです。今回の事件では、回収された機体の残骸から、2019年にサウジアラビアの石油施設攻撃に用いられたイラン製の自爆ドローンに酷似したものが使用されたと推定されています。

 このドローンは、一般的な長射程巡航ミサイルと比較して低価格であることが特徴ですが、その代わり飛行速度は非常に遅く、目標到達までに時間がかかります。また、目標を捕捉するカメラなどのセンサーが搭載されていないことから、事前にインプットされた固定目標しか攻撃できません。


アメリカ海軍の巡洋艦「アンティータム」から発射されるハープーンミサイル。射程は約130km、約860km/hで飛翔する(画像:アメリカ海軍)。

 しかし、今回の事件では洋上を航行するタンカーに命中していることから、使用されたドローンは、なんらかのセンサーを搭載した発展型の可能性が高いと考えられます。

 それでは、この種のドローンは自衛隊にとって本当に脅威となるのでしょうか。まず考えなければならないのは、今回の事件の内容をそのまま日本が直面する安全保障環境に当てはめることができるかどうかです。

 現在、海上自衛隊の艦艇にとって最大の脅威となっているのは、東シナ海において対峙している中国軍の戦力です。しかし、中国軍は各種の長射程対艦ミサイルを多数保有してはいますが、今回の事件で用いられたような対艦攻撃用自爆ドローンは現在、保有していません。したがって、そもそも自衛隊はこうした脅威に直面すらしていないのです。

自爆ドローン たしかにミサイルよりは安価だけど…?

 また、ドローンはミサイルに比べて安価という意見もありますが、これもよく吟味する必要があります。

「ドローン」と聞いて多くの方がまず頭に思い浮かべるのは、おそらく市販されている手持ちサイズのホビードローンでしょう。これらは数万円から高くとも数十万円で手に入れることができる代わりに、航続距離が非常に短く、また攻撃のために十分な量の爆薬を搭載することもできません。


「マーサ・ストリート」への攻撃は2回行われた。1回目の失敗した攻撃の際に回収された自爆ドローンの残骸(画像:アメリカ中央軍)。

 一方で今回、用いられた自爆ドローンであれば上記の問題はクリアできますし、一般的な対艦ミサイルと比較してもかなり安価に製造できるでしょう。しかし、性能面では対艦ミサイルに大きく劣ります。

 まず、この種のドローンは搭載可能な爆薬の量が非常に少なく、敵艦に致命的な損傷を与えることはできません。さらに、先述の通りドローンは飛行速度が非常に遅いことも、対艦攻撃においては大きな問題となります。

 対艦ミサイルによる攻撃の場合、まずは地上、海上、空中の各種センサーによって敵艦艇を捕捉し、その情報に基づいてミサイルが発射されます。一般的な対艦ミサイルは900km/h前後で飛翔しますので、たとえば200km先の目標には10分少々で到達します。ところが、今回の事件で用いられたドローンはプロペラ推進であり、恐らく飛行速度は300km/hから400km/hというところでしょう。そうなると、同じ200km先の目標であっても、到達には30分から40分ほどかかってしまいます。

日本に自爆ドローンは不要か 必要なのはむしろ…

 地上の固定目標とは異なり、艦艇は洋上を自由に動き回ることができますので、数十分も経てば当初、発見された位置から相当の距離を移動しており、再発見は非常に困難となります。さらに、運よく艦艇の近くまで接近できたとしても、その速度があだとなり、艦艇側の防空兵器によって容易に迎撃されてしまうでしょう。

 つまり、この種のドローンは沿岸部の敵を攻撃することはできても、東シナ海で生起することが予想されるような、広大な海域を航行する艦艇を攻撃するにはまったく不向きな兵器なのです。

 自衛隊も上記のような自爆ドローンを導入するべきとの意見も見られますが、こうした理由からそれはまったく現実的ではありません。


アメリカ太平洋艦隊が実施した無人装備の実用演習において、LCS「コロナド」の上空を飛行する「シーガーディアン」(画像:アメリカ海軍)。

 対艦攻撃という観点からは、むしろ日本にとって必要なのは敵を発見するセンサー役を務める無人機でしょう。現在、アメリカのジェネラルアトミクス社が開発した「シーガーディアン」など、機体にレーダーや光学センサーなどを搭載し、さらに高高度を長時間滞空することによって非常に広大な海域を常時、監視可能な無人機が登場してきています。現在の中国による海洋進出の状況などを踏まえれば、対艦攻撃能力強化の一環として、自衛隊にもこの種の「監視の目」を務める無人機の活用が求められることになるでしょう。