キリン「214億円減損」にミャンマー事業の代償
ミャンマー事業の影響で業績を下方修正したキリンHD(キリン本社写真:編集部撮影、ミャンマー国旗:DesignedbyFreepik)
「業績の下方修正は、ミャンマー事業の影響によるものと言える」
8月10日にオンライン形式で行われたキリンホールディングス(HD)の2021年1〜6月期決算会見。同社取締役常務執行役員の横田乃里也氏はそう語った。
キリンHDは2021年12月期の通期業績見通しを下方修正した。今期の売上高は従来予想比100億円減の1兆8700億円、営業利益は同255億円減の1255億円、純利益は同165億円減の865億円とそれぞれ引き下げた。2020年12月期比で増収増益は維持する。
下方修正の要因となったのは、ミャンマーでの新型コロナウイルス感染拡大と、政情不安に伴う生産、販売、物流への影響だ。
ミャンマーでの事業利益は半減見通し
キリンHDは2015年にミャンマーのビール最大手で、現地ビール市場シェアの8割を握る「ミャンマー・ブルワリー」を5億6000万ドル(当時のレートで約697億円)で買収し、現地市場に参入した。
ミャンマー・ブルワリーには現地の国軍系企業の「ミャンマー・エコノミック・ホールディングス」(MEHL)も出資している。なお事業利益は、前2020年12月期でキリンHD全体の約9%を占めていた。
ところが2021年2月にミャンマーで国軍によるクーデターが勃発。国軍は政府権力も掌握し、市民への弾圧や殺害が相次いだ。国際社会が経済制裁を実施するなど、今もなお政情不安は続いている。キリンHDのミャンマー事業は、国軍系企業も関与していることから、不買運動にも直面した。
さらに追い打ちをかけるように、現地では6月頃から新型コロナウイルスの感染が急拡大した。これらによって、ミャンマー・ブルワリーの2021年1〜6月の販売数量は前年同期比で3割減となった。そこに缶の原材料費高騰なども重なった。
キリンHDは2021年12月期のミャンマー事業の売上高を206億円(従来予想比180億円減)、事業利益を62億円(同98億円減)と大幅に見直した。
前2020年12月期は売上高が318億円、事業利益は138億円だったため、利益は半減することになる。また現地の事業環境の不透明性を踏まえ、ミャンマー・ブルワリーに関わるのれんの減損損失214億円を計上した。
ミャンマーの格付けは「デフォルト」相当
キリンHDは2017年からIFRS (国際会計基準)を採用している。日本会計基準と異なりIFRSでは、毎年一定額ずつののれん償却を行わない。その代わりに減損テストを行い、「事業の将来計画が現実的に達成不可能」と判断されたときに一気に減損処理を行う。
減損テストに当たっては、ミャンマーの「カントリーリスク」の上昇も考慮に入れた。キリンHDは、ニューヨーク大学のアスワス・ダモダラン教授が公表する指標を参考に説明している。
教授は、債券や債務の返済リスクを図るために用いられる、格付け評価でカントリーリスクを示している。
この指標を当てはめると、現在のミャンマーへの投資は「非常に投機的」に相当する。元利金の回収は一定程度見込めるものの、デフォルト(債務不履行)に陥っているか、それに近い状態とされた。2021年1月時点では「信用リスクが高く投機的」だったが、クーデターを境に、4ランク相当格下げされた格好だ。
2020年12月時点で「ミャンマー酒類事業」ののれん計上額は約250億円。その8割超を減損したこともあって、横田氏は「監査法人にも確認してもらったうえでの保守的な計画となっており、追加の減損がない水準」と語った。
なおキリンHDはミャンマー・ブルワリーの他、2017年にMEHLの一部門であったマンダレー・ブルワリーを合弁会社化した。キリンHDは2つの合弁会社にそれぞれ51%、MEHLが49%出資している。
軍事クーデターの発生から4日後の2021年2月5日、キリンHDはMEHLとの合弁解消を発表した。ただ、合弁解消に向けた協議はコロナ禍で交渉が難航しており、継続中だという。
決算会見の場で常務執行役員の吉村透留氏は、国軍の行動について「われわれのビジネス規範や人権方針に反するものだ」と強調した。キリンHDとしてはクーデターに批判的姿勢であることを改めて主張したわけだ。
一方キリンHDも加盟する日本ミャンマー協会は、「ミャンマー国軍の行為は現行憲法に則ったものでありクーデターではない」との内容を含む事業計画・方針案を採択している。
同協会はミャンマーへの経済協力を目的に2013年に設立され、キリンHDのほかに大手総合商社など125社が加盟する。同協会の採択についての見解を尋ねられた吉村氏は、「(クーデターが憲法に則ったものだという主張は)われわれの認識と違う」と語った。だが、キリンHDが採択に賛同していたかどうかについては、明言を避けた。
なおミャンマーから事業撤退については、「事業を通じてミャンマーの顧客に貢献するスタンスは変わっていない」(吉村氏)としている。
減損リスクは限定的かもしれないが…
ミャンマーは2011年の民政移管後、経済改革が進み「アジア最後のフロンティア」として外国企業の進出が進んできた国だ。しかしクーデターで状況は一変した。
合弁先のMEHLが国軍系企業であることによる不買運動は「(業績に)大きな影響を与えるものではない」(吉村氏)とするが、経済的な損失が今回具現化した。
のれんの減損損失214億円を計上したことで、財務的な懸念が小さくなったとはいえ、人権リスクは企業ブランドの毀損など多方面でマイナス影響を及ぼす。早期の合弁解消が急務だ。