柔道の男子66キロ級で金メダルを獲得した阿部一二三と女子52キロ級で金メダルを獲得した妹の詩【写真:AP】

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「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#40

「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ」と題し、実施される競技の新たな知識・視点のほか、平和・人権・多様性など五輪を通して得られる様々な“見方”を随時発信する。今回は30日に行われた柔道男子100キロ超級の3位決定戦、原沢久喜(百五銀行)VSテディ・リネール(フランス)のライバル対決を、バルセロナ五輪銀メダリストで元フランス代表コーチの溝口紀子氏が分析。2024年パリ五輪に持ち越された日本柔道の悲願、最重量級再建のカギを明かすとともに、競技の普及という観点から柔道界への課題も指摘した。(構成=THE ANSWER編集部)

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 3位決定戦は原沢選手の完敗でしたね。リネールは準々決勝で1回負けてから覚醒した感じでした。五輪3連覇のプレッシャーから解放されたのだと思います。ただでさえ、練習で投げられることも嫌がっていた選手です。3連覇ってすごい重かった。それが途絶えたとき、それでもメダルを取りたいという気持ちになった。段違いによくなりましたね。ただものじゃないと思いました。

 リネールはケガもあったし、コロナもあって、実戦が積めなかったんです。この1年で24キロも減量した。ケガはモロッコでの個人合宿中に右膝の前十字靱帯を痛めました。先週、フランスでドキュメンタリー番組が放送されて、フランス国民はびっくり。極秘にしていたようですね。番組ではケガした瞬間の映像も流れました。右膝を痛めた後も練習を続けていましたが、痛かったみたいで足を引きずっていましたね。

 原沢選手は全体的に組み負けていました。金メダルへの使命感も大きかったと思います。しかも、1964年東京五輪の最終日に無差別級で日本人が負けている。柔道界がリベンジだっていう雰囲気の中で、すごいプレッシャーだったと思います。言いようのない日本柔道の呪縛を彼が背負っていました。

 今大会、男子は初日から4日連続の金メダルを取って、日本柔道復活かという声を聞いていました。でも、最重量級は完敗です。100キロ超級で優勝して、リオ五輪に続く2階級制覇を達成したチェコのクルパレクには誰が出ても勝てなかったと思います。

 チェコの選手やリネールに勝ったロシアの選手も小さいですよね。それでも勝てた。日本選手も十分やれると思います。でも、中量級くらいの選手で強靭なフィジカルを持った選手は日本にはいない。まだ見いだされていないですよね。日本柔道の育成の仕方を抜本的に、ドラスティックに変えないと最重量級の再建は難しいと思います。

 例えば、リネールはフランスでは練習していない。国内にいないんです。韓国はお家芸のテコンドーで史上初めて金メダルが取れなかった。そのことで指導は変わるでしょう。クルパレクがなぜ勝ったのかを分析することで復活の糸口が見えてくるんじゃないかと思います。

金メダルの集中に危機感「強豪国の顔ぶれが決まってしまう」

 最終日の混合団体戦を残して、個人競技は終了しました。日本はメダルラッシュとなりましたが、うれしい反面、気になることもあります。金メダルは日本が9、コソボ2、フランス、ジョージア、チェコが各1です。柔道の普及という意味では強豪国の顔ぶれが決まってしまうのは課題です。日本にメダルが集中してしまうと「この競技、本当に普及しているの?」という目で見られてしまいます。

 1964年の東京五輪では、無差別級でアントン・ヘーシンク(オランダ)が勝ったことで、その後、柔道の国際的な普及につながりました。次のメキシコで柔道は行われませんでしたが、ミュンヘンからは継続して実施されています。最重量級で取れなかったことは残念ではありますけど、柔道界にとってはよかったのかもしれません。

 日本が金メダルリレーできたのは、ホームのよさが非常にあったと思います。選手村に入らなくても自由に動ける。逆に大国のブラジルは全然ダメでした。調整のところで大変だったと思います。ロシアもそうですし、いつも元気な国が苦戦している印象でした。

 2024年はパリです。4年ではなく、3年で迎えられる。このまま引退しないで続ける人は多いと思います。日本はパリではアウエー。欧州勢にとってはホームです。聞くところによると、リネールもやる気満々と聞いています。自国開催で復活ストーリーもある。日本の100キロ超級は斉藤立選手が一番のホープでしょう。3年後は脂も乗ってちょうどいい時期。お父さん(故・斉藤仁さん)の薫陶を受けた柔道が花開けばいいなと思っています。

(日本女子体育大学体育学部教授)(THE ANSWER編集部)