仕事の視野を広げるには読書が一番だ。書籍のハイライトを3000字で紹介するサービス「SERENDIP」から、プレジデントオンライン向けの特選記事を紹介しよう。今回取り上げるのは『コロナ後のエアライン』(宝島社)――。
写真=時事通信フォト
離陸する日本航空(JAL)機(上)。右下は全日本空輸(ANA)機=2020年10月18日、東京・羽田空港 - 写真=時事通信フォト

■「コロナ後」に航空業界が進む方向を探る

新型コロナウイルス感染症の世界的な大流行はさまざまな業界に打撃を与えたが、とりわけ影響が大きかったのが航空業界だ。

日本でも、ANA・JALの二大航空会社が巨額の赤字を計上し、格安航空会社エアアジア・ジャパンは運航停止・破産に追い込まれた。今後、各航空会社はいかに復活を狙うのか。

本書では、コロナ禍が始まってからの1年あまりを振り返り、今回のパンデミックが航空業界に与えた影響を考察。そして、未曾有の危機に際し、主にANA・JALが進める新たな取り組みを取り上げ、「コロナ後」に航空業界がどのような方向に進んでいくかを探っている。

ANAやJALは、航空事業で効率化を図るとともに、非航空事業としてプラットフォームビジネス、非稼働の航空機を使った遊覧飛行や機内レストラン、さらにはドローンやアバターといった先端技術による新事業に取り組んでいる。

著者は航空・旅行アナリストで、帝京大学理工学部航空宇宙工学科、共栄大学国際経営学部、川村学園女子大学生活創造学部観光文化学科非常勤講師。航空会社のマーケティング戦略を研究しながら、国内外を巡り体験談を中心に各種雑誌・経済誌などで執筆しているほか、テレビ出演も多い。

1.ANAとJALの危機
2.ANA・JALの雇用マネジメントの苦闘
3.大手以上に過酷な試練となったLCCと中堅航空会社
4.コロナ禍で生まれた新たな発想
5.閑古鳥が鳴く国内空港
6.海外の航空会社で広がるリストラ・経営破綻
7.ポストコロナの航空業界はどうなる?

■ANAとJALで合計「約8000億円」の赤字

新型コロナウイルス感染症が世界中に蔓延し、海外旅行に出かけることが事実上不可能になって1年が経過した。緊急事態宣言の発出にともない、国内旅行でさえも出かけるのが難しくなり、観光業界、航空・鉄道業界は過去に類を見ないほど厳しい状況に陥った。

2021年3月期の決算においてANAホールディングスは約5100億円、JALも約3000億円の赤字となる見込みで、海外の航空会社では1兆円近い赤字となる会社もある。資金調達できず経営破綻になってしまった航空会社も出ている。

ANAホールディングスは2020年10月27日、今後のANAグループの新しいビジネスモデルへの変革を中心とした事業構造改革を発表した。新型コロナウイルスがもたらす人々の行動変容による航空需要の「量」と「質」の変化を想定した、航空事業と非航空事業の両輪での変革が中心となる。

■ANA・ピーチで国内線の路線分担を進める

本業である航空事業においては、ANA・ピーチの各ブランドの位置づけもふくめて、規模・拠点・ネットワークの見直しが行われる。

ANA国際線は、各国における出入国規制や検疫体制、需要動向をふまえて、成田空港発着便は減便を継続し、羽田空港発着便から運航を回復する。国内線は、羽田・伊丹発着の高需要路線を中心にネットワークを維持し、乗客数に応じて機材を小型化するなど座席供給量を適正化していく方針となる。

写真=iStock.com/Alexander Pyatenko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Alexander Pyatenko

ピーチについては、国際線は訪日外国人の回復状況もふくめた需要動向に応じて機動的に運航を再開するが、国内線はLCC(格安航空会社)の強みを活かしながら、ANAとの路線分担をすすめ、関西・成田の両空港を中心に就航路線を拡大する。

JALでは、2020年春以降、固定費と変動費の削減へ向けて大きく動き出した。2010年の経営破綻を機に、人件費も含めてコスト削減に取り組んできたこともあり、大きな無駄がない企業体質に生まれ変わっていたことが功を奏した。

■雇用は維持、給与カットや外部出向で乗り切る

ANA・JALでは新卒採用の見送りや給与のカット、外部出向のニュースこそ取り上げられているものの、早い段階から(従業員を)解雇しない方針を経営者は表明している。

理由の一つは、将来国際線の需要が回復したときにすばやく便数を戻すための体制維持にある。航空会社の業務は専門性が高く、教育にも時間がかかる。雇用を維持することで需要が回復した際、すぐに攻勢に転じるためにも有能な人材は不可欠であることから、雇用を維持することで5年後、10年後を見通したいという中長期的な戦略がある。

ANAホールディングスの事業構造改革のなかで、筆者が注目したのがANAグループ外企業への出向だった。

航空会社側にとってはグループ外企業での就労経験を通じて得た知見を、再度航空会社に戻った際に持ち帰ることも期待した取り組みだ。取材をすすめているなかで、実際は異業種の企業側から出向する航空会社社員の高い接客のサービススキルやホスピタリティを吸収し、企業の活性化に役立てたいという声も多く耳にした。

出向者は客室乗務員とグランドスタッフが中心で、家電量販店のノジマやスーパーの成城石井をはじめ、さまざまな企業への出向を行っている。また、ANAグループでは地方公共団体からの要請を受け、グループ社員を地方公共団体へ出向させているケースが複数ある。

JALでも外部企業への出向が行われている。2021年2月現在で地方公共団体、物流、コールセンター、教育機関、ホテルなど、合計約40団体にJALグループ全体で1日あたり最大約1000名の社員が出向している。

■「抽選倍率150倍」大ヒットの遊覧飛行

国内の航空会社のなかでも新たなビジネスモデルとして非航空事業を強化する動きを真っ先に示したのがANAホールディングスである。同社の片野坂真哉社長は、スーパーアプリを核にしてプラットフォームビジネスの具現化をめざす意向である。このスーパーアプリとは、航空券の予約だけでなく、ツアー商品、ホテル、さらにはレストラン予約、オンラインショッピング、金融サービス、各種決済サービスなどが可能なスマートフォン用アプリである。

また、コロナ禍のなか、世界的にブームになっているのが、出発した空港にそのまま戻ってくる遊覧フライトだ。国際線の大幅減便で一時的に使わなくなっている機体を使って、1〜4時間近く飛行するケースが多い。

機体そのものをセールスポイントに、大型機を活用しての遊覧飛行に力を入れているのがANAである。成田〜ホノルル線に2機投入されている総2階建て飛行機エアバスA380型機「FLYING HONU」を活用した遊覧飛行が2020年8月以降、大ヒットになっている。2020年8月22日に初めて遊覧飛行した際には、抽選の倍率が150倍となった。

写真=iStock.com/aapsky
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/aapsky

さらにANAは2021年3月31日には羽田空港でふだんは長距離国際線で使われている飛行機を使い、駐機したままの状態で機内を国際線機内食レストランとして1日限定でオープンすることを発表した。

この機内食レストランでは、ANA国際線のファーストクラスとビジネスクラスの機内食をそれぞれの座席に座って楽しめる。通常なかなか乗ることができない国際線のファーストクラスやビジネスクラスの機内食を堪能したいと思う人のほか、ANAファンのなかには少しでもコロナ禍で応援したいという気持ちから申し込む人も一定数いたようだ。

■2016年に立ち上がったドローンプロジェクト

ANAホールディングスでは、2016年4月に新しいイノベーションを創造する「デジタル・デザイン・ラボ」を発足させ、ドローンやアバターの開発を通じてエアライン視点での「エアモビリティ」の実現をめざしている。

ANAのドローンプロジェクトが立ち上がったのは、2016年12月のことである。その後、つぎのような実証実験が行われてきた。

2018年 バーベキュー客がLINEで注文した海産物をドローンで運ぶ(福岡県玄界島)
2019年 福江島から嵯峨島への生活必需品をドローンで運ぶ(長崎県五島福江)
2020年 医薬品をドローンで運ぶ(北海道旭川)。島民がスマートフォンで注文した商品を島の対岸にあるコンビニエンスストアからドローンで運ぶ(福岡県能古島)

■非航空事業にも積極的な大手2社

またアバター事業については、航空会社(ANA)からスタートアップしたベンチャー企業avatarin(アバターイン)株式会社が行っている。

アバターは、遠隔地に置かれたロボットに意識・技能・存在感を伝送させ、人類の移動の限界および身体的な限界を超えた「次世代モビリティ×人間拡張テクノロジー」である。同社が開発した普及型コミュニケーションアバター「newme」は想定額が1体100万円以下である。パソコンからログインすると、事前に登録してあるnewmeに接続され、newmeの液晶画面を通じて双方向のコミュニケーションが可能だ。

鳥海 高太朗『コロナ後のエアライン』(宝島社)

ビデオ通話とのちがいは、パソコン側から十字キーの操作だけで(newme本体を)動かせることだ。コロナ禍において、入院病棟や福祉施設などでリアルでの面会が難しいときでも、newmeを通じて会話ができる。

JALも、航空事業の枠を越え、新たな取り組みを積極的に行っている。東京・天王洲にオープンイノベーションの拠点として「JAL Innovation Lab」を2018年4月に開設した。また、JALでも、2023年をめどにドローンを使った物流事業をはじめ、2025年には「空飛ぶクルマ」とよばれる電動垂直離着陸機を使った貨物や人の輸送を事業化することをめざしている。このような取り組みが航空会社に新しい風を吹き込むことになる。

写真=iStock.com/anyaberkut
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■コメント by SERENDIP

たとえコロナ禍が収束しても、エアラインに対して以前と同じ乗客ニーズがあるとは限らない。たとえばテレワークやリモート会議、非対面の営業活動が定着し、出張などのビジネス需要が減る可能性がある。おそらくANAやJALは、そのあたりも見越して非航空事業や次世代の「スカイモビリティ」の取り組みを前進させているのだろう。とくにANAの、機体や、飛行機に乗ること自体に魅力を感じる航空ファンを対象とした遊覧飛行や、機内食レストランといった事業は、非ビジネス需要の拡大を狙ったものと言えるかもしれない。いずれにせよ、新規事業による「攻め」と、解雇を行わず人材を温存するという「守り」の姿勢を両立させるANA・JALの危機対応には、学ぶべきところが大きい。

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