『オリバー!』、イギリスからの来日公演プログラム(1968年)

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[連載企画] ウエストエンド・ミュージカルの名作『オリバー!』
PART 1/まずは歴史と映画版から

文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima


 日本では久々の上演となるミュージカル『オリバー!』が、2021年秋から冬にかけて東京・大阪で開催される。ウエストエンド・ミュージカルの歴史に、その名を刻む重要な一作だ。しかし翻訳上演は、1990年以来31年振り。今では、作品自体を知らない方も多いだろう。そこで、その魅力と見どころに迫る記事を3回に渡って連載する。PART 1は、基本編として簡単な歴史と、本作の知名度を高めた映画版(1968年)の特集だ。
 

■ビフォア・マッキントッシュ

 今回『オリバー!』のプロデュースを手掛けるのが、サー・キャメロン・マッキントッシュ。英国のみならず、世界的に成功した演劇プロデューサーだ。天才作曲家サー・アンドリュー・ロイド=ウェバーとのコンビで、『キャッツ』(1981年)や『オペラ座の怪人』(1986年)など、ロンドン初演後に世界中で続演を重ねた大作を連発。他にも、『レ・ミゼラブル』(1985年)に『ミス・サイゴン』(1989年)、『メリー・ポピンズ』(2004年)などのメガヒットで、1980年代から現在に至るまで、ウエストエンド・ミュージカルを牽引してきた。しかし、これら名作が誕生する以前の1960年代は、英国産ミュージカルと言えば『オリバー!』。実はマッキントッシュが、若き日の1977年にプロデュースした作品も、本作のロンドン再演だったのだ。
 

■貧しくも逞しく生きる人々を描く

 原作は、イギリスの国民的作家チャールズ・ディケンズの小説『オリバー・ツイスト』(1838年)。粗筋を記しておこう。舞台は19世紀のイギリス。救貧院で暮らす孤児オリバーは、食事のお代わりを要求した事を睨まれ、葬儀屋に売り飛ばされる。ここでも酷い仕打ちを受けた彼は、逃亡しロンドンに辿り着いた。たまたま知り合ったスリの少年、アートフル・ドジャーの紹介で、親分フェイギンが仕切る窃盗集団の仲間入り。ところが初仕事の日、まごまごしている内に捕まってしまう。以降、フェイギンの仲間で凶暴な悪党ビル・サイクスや、彼の心優しき情婦ナンシーら大人たちに運命を翻弄されるも、最後には思いがけない幸運が待ち受けていた。

風刺画家ジョージ・クルックシャンクによる、「オリバー・ツイスト」初版本(1838年)の挿絵。右端がオリバー。中央がアートフル・ドジャーで、その左がフェイギン。

 ディケンズ(1817~70年)が生きたイギリスは、正に産業革命を経た頃。紡績機械や蒸気機関の発明で、貿易や工業は急速に発展した半面、女性や子供も含む労働者は、劣悪な環境で長時間の重労働を強いられた。本作には、幼い頃から貧困に苦しんだディケンズの、これら社会悪に対する痛烈な批判と怒りが込められている。また一方では、若き日は役者を志した事もある彼が、ユーモラスな筆致で活写する、フェイギンのような仇役が魅力的。個性豊かなキャラクター陣は、ミュージカル化によって一層光彩を放っているのだ。

『オリバー!』ウエストエンド初演(1960年)のオリジナル・キャストCD(輸入盤)

 ミュージカル版『オリバー!』は、脚本と作詞作曲をライオネル・バートが担当(次号PART 2で特集)。初演は1960年6月に、ウエストエンドのニュー・シアター(現ノエル・カワード劇場)でオープンし、続演2,618回の大ロングランを記録している。ブロードウェイでの初演は、3年後の1963年1月にインペリアル劇場で幕を開け、続演774回のヒットとなった。

ブロードウェイ初演(1963年)のオリジナル・キャストCD(輸入盤)


 

■マーク・レスター主演の映画版

 その後1968年の5~7月に、東宝がイギリスからのカンパニーを招聘し、帝国劇場で来日公演を開催した(ただしオリバー役を含む子役は、アメリカでのオーディションで選抜された英米混成キャスト)。そして同年10月に公開されたのが、映画版『オリバー!』(英米合作)。当時は私を含め、この映画で初めてウエストエンド・ミュージカルに接した人が多かったはずだ。現在は、DVDやブルーレイで簡単に入手可。久々に鑑賞したら、色々と面白かった。

DVDとブルーレイは、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントよりリリース。Amazonのprime video等でも視聴可。

 監督は、「第三の男」(1949年)や「フォロー・ミー」(1972年)などで知られる、イギリスの名匠キャロル・リード。広大なスタジオに建てられた19世紀ロンドンのセットが壮観で、くすんだような渋い色調も相まって、見事にディケンズの世界を再現した。

 オリバー役は、2,000人の応募者から選ばれたマーク・レスターが演じている。1971年には、少年少女のピュアな恋愛を描いた秀作「小さな恋のメロディ」に主演し、日本では大変な人気だった(この映画には、本作でアートフル・ドジャーに扮したジャック・ワイルドも出演)。レスター君、やや線は細いものの健気なオリバー少年を好演しており、愛情に飢えた彼が歌うバラード〈愛はどこにあるの?〉は感涙モノだ。ただし歌は吹替え。後述する音楽監督ジョン・グリーンの娘で、レスターと似た声質のキャシィ・グリーンが、歌のパートを受け持った。

日本公開時(1968年)のプログラム表紙。オリバー役のマーク・レスター(右)と、ジャック・ワイルド(アートフル・ドジャー)

 フェイギン役で、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたロン・ムーディは、ウエストエンド初演のオリジナル・キャスト。細部まで凝りに凝った役作りで、狡猾な憎まれ役を嬉々として演じており、オリバーにスリの心得を伝授する〈一丁すってやれ〉などコミカルなナンバーで、したたかな実力を十二分に発揮している。

フェイギン役のロン・ムーディ


 

■TVから流れてきたミュージカル・ナンバー

 特筆すべきは楽曲だ。ライオネル・バート作詞作曲の耳に馴染み易いナンバーが、ともすれば陰惨になりがちなストーリーを大いに盛り上げる。アートフル・ドジャーがオリバーに、「気兼ねなくやってくれ、我が家だと思って」と窃盗団に勧誘する〈気楽にやれよ〉を始め、ナンシーと酒場の男たちが陽気に唱和する〈ウンパッパ〉、彼女が恋人への熱い想いを歌い上げる〈あの人が私を必要とする限り〉など素晴らしい曲が揃う。実は〈気楽にやれよ〉と〈ウンパッパ〉は、映画公開の数年前に、NHK「みんなのうた」で取り上げられており(前者は〈オリバーのマーチ〉のタイトル)、子供を中心に広く親しまれていた。当時は今よりもはるかに、ミュージカル・ナンバーが身近にあったのだ(もちろん日本語詞で歌われた)。

サントラCDは、荘厳なサウンドに魅せられる(輸入盤)。

 ステージングと振付は、『ザ・ミュージックマン』(1957年)や『メイム』(1966年)で高い評価を得た、ブロードウェイの振付師オンナ・ホワイト。キレの良い群舞を得意とした彼女は、〈気楽にやれよ〉では、アートフル・ドジャーとオリバーの歌に、ロンドンの街中で働く精肉業や新聞配達ら、市井の労働者たちのパワフルな踊りをたっぷり絡め、見応えあるナンバーに仕上げた。加えて、音楽監督・編曲のジョン・グリーンによるバラエティーに富んだアレンジも申し分なし。ホワイトの闊達な振付を、存分に引き立てている。

 1960年代は「ウエスト・サイド物語」(1961年)を始め、舞台ミュージカルの大作映画化が盛んだった。本作もその一本。改めて観ると、ドラマ性を強調して実に手堅く創られており、翻訳上演を観劇する前の予習に、最適な映画となっている(上映時間=153分)。

(次回PART2に続く)