アッパー層が集結する街・東京。

その中でも特に裕福な、純金融資産“1億円”以上の富裕層はどのくらいの割合か、ご存知だろうか?

ある統計によると 「日本の全世帯のうち2.5%程度」というデータがあるらしい。

なかなか出会えない、2.5%の富裕層たち。

レアな生き物である彼ら"かねもち"たちの、ちょっと変わった生態を覗いてみよう。

▶前回:年商100億円の経営者が「世界イチおいしい」と喜ぶ、信じられない値段のランチメニュー


恋愛から遠ざかり気味の傷心女子・恵美香(28)


『チーズ・オン ザ テーブル』のチーズセットと、ワインショップで買ったロゼシャンパンが、ずっしりと手に重い。

私は新居のキッチンに立っている紗南に、その重たい手土産をぐいと差し出す。そして彼女の耳元で、声を潜めながら抗議した。

「ちょっと、急に言われても困るよ。今日は紗南と豊さんの結婚祝いに来ただけなのに、男の子紹介するだなんて…!」

今は恋愛するつもりはない。私が男性に興味を持てるような状態じゃないことは、2人ともよく知ってるはずなのに。

紗南は「ゴメンゴメン」と軽く謝りつつ、ちっとも悪びれていない様子で言い訳を始める。

「こうでもしないと、紹介なんて受けてくれないじゃん?せっかく恵美香のことインスタで見て気に入って、会いたいーって言ってるんだもん。1回くらい話してあげてよぉ」

そう説得する紗南には、不思議なチャーミングさがある。…まったく、彼女には敵わない。

立教大学の入学式で意気投合してから、かれこれ10年経つが、最終的にはいつもこうして丸め込まれてしまうのだ。

「はぁ…。もう、愛想良くするのは今日この場でだけだからね。デートにつながらなくても文句言わないでよ」

しぶしぶそう答える私に、紗南はとびきりの笑顔で「分かってるって!」と言う。

そのとき、キッチンでヒソヒソ話をする私たちにむかって、ダイニングの方から明るい声がした。

「紗南!恵美香ちゃん!はやくこっちおいでよ〜」

出会いの場に乗り気になれない恵美香が、紹介されたのは…?

屈託のない笑顔でそう声をかけてきたのは、紗南がこのたび入籍したばかりの旦那様・豊さんだ。

私たちより1歳年上の29歳。紗南とは3年前から付き合っているので、私も面識がある。

でも今日は、その隣に見知らぬ男性がいた。豊さんが3歳の頃から幼なじみだというお友達・輝樹さん。

流行りの韓流スターみたいな甘い笑顔で微笑む輝樹さんと、無精髭でワイルド系イケメンの豊さんがこうして並んでいると、まるでドラマのワンシーンみたいだ。

― うわぁ、さすがのオーラだわ…。

私は一瞬、戸惑う気持ちもすっかり忘れて、彼らのキラキラオーラに見惚れてしまいそうになる。

小学校から青学で育ち、今は人気デザイン事務所を共同経営している2人は、何を隠そうものすごいおぼっちゃま。

しかも豊さんは、誰もが知る国民的大物俳優の息子。輝樹さんはこれまた伝説的ロックバンドのヴォーカルの息子という、常識はずれに華やかな“スーパーボンボン”たちなのだ。

「こんにちは、恵美香ちゃん。紗南ちゃんのインスタでいつも見てたけど、実物の方が全然かわいーね」

ダイニングの席に着いた私に、ペールエールのボトルを傾けながら輝樹さんが声をかけてくる。

「はぁ、ありがとうございます…」

私だって、適齢期の女子だ。少女漫画の王子様みたいなイケメンに笑顔で言い寄られて、悪い気がしないわけじゃない。

でも6年付き合っていた彼氏と去年別れたダメージが深くて、今はとてもじゃないけれど、まったく恋愛する気になれないのだ。

― ましてや、こんなかっこよくて派手な人、絶対遊び人じゃん。

輝樹さんが私みたいな一般人を気に入ってくれたのは、身に余る光栄というやつかもしれない。

でも、あまりにキラキラしすぎている彼らは、なんだか現実味がない。ごくフツーのOLにすぎない私には、遠い存在すぎて興味を持てそうになかった。


それでも「紗南と豊さんの結婚祝いをする」というおめでたい場だったこともあり、パーティーは意外にもかなり盛り上がった。

チーズをつまみながらお酒を飲み、会話を楽しむ。

輝樹さんは話してみると意外にも親しみやすくて、特に流行りのアーティストの話題になったときは、パッと顔を輝かせて子どもみたいに笑った。

「恵美香ちゃんも音楽好きなんだぁ、俺もめちゃくちゃ好き。早くフェスとか行けるようになるといいよね!」

「あ〜、フェス行きたいな。輝樹、音楽もっと爆音にしようぜ!」

打ち解けた雰囲気に、テンションがあがってしまったのだろう。豊さんは突然席から立ち上がったかと思うと、体を揺らしながら、スピーカーから流れるブルーノマーズの音量を倍に上げ始めた。

「フゥー!」と謎の奇声をあげて踊り出す豊さんを見て、私は内心やれやれとため息をつく。

彼は間違いなくいい人ではあるが、華やかな世界で育ったからなのか、ときおりこうしてハメを外しすぎてしまう節があるのだ。

宇田川の高級マンションは、あっという間にクラブのようになってしまった。

ふと見ると、私の前に座っていたはずの輝樹さんも立ち上がり、大騒ぎこそしないものの音楽に身を任せて体を揺らし始めている。

― あぁ、やっぱり。豊さんの幼なじみだし、輝樹さんも同類か。話してみたら「いい人かも」と思ったけど、住む世界が違いそう。

「ちょっと豊!輝樹くん!近所迷惑だからやめなよ!」

紗南の声も、好き勝手に踊る2人には届かないようだ。

広々とした30畳のLDKで、私はますます輝樹さんを遠くに感じながら、小さくため息をつく。「パリピ」という言葉を具現化したかのような光景に、呆れるような気持ちで尋ねた。

「ねえ紗南。豊さんはまあいつものことだけど、輝樹さんもこんな感じなの?」

すると彼女は、私が心を閉じ始めていることを敏感に感じ取ったのか、慌てて答える。

「いやいや、いつもってわけじゃないんだけどね!今日は恵美香が来てテンションあがっちゃったのかな?」

そしてニヤリと笑ったかと思うと…。イタズラっぽく私にウインクしてみせたのだ。

「でも、確かにちょっとはしゃぎすぎ。待っててね、今すぐ“最終兵器”で大人しくさせるから」

ボンボン達を黙らせる最終兵器。紗南がとった行動は

「さ、最終兵器…?」

キョトンとする私をよそに、紗南はまっすぐに豊さんの方へと歩いていく。

そして踊り狂う彼のポケットから、手慣れた様子でスマホを取り出すと…。スピーカーに接続されている豊さんのSpotifyを素早くいじり、かかっている曲を変えたのだ。

「ほら、2人とも!これでも聞いてちょっとは大人しくしてなさい!」

そんな紗南の言葉とともにスピーカーから流れてきたのは、有名なクラシック音楽。ドヴォルザーク・新世界よりの『家路』だ。

アップテンポなファンクミュージックから一転して、部屋に溢れ出す美しくも物寂しい交響曲。

その途端、あれほど楽しそうにノッていた豊さんと輝樹さんは、まるで草木がしおれるようにみるみる元気を失っていく。

そして、あっという間にすっかり落ち着きを取り戻し、きちんと椅子に腰掛けて頭を下げたのだった。

「えっ…!?」

2人のあまりの変わりように、私は目を丸くする。

きちんと背筋を伸ばして座った豊さんは、ウルウルとした上目遣いで、紗南の顔色を窺いだした。

「すみません、はしゃぎすぎてしまいました…」

「紗南ちゃん、恵美香ちゃん。ごめんなさい」

輝樹さんも眉根を寄せて謝る。紗南は「1曲聴いて反省してください!」と2人に言い聞かせると、私を引き連れてキッチンへと移動した。

「ごめんね、恵美香。豊が大騒ぎして。でももう安心して!豊さえ悪ノリしなければ、輝樹くんはホント穏やかでいい人だから」

しおれきった2人と、猛獣使いのように彼らを押さえ込んでしまった紗南。目の前で起きた奇妙すぎる出来事に、私は思わず言葉に詰まる。

「そ、そうなんだ。でも、どうして…?」

やっとのことでそう尋ねると、紗南は満足げにニッコリと微笑みながら言った。

「あの人たちね。『家路』を聴くと超大人しくなるんだよ〜。ウケるよね!」


紗南によると、3歳の頃から一緒だった豊さんと輝樹さんは、同じ小学校お受験塾出身。

そのスパルタなお受験塾では、悪さをしすぎると居残りをさせられるルールがあり、そのときにドヴォルザークの『家路』がかかっていたのだという。

「子どもを私立に入れたい芸能人って、けっこうお受験熱が加熱しちゃいがちだから。こういう“習性”が身についてるの、結構あるあるなんだよね〜」

あっけらかんと話し続ける紗南は、ネスプレッソでコーヒーを淹れながら私に耳打ちする。

「ああいう人たちはね、世の中は自分中心に回ってると思ってるダメなところもあるけど…。純粋で可愛いし、習性をきちんと把握しておけば扱いやすくてオススメだよっ」

「へぇ…」

戸惑いつつも返事をしながら、私は思い出していた。そういえば紗南は、小学校から立教女学院内部生のお嬢様。つまり彼女自身も、小学校受験経験者というわけだ。

キッチンカウンターからそっと顏を出して、ダイニングの様子をチェックしてみる。

すると荘厳な音楽の中、叱られた子どもみたいな顏で、輝樹さんがお行儀よく座っているのが見えた。

― 確かに、悪いことができる人じゃないみたい。ボンボンとお嬢様の世界って、理解できない謎がまだまだあるんだろうなあ。

恋愛対象としてはまだイメージが湧かないけれど、ほんの少しだけ彼に対する興味が湧いてくるのを感じる。

一度くらい、デートしてみようかな。フェスじゃなくて、クラシックコンサートに誘ってみるのがいいかも。

そんなことを思いながら私は、淹れたての香り高いコーヒーを、すっかり落ち着いた紳士たちのもとに運ぶのだった。

■かねもちのへんな生態:その5■

特定のクラシックを聞くと大人しくなる習性をもつボンボンがいる

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