ホンダ「シビック」の新型が発表されました。かつては初心者にとって手が届く「市民のクルマ」だったのが、その位置づけを大きく変化させたシビック。転換点は何だったのでしょうか。とはいえ、北米では旧来の立ち位置を保ったままです。

長年にわたり「市民のクルマ」だったシビック

 ホンダが新型「シビック」を2021年6月24日(木)に発表しました。11代目となるハッチバックモデルです。すでにセダン版は、アメリカにて4月に発表されていますが、ハッチバックは日米同時発表となり、日本でも販売されます。

 ただ、1970年代から90年代のシビックのファンの中で、最新モデルのシビックに違和感を持つ人は少なくないはず。というのも、最新のシビックの価格帯は2万1700ドル(約260万円)からと、決して安くないからです。もちろん、価格なりの良いクルマですが、かつてのイメージと比べると、どうしても「立派なクルマになりすぎている」。そのように感じる人も一定数いるのではないでしょうか。


北米で発表された新型シビックセダン(画像:ホンダ)。

 そもそもシビックという名前は「あらゆる人々のくるま、世界市民のベイシック・カー」というコンセプトから付けられました。そのため1972(昭和47)年に発売された初代モデルの価格は41万8000円(当時)から。当時の公務員の大卒初任給が4万7200円ですから、シビックの価格は初任給の9倍弱でした。一方、2019年の大卒初任給は18万6700円ですから、その9倍は168万300円。新型シビックの車両価格が260万円であれば、現在の大卒初任給の約14倍にもなります。

 シビックは1970年代の初代だけでなく、80年代から90年代にかけても、価格に手ごろ感がありました。1995(平成7)年にデビューした6代目モデルの価格は84万6000円から。当時の公務員の大卒初任給が16万9000円ですから、車両価格は約5倍。ただし、中心価格帯は130〜150万円ですから、こちらで比べると初任給の8〜9倍です。そう考えると、初代とほぼ変わりない位置づけのクルマだったといえるでしょう。

 ちなみに、1997(平成9)年に発売された初代「シビック・タイプR」の価格は199万3000円です。2021年現在の400万円以上する最新のタイプRとは、価格帯がまったく違っていたのです。つまり、シビックはネーミング通りの「市民に手が届く」価格帯の、身近な存在だったのです。

フィットが「市民のクルマ」のお株を奪った? 実はそうとも言い切れない

 そんな身近なシビックの雰囲気が変わっていったのは、弟分である「フィット」の登場が大きいでしょう。

 2001(平成13)年にデビューしたフィットは大ヒットして、翌2002(平成14)年の年間販売ランキング(一般社団法人 日本自動車販売協会連合会調べ)では1位を獲得。長年にわたり販売ランキング王者だったトヨタ「カローラ」を退けての大金星でした。

 その一方、それまでランキング上位であったシビックは一気に圏外へ落下。2005(平成17)年の8代目シビックは販売が低迷し、その次の9代目は日本で販売されなくなってしまうほどの凋落ぶりでした。また、2017年に10代目が日本に導入されましたが、2018年の年間販売ランキングでは37位、2019年と2020年は50位以下の圏外と、その販売は好調とは程遠い状況です。

 では、シビックは、まったくダメになってしまったのか? といえば、そうとも言えません。日本での販売は残念なものですが、アメリカでは売れに売れているのです。最近では、アメリカで毎年25〜38万台ほども売れており、乗用車としてはトヨタ「カムリ」に続くベストセラーカーとなっています。


1997年発売の初代シビック・タイプR(画像:ホンダ)。

 アメリカでは、初代のシビックが世界で初めてマスキー法(大気浄化法)をクリアした先進的な環境エンジンを搭載しているということで、1970年代から人気者となり、1986(昭和61)年からは現地生産もスタートしていました。シビックは日本において「市民のクルマ」として人気を集めたのと同様、アメリカでも定着していったという歴史があります。

 一方、日本においてシビックの座を奪い取ったようなフィットですが、アメリカではそうなりませんでした。フィットのアメリカでの人気は日本ほどではなく、2021年現在は現地での販売も中止されています。アメリカでは、今もシビックがエントリーモデルの存在を守り続けているのです。

「フィットをシビックに」は無理? では「フィット タイプR」は…?

 日本ではぜんぜん売れず、アメリカでは大人気。そのため9代目以降のシビックは、基本的にアメリカ向けのクルマとして開発されています。価格が上昇したのも、サイズが大きくなったのも、アメリカ市場の意向をくんだ結果でした。

 古いシビックに愛着を持つ人間には、「ホンダのエントリーモデルはシビックと名乗ってほしい」という思いがあるはず。いうなれば、「フィットのポジションをシビックにしてほしい」というものです。しかし、世界的に見れば、シビックはすでにビッグネームなっており、今さら小さく安くすることはできません。


10代目シビックハッチバック(画像:ホンダ)。

 実はスバルにも似たような話がありました。日本で人気だった「レガシィ」が、アメリカで売れるため、だんだん大きくなってしまい、反比例するかのように日本での人気は低迷。結果、かわりのような形で2014(平成26)年に登場したのが「レヴォーグ」でした。ホンダにあてはめれば、シビック=レガシィ、フィット=レヴォーグにたとえられます。

 新型シビックは、もはやアメリカのシビックと言っていいでしょう。昔とは違う立場のクルマになってしまっているのです。寂しいけれど、これが歴史というもの。かわりにフィットに期待しましょう。タイプRも、シビックではなく、フィットをベースに手ごろな価格で販売すれば、また違った印象になるのではないでしょうか。