@AUTOCAR

写真拡大 (全4枚)

すべてのテスト車両を試乗した豊田章男氏

text:James Attwood(ジェームス・アトウッド)translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
GRヤリスに搭載される四輪駆動システム、GR-FOURシステムには、カップリング・センダーデフは備わらない。電子制御クラッチが、フロントとリアに伝わる駆動力を制御している。

【画像】【画像】詳細テストで満点獲得 トヨタGRヤリス 開発現場の様子も 全65枚

通常はフロント:リアが60:40の割合だが、トラック・モードでは50:50に、スポーツ・モードでは30:70に可変する。さらにハンドブレーキとも連動し、引くとリアタイヤへの駆動が絶たれる仕組みも備わる。


トヨタGRヤリス(英国仕様)

トヨタのWRCドライバーだけが、プロトタイプへ試乗したわけではない。CEOの豊田章男氏自ら、すべての開発プロセスに立ち会い、すべてのテスト車両へ試乗したそうだ。

「プロトタイプのコントロールが難しいことや、危ないことは気にしていませんでした。彼は決して諦めません。豊田さんがクルマを壊したら、われわれが直す。そして再びテスト走行です」

「彼はボディだけでなく、トランスミッションもドライブシャフトも壊しています」。と語る齋藤氏。もちろん彼が、運転スキルや技術的な知識を欠いていたのではない。レースカーやラリーカーの開発には必要な過程だった。

「本当に重要なプロセスだったと思います。丈夫にするためのカギです。モータースポーツでは、過酷な状況で運転されます。開発中に豊田さんから、壊して直して強くする、というサイクルを繰り返すように指示されました」

「将来的に、われわれはこの開発プロセスを他のモデルにも適用できるでしょう。GRモデルだけでなく、他のトヨタ車にも」

高度な開発を支えたトヨタ全体のアシスト

豊田氏とWRCチームとの開発が進む中で、GRヤリスはトヨタのどのモデルとも違うカタチのクルマへ進化していった。四輪駆動システムだけでなく、プラットフォームはダブルウイッシュボーン式のリアサスに合わせた専用品といえる。

トヨタの持つGA-BとGA-Cという、2つのプラットフォームを組み合わせてある。新開発の1.6L 3気筒ターボエンジンは、未来のWRCマシンにも搭載する前提がある。軽量なボディも専用。基本的に通常のヤリスと同じパネルは1枚もない。


トヨタGRヤリスの開発現場の様子

アルミニウムと鍛造カーボン・コンポジットを積極的に用いた、専用デザインだ。2022年のラリーマシンのホモロゲーション獲得を助けるため、ルーフラインは低く、スポイラーが載っている。ドアは5枚ではなく、3枚しかない。

GRヤリスの高度な開発を支えたのが、トヨタ全体のアシスト。「パワートレイン部門はエンジン開発に注力してくれましたし、材料技術のチームは軽量なボディ製作を助けてくれました。電装系や生産技術の担当者も、甚大な支援をしてくれています」

「必要な技術の多くが、社内にはありませんでした。多くのスタッフが必要なパフォーマンスの達成に向けて、驚くほどの努力をしています。手頃な価格という面でも」

この価格設定は、GRヤリスの重要なポイントだろう。特殊なモデルとして開発費用は嵩むものの、売れる見込みの台数は少ない。しかし、トヨタでGRヤリスに不満を抱いている人がいるとすれば、財務部門だけかもしれない。

次のステップへ進むことへの承認

押すと凹むほど軽量なバンパーの付いた、ヤリスに筋肉増強剤を打ったようなボディを見るだけでも、GRヤリスの仕上がりは正しいと感じられる。そして実際に運転すれば、期待に応えてくれる。

齋藤氏は、完成したクルマに満足しているはず。軽く仕上がったことには、特に誇りを感じているようだ。「可能な限り軽く作るため、多くの努力を投じています。アルミとカーボンを用いたボディや、最も軽量なエンジンと四輪駆動システムにも」


トヨタGRヤリス(英国仕様)

多くの課題を克服したと、齋藤氏が振り返る。最終プロトタイプのテストを終え生産の承認が得られた時は、さぞかしうれしい瞬間だったに違いない。

「実は、最終的な承認ではないと理解しました。豊田章男は、クルマを改良し続けたいのです。彼がわれわれに示したのは、現状でのOKでした。販売後に次のステップへ進むことへの承認でした」

「一般ユーザーやモータースポーツの関係者からフィードバックを得て、将来のクルマ開発へ活かす。その承認です」。冒頭の通り、齋藤氏にとってもGRヤリスは完璧なクルマではない。実際、まだ今後へ続いている。

「ラリーだけでなく、ジムカーナやレース、ラリーレイドからのフィードバックも得られ始めています。四輪駆動システムのトルク分配やサスペンションの設定などを、学んでいるところです」

「われわれもレースシーンに関わり続けます。クルマをより強くするために」。と話す齋藤氏は、GRヤリスの改善手段をリスト化しているという。「数えられないほど沢山あります。20年も開発期間を失いました。まだ始まったばかりです」

これからの展開に、期待せずにはいられない。